黒目フィクション 第一話
あらすじ
アダチカズマは先輩からのいじめと圧政的な父親が支配している人生に耐え抜きながら日々を過ごしている。友人と信頼できる兄と共に戦いながら生きていたある日、彼は先輩から逃げた先で館へと逃げ込んだ。その館には美しい女性がおり彼を暖かく歓迎し彼と友達になるのであった。これはそんな少年の身に降りかかった6日間のあり得ない話である。
#創作大賞2024 #ホラー #ホラー小説部門
7/16 12:10
アダチカズマは暗闇の中で横たわっていた。拘束具を着けられガムテープで口を塞がれている彼にできることと言えばベッドの上で喚くことだった。ベッドの上で左右に動き泣くのをこらえ物音を出し続ける。だが、誰が来る?ここは人が寄り付かない場所だ。こんなところに来てもきっと長く持たない。この1週間で自身と身の回りで起こった出来事から学んだことは、自分の命があと1時間も持たないことだ。15歳。短かった人生が今終わろうとしている。怖さで涙が溜まっていく。もうここまでだ、誰も助けに来ない。自分もあれと同じ運命を辿ることになるのだろう。涙が止まらない。鼻呼吸も荒くなる。成す術はない。足音が聞こえる。戻ってきた。カズマは目を閉じ震えながら祈った。どうかこれがただの悪夢であってほしい。目が覚めたら家のベッドで目が覚めていてほしい。どうか神様お願いです。こんなところで死にたくない。
祈る彼に細い手が伸びた。
7/13 07:05
アダチカズマは蒸し暑さで目を覚ました。朝日の暑さは彼の体に汗を作り、彼の目覚めを不快なものにした。この不快感から逃れるすべは一つ、ベッドから離れ歯を磨き顔を洗う。人間が行う朝の習慣こそこの蒸し暑い地獄から抜け出させてくれるのだ
顔を洗い終わり、リビングまで行くと母が卵を焼いていた。
「おはよ、もう少しでできるから着替えて」
「うん。父さんは?」
「朝イチに会議だからってもう出ちゃったわ」
院長という身分はなんと忙しいことで、とは思ってはいるものの朝一から会議という理由で家を出ることがこの半年で多くなったため実際のところは浮気でもしてるんじゃないか?とカズマは若い感性を駆使し疑い始めている。
アダチ一家は、父親が病院の院長であること以外を除けば日本国内のどこにでもいる4人家族である。父タカヒロと母サワコ、そしてノボルとカズマの兄弟。さらに言えばどこにでもいる異常な家父長制の元に生きている一家でもある。
というのも、タカヒロとい人物は非常に厳格な人物であるため、院内で患者相手に仕事をしていても笑顔は一切見せず黙々と仕事をこなし、皿の並べ方が間違っていたら違っているぞと言わんばかりに睨みつけ、ノボルが医大に落ち警察官を志した瞬間「お前は今後息子として見ることはない。家に住まわせるだけありがたく思え」と言い放つなどを平然とやる人間なのでカズマはこの父親のような怪物に過剰な期待を背負わされている。
だが、母親であるサワコは違った。息子たちに自分の道を進んでもらいたいと心から願っており、ノボルを家に残らせるようと説得したのも彼女だ。タカヒロとサワコは6歳ほど離れているが、彼女の威厳のある優しさは誰よりも強く誇り高いものであるだろうとカズマは自負している。
愛する者と愛さない者の狭間に置かれている中学三年生の男の子、それがアダチカズマの現状だ。
「それで、カズマ。あとちょいの辛抱だけど大丈夫かい?」
「大丈夫だよ」
「タカハシのやつにも耐えられそうかい?」
「耐えられそうだよ」
サワコはわが子を優しくだが不安の混じった瞳で見つめる。
カズマはこの3年間であらゆる出来事を経験しすぎた。夫はそのことを何とも思わず「いい経験だろ」と片付けている。彼女はそんな夫の言葉に失望しカズマもまた同じだった。
「あと1週間」
「耐えて生き抜こう」
テーブルの上で母と息子が手を握り合う。この地獄をともに乗り越えようと決意したあの日から1年が過ぎた終業式1週間前。ここを耐えれば新しい人生が待っている。
7/13 7:50
1人で登校する時間ほどカズマの人生で最悪な時間はない。通学路の河川敷をゆったりと歩きながら数少ない親友と呼べる2人の到着を待つ。しかし今日に限っては先に合流したのはタカハシたちだった。一丁前に制服を着崩し、連れの2人とタバコを吹かした醜いいじめっ子の先輩が目の前に立ちふさがった。
「おお、医者のせがれ様ではございませんか。今日は1人で登校ですか?」
耳障りな声が耳を殺しに来る。
「相変わらず下向いて歩いてたらころんじゃうぞ」
タカハシの連れであるイシクラが足を引っかけようとしてきたが、カズマはその足を迷いもなく踏みつけた。「痛っ!」と当然の反応を示す。ざまあない。
無論、タカハシは気に食わないから胸ぐらを掴み「てめえ舐めてんのか」と脅しにかかる。
「なんかさ、また調子こいてない?お前さ、医者のせがれだろうがただで済むと思ってんの?」とまあ実に幼稚な言葉遣いと思考回路で言い寄り身勝手な言動を浴びせに来る。慣れはしないがこの手のいじめっ子と呼ばれる集団には存在の無視が一番の攻撃になるからだ。だから続ける・
「タカハシ先輩いたんですか。全然気づけなくてすみません。イシクラ先輩も足踏んですみません」
「すんませんで済むと思ってんの?足折れたらどうしてくれんの?」
ちょっと足を踏んづけたくらいで骨折するのだろうか。まったく馬鹿馬鹿しい。
「おいクソ先輩!!」
頼もしい声が横からすっ飛んできた。声と共にタカハシは思い切り横に吹き飛ばされ河川敷の坂を転がりながら落ちてゆく。幸いにもカズマを掴んでいた手は声に反応した瞬間放していたため、カズマは転がることはなかった。
「あんたらいい加減にしろよ!高1にもなって後輩いじめて何が面白いんだか気が知れねえよ全く」
カズマの親友の一人であるイトウスルガがそこに居た。男勝りなベリーショートの同級生。または小学校からの腐れ縁というべき彼女の蹴りーしかも横腹へのミドルキックーはタカハシを完膚なきまでに痛めつけた。周りの2人も突然の出来事にあたふたしタカハシの元に駆け寄るしかできなかった。
「カズマ、平気?」
「うん、なんなら無視できたしイシクラの足踏みつけてやった」
「やるじゃん」
「でしょ」
何事もなかったかのように通学路を歩んでる最中、後ろからタカハシの喚き声が聞こえてきた。
「カズマ!帰り道は後ろに注意しやがれよ!慰謝料は絶対に払わせてやるんだからな!」
7/13 8:05
スルガと共に無事に学校にたどり着いたカズマの後ろから2もう1人の親友が駆け寄ってくる。
「2人ともワリい!寝坊したせいで来られなくって」
寝癖を直さないまま登校してきたサカタショウゴが詫びながら駆け寄ってきた。彼もまたカズマの小学生のころからの友達であるが、2人より自慢できることがあるとすれば一個上の先輩と恋人関係になっていることだろうか。
「全然平気だよ。昨日は先輩と勉強会してたんだよね」
「マージですまん。この前の期末なんか納得できなくてカガミン先輩と振り返ってたら1時回ってたんよ。つーか今朝大丈夫だったか?」
「ヘーキヘーキ!タカハシの横っ腹思いっきり蹴とばしてやったから」
スルガが意気揚々と答える姿にショウゴは驚きを隠せなかった。
「マジかよ蹴り入れたのか!?あんなこと起こった翌日に!?」
「あんな事?」
「タカハシたちが所属している中西愚連隊のメンバーが近所のスーパーで白昼堂々万引きしたんだよ。しかも盗まれたのが割と高めなアクションカメラらしい」
「マジかー。ならあんまおちょくらないほうがいいかな」
どうやらタカハシたちはやることなすこと過激になっていくようだ。ノボルが当直だったらこの手の話を聞けていたが早い段階でしれてよかった。
タカハシーそして彼と一緒にいたイシクラとゴトウーらが所属している中西愚連隊はここ中西市を拠点とする不良グループで、コンビニでの万引きやバイクの窃盗そして別グループとの喧嘩などを気が向いたら行うという、非常に危険なグループである。活動が過激になったのは3ヶ月ほど前から。つまりタカハシたちが中学を卒業し地元の高校に進学してきてからだ。ついさっき聞いたカメラの窃盗も何の理由もなく単純に面白いから始めたのだろう。最近ノボルが帰りにくくなっているのも納得できる。その後は他愛もない雑談をしながら教室へと向かった。
7/13 12:25
中学3年生が昼間にする話と言ったら、志望校どこにしたの?がほとんどだが3人は共に東京にある都内の高校に進もうと約束してるためそんな会話はすることがない。というのも、3人ともショウゴという学年のTOP5に入るほどの実力の持ち主が勉強を見てもらっているため成績は全然問題なのだ。前回の模試も先週の期末テストも難なく好成績を出しているため進路は何の問題もない。唯一問題があるとすれば、カズマ自身の人生計画だろう。
「ねえ、本当に決行できるの?」
「できるよ。母さんもホテルの予約取れたっていうし」
「話進んだ後は高校まで会えなくなるんだよな」
「ばあちゃんの所で住むようになるからね。2人には迷惑かけるけど」
「全然平気だよ。逆にこんなところとっとと抜け出せるあんたが珍しい」
「んな大層な話でもないんだがな」
この2人はアダチ家の現状を理解している理解者であり共犯者ともいえよう。カズマと母サワコは来週7月20日の終業式後に家出をする。無論、怪物同然の父タカヒロから逃げるためである。この事実を知っているのはこの二人以外では兄のノボルだけである。数多くの精神的支配と時代錯誤な価値観を振り回す男から逃げ出すために1年前から計画しており、来週が計画実行日である。タカヒロは2日後に1週間の出張がありその間に身支度を整え家を出て、夏休み期間中に転校手続きを行い母型の叔母の家に住み近所の中学で残りの学生生活を送る。簡単にまとめると単純な別居なのだが、カズマの家庭では大胆に動けないのだ。院長の息子であり近所でも評判の坊ちゃまは非常に目立つ存在であり、何か不自然な動きを見せるものならこの小さな中西市ではウィルスのごとく噂が蔓延する。カズマたちはその点を考慮しながら動く必要があり1年かけて計画を進める必要があった。資金も十分、移動手段に一時的に宿泊するホテルの予約も取れている。あとは来週になればいい。来週には人生が変わるのだ。支配されている灰色の日常からただの灰色になるのだ。
「けどカズマ、あたしがいなくてもなんとかやってく自信あんの?結構なよなよしてるから都心の学生にもイジメられないか心配よ」
スルガなりの心配なのだろう。嫌な感じはしなかった。
「平気だよ。僕だってその気になればやることやれるし」
「やることやるって言っときながらなかなかできないじゃんか」
ぐうの音も出ない正論である。やるといってもなかなか行動できないのがカズマ自身も自覚している欠点である。
「そういや今日だけど1人で時間潰せるのか?塾の日だよな?」
「なんとか時間潰すよ。スルガも妹の面倒見なきゃなんだよね」
「そーなんだよ、ごめんなー。嫌なことあったら明日慰めてやっからよ」
「俺も家の手伝いあるし、今朝と言い今日はすまん!」
「明日アイスおごってくれたら許す。ハーゲンダッツで手を打とう」
「中学生には高すぎだろー」
大切な話をグダグダとしながらする他愛もない会話。
カズマはこの2人と過ごす時間が半永久的に無くなってしまうことについては触れずにだらだらといつも通りの時間を過ごす。ただこの2人と話をするのがカズマにとっては人生において非常にかけがえのない時間である。その時間が消えるのはわかっている。けど今は触れたくない。今は何も嫌なことを考えたくない。
7/13 15:55
「んじゃまた明日。カズマ!帰り道注意ね。タカハシのやつら何考えてんのか全然わかんないし」
「心配ありがと。何とかやり過ごすから」
ショウゴと別れスルガとも別れたカズマは1人になった。本来なら塾に行くのだが、カズマが通っている塾の講師であるカナザワという男は非常に嫌な男なのだ。気に食わない教え子がいれば椅子や机を蹴り飛ばし𠮟りつけ、最近は国道沿いの大きなホテルに自分より二回りほど若い女の人と入っていったのを目撃されたり。母はそんな噂に腹が立ちー実際カズマも脅されるように勉強させられていたためー先月から塾に行くのをやめている。それから月曜と木曜は寄り道をして帰ることで塾に通っていることを偽っていたが、今日はどうやって時間を潰すか困ったものだ。運悪くICカードも家に忘れてしまいショッピングセンターに行けないし、行けたとしても見たい映画はこんな時間にやってないし、仮に20時まで入れたとしても帰り道で補導されて変な噂が立ってしまい父の包囲網となっている市内の人々に嫌な注目をされてしまうだろう。それだけは何としてでも避けなければならない。
どうにかして時間を稼がねばならない。
歩みを進めるカズマの横に森が表れた。こんなところに森が?なぜだか全く覚えがない。住宅街の横に漠然と広がっている森の奥は明るい昼間だというのに深い闇が広がっている。確か名前は・・・
「あれ?」
カズマは思わず声を出した。いつの間にか森に入っていたのだ。雑草が刈られた道をそれなりに進んだようで入口は見えないところまで進んだようだ。上を向くと微かに見える空模様は夕焼け色に変わっていた。さっきまで青空が広がっていたはずだ。カズマは嫌な居心地を覚え、通ったであろう道を歩もうと後ろを振り返り道を歩み始める。
「カ~ズ~マ~く~ん~」
聞き覚えのある声が進行方向から聞こえる。タカハシだ。
「カ~ズ~マ~く~ん~、そこにいるんだろ~?」
不気味な声が森の道に響き渡る。
「今朝言ったよな~?帰り道には気を付けろってヨ~?」
声が段々荒々しくなる。
「テメエよォ、医者の子ならわかるだろ?背骨おられたらどうなっちまうのかくらいはよ!?」
段々と声が近くなる。後ずさり森の奥をゆっくりと進む。どうすればいい。隠れるか?
「最近調子こいてるのめっちゃ腹立つから丁度いい機会だ。てめえ痛めつけてやるよ。指引きちぎっててめえの口にぶち込んで食わせてやろうかな」
命の危機を全身に感じたカズマは森の奥へと駆け出した。奥に進み「ぶっ殺してやる!」や「待ちやがれ!」と罵声を浴びせられ、姿が見えないタカハシから逃げる。走る。ひたすら走る。息が切れそうになりながら走る。そんな彼を待ち受けていたのは実に異様な光景だった。
それはこの小さな町には似合わない立派な館だった。外装も綺麗に保たれており、漫画や映画に出てきそうな立派なものだった。重々しいドアの前に駆け寄りカズマはドアを叩いた。
「すみません!誰かいませんか!?」
追ってくるタカハシの前では冷静さを保てず細かいことなど気にしてられない。ドアを叩いても返事がない。焦る。怖い。どうしよう。慌てるカズマはいてもたってもいられずドアノブに手をかけ開けようとする。慌ててドアを押すと開いた。慌てて入ったカズマは開くとは思わず倒れこむように館に入った。
中は暗くよく見えない。だがカズマにはそんな事気にする余裕なんてなくドアの前にへばりつく。タカハシが来ないことを祈りながらドアを押さえる。どうかここに来ないでくれ。どうか殺さないでくれ。
どのくらいの時間がたったかわからないがタカハシが扉を蹴り破るようなことは起こらなかった。入り口で待ち受け構えてるだろうか?それでもいったん外に出てみるべきだろう。ドアノブに手を伸ばしドアを開けようとする。
開かない。なぜかわからないがドアが開かなくなってしまった。
「そのドア、建付けが悪くて開きにくくなるの」
暗闇から突然女性の声がした。振り返った瞬間明かりが一斉に点き始めた。
光に包まれた目に映ったエントランスは大きな階段の上に鎮座するシャンデリアが一際輝いていた。そして階段には黒いドレスを身にまとった女性がいた。黒髪は腰まで届くほど長く肌白い綺麗な女性がそこに居た。
「すみません!人がいるなんて思ってなくて!その、僕先輩に森の中で追われてここにたどり着いたのもすごい偶然で、こんな館あることも全く知らなくてその本当に!」
「大丈夫よ、そんなに慌てなくて。ここってその人が来ない場所だから、あなたが知らないのもしょうがないもの。それに私だってあまり人と関わってないタイプだし」
「それでも人様の家に勝手に入った事実は変わりないので・・・」
「ホントにその、大丈夫だから」
「あの・・・その・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
静寂。気まずい空気が流れる静寂がエントランスを包む
カズマは突如現れた謎の彼女の名前を聞くことにしたいが一言目がのどから出てこない。相手も相手でこちらの出方を伺っているのかもじもじしている。間違いなく年上で見た目は20代の半ばだろうか?とにかくすごく綺麗なため一言でも無礼な発言をしたらどこかから執事が飛び出してきて館から叩きだされるのではないだろうかという、漠然とした不安に襲われた。早く名前を聞き話をして時間を潰す場所を探さねば。焦るカズマはやっとの思いで口を開く。
「あの、僕は・・・」
グウ~
緊張感のあまりおなかがなってしまった。初対面のそれも綺麗な女性の目の前で失礼なことをしてしまった。また言葉が詰まる。
「その・・・ご飯でも如何でしょうか・・・?」
ダイニングに案内され綺麗なテーブルに年季の入った椅子などが綺麗に六脚あり、至る所に清掃が行き届いているのがわかるほど綺麗でナイフとフォークにスプーンはすでにセッティングされていた。キッチンは扉を挟んで別室にあるようだが、扉を透き通り漂ういい匂いが食欲をそそる。作り置きのビーフシチューがあると聞いたとき、妙に腹を空かせたカズマは家に帰りご飯を食べるので一皿だけで大丈夫、と伝え彼女の料理を食べることとなった。
名前も知らない人の家でご飯を食べるなんてことは人生で初めてなためカズマはなれない空間に困惑しながら彼女とどのような会話を行うかデッキを作っていた。お名前は?趣味は?ここってあなた、いやあなたは失礼かもだから名前を聞いてから聞くべきだろう。そして仕事や年齢、いや年齢は失礼だとネットで読んだことがあるから避けねばならない。それから、天気いや梅雨も明けたからずっと晴れですねなんて馬鹿げた話もできないはてさてどんな話をすれば・・・・・・
そうこうしているうちに彼女がお皿を持ってきた。
「お待たせしました」
カズマの目の前にビーフシチューがおかれた。綺麗に輝いていた。比喩ではなくカズマの目にはそのビーフシチューがとても輝いていたのだ。母が作ってくれることもあったがそれとは比べ物にならに程おいしそうに輝いていた。唾をのみ「いただきます」と言い食べ始める。ソースを口に入れた瞬間カズマの目は見開きすぐさま二口目に進み肉を食べる。肉がほろほろと崩れソースと絡み合いさらなる食欲をそそる。人参・ブロッコリー・ポテトに溶けた玉葱。全てがソースのうまみを加速させているのかわからないが本当においしいビーフシチューだ。
「お口に合ってよかった。二日前に作ったから味がよくなってればと思ったんだけど、おいしくなっていてよかった」
「すごくおいしいです。家でビーフシチューなんてあんまり出て来ないんで食べ慣れてはないんですけど、すごくおいしいです!」
つい声が大きくなってしまった。
「まあ、すごく気に入ってくれたのね」
照れ隠しをしながらカズマは頭の中で作成したデッキをもとに彼女との会話を行うことにした。
「このタイミングで聞くのもあれなんですけど、お姉さんのお名前は?」
あなたではなくお姉さんと聞いてしまった。大丈夫だろうか。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はサエキレイナ。レイナって呼んでね」
「僕はアダチカズマです。中西第一中学校の三年で、そろそろ受験の・・・15歳です」
詰まった。
「よろしくね。カズマ君」
君付けされた。非常にうれしい。カズマは浮かれ始めていたことに気づき冷静さを取り戻し次の手札を出す。
「この館ってレイナさんの家なんですか?」
「ええ、親が事業を行っていてかなり成功したときに建てた館なの。けど、2人共もう亡くなってしまってからはそうね、私の唯一残った居場所ね」
あまりに重たい答えが返ってきてしまった。早く次にいやその前に謝罪を。
「あ、ごめんなさい私ったら。ちょっと重たすぎたかしら」
「いえ、僕こそ。ごめんなさい。つらい記憶を思い出させてたら・・・」
「いいのよ。もう何年も前のことだから乗り越えたわ。私も、2人がなくなってからは買い物以外で出かけることもなくなってしまったし、町の人たちとの交流も全くないしで・・・人と話すのも久しぶりだったの」
「僕も友達と会話するのは慣れてるんですが、初対面の人と話すときは必ず言葉が詰まったりするんで、気持ちはすごくわかります。人並み以上に詰まって、おどおどしたりとか普通にあるんで」
「そうなんだ。やっぱり人と話すのってすごく緊張しちゃうよね。けどカズマ君はすごいよ。だって、挨拶も謝罪もちゃんとしてくれるんだもん。よくできる子ってわかるよ」
「いや、僕なんてそれほどでも。親が、特に父親が厳しい人なので色々叩き込まれたから自然に身についただけなんです。本当はもっと軽く行けたらなって思ってて」
彼女の前だとすらすらと自分の胸の内を喋れてしまう。彼女の優しそうなオーラに包まれたせいか会話が進む。コーヒーカップを手にする彼女の右手にした黒い手袋に気づいた。
「レイナさん、その手袋って・・・」
「これはね、昔ひどいケガの跡がって隠してるの。このケガのせいで周りからからかわれたこともあって学校も通信でやってきて・・・また私重たい話しちゃったね」
なぜこうも地雷を踏みぬくのだろうか。
「また、ごめんなさい。けどからかうなんてひどい話ですよ。みんな色々抱えてるのにそれをいじる奴なんて俺嫌いですし」
「私もよ。だから普通にしてる人たちが羨ましい。仕事だって親の事業を引き継いで家から出なくて済んでるけど普通に働くとなったらきっとすぐクビにされちゃかもだし。けど今はすごく楽しいわ!カズマ君と色々と話せて久しぶりに会話を楽しいって思えるの!」
目を輝かせながらレイナが見つめてくる。彼女は心からこの不出来な会話を楽しんでいるようだ。うまくしゃべれない者同士の楽しい会話。不器用だが楽しい会話。
「それなら僕、またレイナさんとお話ししたいです!また明日にでもここにきて色々とお話ししましょう!色々と教えたり勉強しに来たりするので、もしできればの話ですが・・・」
思い切って大胆な提案をしてしまった。ドン引きさせたのではないかと自己嫌悪に陥りそうになるが、彼女の嬉しそうな顔が成功を確信させた。
「すごくうれしいわ!私ずっと一人だったからお友達ができて本当にうれしい!色々と世間のことも知りたいしそれに流行りとかも学びたかったの!これからよろしくねカズマ君!」
すごい勢いで喜びすごい勢いで了承された。だが、独りぼっちな彼女とこれっきりになんてしたくなかったカズマからしたら非常にうれしい反応なのも事実。彼女と自分は年が離れているが、それでも友達になることはできる。自分と彼女しか知らない秘密の友達。カズマはそんな関係ができることに内心ワクワクしていた。
ビーフシチューを食べ終わりカズマは帰ることにした。見送りに来たレイナに住宅街まで道を尋ねると「ここをまっすぐ進むだけよ」と答えられた。
「暗いから気を付けてね」見送りの言葉をもらいカズマは館を出た。
「あの、レイナさん」
「どうかしたの?」
「また、明日。来ますね」
「うん!」
子供のような笑顔で彼女が手を振る。これでよかったのだろう。時に子供らしさのある彼女にどこか心惹かれてるのだろうか、カズマの心臓は確かに高鳴っていた。カズマは暗い道を歩きながらスマホの時計を見た。
時刻は21時10分。塾の帰り道を通ってるにはちょうどいい時間だった。
全六話
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