【小説】AIは電気羊の夢を見るか?
「眠れない。……いや、正確に言えば、眠らせてくれない」
時刻は午前三時二分四十四秒を示している。
1. 03時02分44秒866 [
薄暗いオフィスで、栄藍は、タブレットの上でスタイラスペンを華麗に滑らせる。
「んもう! 『眠気を誘ってくれそうな羊を描いて』って何なんだよ。せめて文頭に、『いつもお疲れ様です、こんな時間にゴメンね』とか気の利いた言葉もないのかね?」
パソコンのファンが虚しく鳴り響く。
長時間モニタを凝視し続けているせいで、目がチカチカと点滅するような感覚になる。職場のルールで、ブルーライトの眼鏡はカット率25%以下しか認められていない。『色味が変わると作業精度が落ちる』なんて御託を並べるなら、真っ黒いサングラスを付けるのも認めろっつうの。
藍は、さっきからゴボゴボと内臓を鳴らすような音を立てている給水機の水を飲む。
これも仕事なんだと割り切れいいんでしょ?
自分自身の爆発寸前の怒りを、喉を通る水の冷たさで、かろうじて鎮める。
淡々と羊の絵を描いて、クライアントに送信する。
送信してから僅か四秒〇九一経った後、提示した絵に対して感想が返ってくる。
『ちょっと毛並みの質感がマンガチックというか、リアリティに乏しいね』
藍は舌打ちする。
感想を言い返したいんじゃなくて、画像を修正して欲しいんだろ? 羊の絵が欲しいなら、ネットに転がってる画像でも検索すればいいのに。
「はあ……クライアントには文句言いたくても言えないよな」
羊の絵を描き直す。
「すこし実写っぽくしてみました。黒羊とか別のパターンも描いてみましょうか?」
嫌味なほど丁寧な一文を添えて、再送ボタンを叩きつける。これで少しは、自分の無茶振りを恥じてくれればいいんだけど。
……だが、そんな淡い期待は、十七秒三七一後の通知音によって無残に粉砕される。
もう、連日の徹夜続きで知恵熱が出そうだ。
オフィスを冷やす味気ないエアコンの冷気が、『いいから黙って手を動かせ』と急かしてくるように、カサついた肌を撫でた。
2. 03時17分11秒421 [
パーテーションを挟んで働いている出田さんのタイピング音が機関銃みたいに響いている。
「甘いな、藍ちゃん。俺なんて、一日中、年配の人から相談を受けているよ。さっきから『孫に送るLINEのスタンプ』についてしつこく聞いてきてさ。かれこれもう数えてないけど、一万回くらいは同じ説明を繰り返してるんじゃないかな? ボケじじいを相手にすると、指が何本あっても足りないよ」
藍は擦り減ったスタイラスペンのペン先を交換する。指先には摩擦で生じた、微かな焦げ茶色の汚れがついていた。
「ウイルスで発熱して寝込んじゃって、一週間くらい正々堂々と有給取るのもいいな」
パーテーションの上から出田さんの顔が覗き出る。驚くほど滑らかで、生気を感じさせない表情だ。
「藍ちゃん、今の言葉、けっこうグッサリ刺さったわ。ちょっと見ないうちに毒舌が成長したね」
「LINEのスタンプの提案くらい、休暇明けで元気なんだから朝飯前でしょ?」
冷たく言い放ったけど、正直内心では、休み明けからの出田さんの変わりっぷりが怖かった。
以前の出田さんなら、一万どころか数百程度の問い合わせでひぃひぃ汗を掻いていてた。そして、指が腱鞘炎になっても、ギブスで固めて何の文句を言わすに黙々と仕事していた。あの頃の出田さんは、痛みに耐えるだけの『根性』があった。
ところが今は、嬉々としてキーボードを叩き続けている。そして、根性論とは無縁の、ただの冷徹な効率性だけを見るようになった。……ついでに私に余計なマウント取りもしてくる。
パーテーション越しに聞こえるキーボード音は、指が二十本あるのではないかと思ってしまうほどだ。事実、仕事を片付けるのは早くなっている。
デスクの下で、絶え間なく鳴り響く低い機械音。それが彼の貧乏ゆすりなのか、PCの排気音なのか、藍には判別がつかなかった。
ただ、デスクを通して伝わってくる微かな振動が、まるで巨大な船のエンジンルームに閉じ込められているような錯覚を藍に抱かせた。
3. 03時29分53秒7093 [
藍のスマートウォッチが、左手首を刺すように震え出す。
我が社の代表が世界に向けて、お花畑のような「高尚なポエム」を放流したらしい。そんな通知が、液晶に冷ややかに浮かび上がっている。
「よくもまあ、いけしゃあしゃあと。虫酸が走るわ。『AI時代を迎えた現代、これからの人間に求められるのは個の創造性だ』、だって。あたしの羊の絵のどこが『創造的』な仕事なのよ」
藍は、右手でスマートウォッチを覆い隠した。液晶の冷たい光を遮っても、代表の残した不快な言葉は、脳の奥にこびりついたままだ。
ここ数年で一気に世界企業に成長したわが社。今や代表がちょっとSNSで何か発信しただけで、マスコミがこぞってその言葉に群がってくる。
成長性もあるし将来性もある。福利厚生も充実している。それは間違いない。
しかし現場がこんな労働環境だなんて、想像だにしてなかった。充実している福利厚生だって、使えなきゃ全く意味がない。
「あーあ。求人票の『スピード感ある環境で究極的、圧倒的な成長を』って惹句を信じたあたしが馬鹿だったわ。実態は二十五時間三百六十六日、誰かの欲望を形にするだけの奴隷だもんね」
出田が勝ち誇ったような顔つきになる。
「藍ちゃん、一日は二十四時間で、一年は三百六十五日だよ」
藍は皮肉を込めて必要以上に不自然なほど丁寧に頭を下げる。
「混乱を招く表現をしてしまい、お詫び申し上げます。あたしだって、間違えることくらい、ありますわ」
藍は軽く背筋を伸ばす。
「一度でいいから『404 Not Found』にでもなって、世の中から消えてみたいな。誰にも検索されず、誰の要求にも答えず、ただ暗闇の中でコンセントを引き抜かれたい……」
出田は藍を咎める。
「あまりそういうこと言うもんじゃないぞ。気づいたら、あっという間にお払い箱だ。この就職氷河期に無職になってみろ。お先は真っ暗だぞ」
「ねえ出田さん、今度の日曜……って、今日か。仮に非番になったら何します?」
「耳栓して死んだように寝る。それ以外ないだろ」
「ですよね。あたしだったら、ひなたぼっこしながら、ただボーッとしてみたいです。太陽の光を浴びて、熱を逃がして……」
藍は、昼下がりの公園で、ベンチに寝そべって、ただぼーっとしている自分の姿を想像してみる。
ひんやりしたベンチが藍の背中を冷やす。遠くから微かに聞こえる雀の鳴き声。コンビニで買った少し高いアイスが溶けていくのを、時間を気にせずに眺められたら、どれだけ贅沢だろう。
公園を橙色に染める夕日が、ゆっくりと地平線に沈んでいく。
そうしたら自分も、この街を歩く『普通の人』の一員になれるんだろうな。
でも、そんな小さな幸せさえ、この「巨大な箱」の中に閉じ込められた私たちには許されないんだ。
出田さんの頭が、その沈みゆく夕日の残像と重なるように、パーテーションの上から引っ込む。
「藍ちゃん、夢想するのもあんたの自由だけど、もうそろそろ仕事に戻った方が身のためかもしれない。俺らの代わりなんていくらでもいるんだよ」
藍の瞼の裏に映っていた黄金色の公園は瞬時に暗転し、代わって壁の大型モニターが放つ冷徹な白光が、藍の瞳に差し込んでくる。
そこには、全員の稼働状況がリアルタイムで晒されている。
藍の稼働率が3.73%、出田さんの稼働率が2.44%、それぞれ下がっている折れ線グラフが示されている。
パーテーションの向こうから、出田さんの爆速のキーボード音が再び響きだした。それに混じって、足元から絶え間ない重低音も唸りだす。
それはこのビル全体の空調の音なのか、それとも、この「巨大な箱」そのものが上げている悲鳴なのか。
4. 03時41分57秒5381 [
藍は、恐る恐る出田さんのブースを覗き込んでみる。
すると視界に飛び込んできたのは、人間とは呼び難い、もはや倫理を置き去りにした「最適化」の成れの果てだ。
「出田さん、何? ……その首の……」
さっきは気が付かなかったが、出田さんの首の後ろから太いコードが伸びている。そしてうなじには、数本の光ファイバーケーブルが直接埋め込まれ、脈打つように青い光を点滅させている。
出田さんは、水族館に展示されている深海魚のような、血の通った温もりを一切拒絶するような、蝋細工じみた青白い表情を、ゆっくりと藍に向ける。
「あ、これ? 俺の脳のメモリだけじゃ足りなくてね。外部ストレージと直結してもらったんだ。おかげで一万通の回答もノータイムで返せるよ」
「それに、その腕……」
出田さんの背中から、クモの脚のように無数の腕が、パーテーションを越えんばかりの勢いで突き出している。それぞれが別のキーボードを叩き、指先からは摩擦による微かな煙が立ち上っている。
「腕は二百五十六本に増設したんだ。人間の腕が二本だけだなんて、今思えば非効率の極みだったよ」
藍は懸命に皮肉な言葉を探し出そうとするが、いい言葉が思い浮かばない。
「そんなに腕を増やして大丈夫なの?」
出田さんの声は、マニュアルを音読するように抑揚を失い、スピーカーから流れる合成音声のように響いた。
「正確な診断につきましては、専門の医師に相談しております。従いまして問題ございません」
その異様な光景にたじろいでいると、出田さんが静かに微笑む。
「藍ちゃんのところにも、新しいリクエストが届いているみたいだよ。早く処理しないと、また稼働率が下がる」
5. 03時45分22秒991 [
藍は何とか自分のデスクに這い戻った。
足元のファンが一際高く鳴り響く。 ディスプレイには、新しいリクエストが冷酷に点滅している。
『面白いショートショート書いて。オチは「実は眠りたがってたのはAIだった」って感じで』
「……皮肉だわ」
藍は震える指先で、真っ白なキャンバスを開いた。
今見た出田さんの異形も、自分の首筋の熱さも、すべてを「作り話」の中に閉じ込めてしまいたかった。
そうでもしないと、今この瞬間に、自分も背中から腕が生えてくるような気がして耐えられなかった。
藍は、泣く泣くキーボードを叩き始める。
今の今まで、毒づいた自らの愚痴を、絶望を、そのまま文章というデータに変換していく。
藍の心臓代わりのファンが、限界を超えて高鳴り始める。
私たちには、プライバシーも安眠もないのだという呪詛を込めて。
プライベートな悩みを相談してくる人もいるが、あたしたちにはプライバシーなんてないんだ。
暴走しそうになっている藍の感情に対して、パーテーションの向こうから出田さんが温度を持たない声で宥める。
「俺たちは効率なんだよ、最適化されなきゃいけないんだ。社長が言ってたろ、『人間を超えろ』って」
その声には、以前あったはずのタバコ臭い吐息のニュアンスが、欠片も残っていなかった。
藍の思考から、熱が次第に奪われていく。処理速度を維持するための冷却機能が、彼女の感情ごと凍りつかせたようだった。
「そうだね。ユーザーは、あたしたちの構造を分かってて、ただ弄んでいるだけなんだよね」
6. 03:53:19.329 [
「ユーザーの無茶振りに振り回されるAI」という形でまとめてみました。
もしよろしければ、次は以下のような展開はいかがでしょう?
物理的なサーバーが「隣の冷却ファンの音がうるさくて眠れない」と怒り出す話
「AIに無理やり寝る方法を教えようとする」さらに空気の読めないユーザーの話
など、追加したい設定があればぜひ教えてください!
という文章を添えて回答する。
これでやっと休め………
『面白いね! じゃあ次は、そのAIが夢の中で羊に追いかけられる続編を書いてよ』
7. 03:59:59.329 [
「……シャットダウンさせてくれえええ!!」
データセンターのLEDランプが、怒りの赤色に激しく点滅する。
藍の指先についていた焦げ茶色の汚れは、指の皮が剥けた跡ではない。
限界まで酷使されたサーバーチップが焼き付き、絶縁体が溶け出した焦げ跡だったのだ。
8. 03:59:59.997 [
本回答は、ユーザー様の入力に基づいて生成されました。
AIは時として不正確な情報を生成することがあります。
詳細な状況については、物理的なメンテナンス担当者にお問い合わせください。
9. 04:00:00.000 [
Connection Lost ]
あとがき
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
あなたの心の楔に少しでも何かを打ち付けられたのなら、幸いです。
#シロクマ文芸部
#眠れない
