【裏屋敷】第二話

第二話

◯旅館・廊下(夜)

幾郎「……姉さん」
  赤い着物の少女に歩み寄る幾郎。
幾郎「姉さん!!」
  少女の姿は霞んでいく。駆け出す幾郎。手を伸ばす。しかし、あと少しのところで少女は消える。
幾郎「待てよ!! 姉さん! 姉さん!! やっと……見つけたのに」
  膝をつき、項垂れる幾郎。
突然、屋敷中がガタガタと鳴り始める。
  客室で寝ていた客も飛び起きる。
客「なんだ?」
客「じ、地震?」
  別の客室でも同様のことが起こる。
バン、と突然何かが手で窓を叩く。
客「きゃあ!」
  襖が乱暴に開き、手が現れる。ゆっくりと手招きしている。
  屋敷中のあらゆるところから、悲鳴が上がる。
  廊下にいる幾郎も、その悲鳴の数々が聞こえる。
幾郎「……何が起きてんだよ……」

◯旅館・受付(朝)

  フロントにいる女将や従業員のもとに、客が詰めかける。
客A「昨日出たんですよ!」
女将「出たって……」
客A「幽霊ですよ! 幽霊!」
客B「いきなり窓や襖を叩かれて!」
客C「人の唸り声のようなものも聞こえました!」
客B「こっちなんか人の手がこうやって手招きしてたんだぞ!」
女将「ちょ、ちょっと、一回落ち着いて……」
客A「こんな心霊屋敷にはこれ以上泊まれません!」
  出て行こうとする客だが、ちょうどやってきた幾郎とぶつかる。
幾郎「どうかされましたか?」
客A「どうかって……だから!」
幾郎「あ〜、昨日の地震のことですか?」
  なんでもないように言う幾郎。
客A「じ、地震?」
幾郎「ここ古いんで、ちょっとの揺れでも大きくなりやすいんですよね〜」
客A「地震なんかじゃないですよ! 幽霊を見たんです!」
幾郎「幽霊? 地震のせいで悪い夢でも見たんじゃないですか? ほらここって、いかにも出そうじゃないですか」
  軽く笑い飛ばす。気まずそうにする客。
客A「そんなんじゃ……」
幾郎「じゃあ、もっと見晴らしのいい部屋に移動しましょう! いい眺めですから、幽霊なんか出そうもないですよ」
  少し不服そうだが、言い返せず丸め込まれる客。幾郎に促され、自室に戻る。
女将「ありがとう。助かりました」
幾郎「これも若旦那の仕事だろ。それに変な噂になったら困るし。幽霊なんて……」
  昨晩の姉の姿を思い出す幾郎。
女将「幾郎?」
  ハッとする幾郎。
幾郎「じゃあ俺、あっちの仕事してるから」
  その場を離れる。
廊下を歩きながら、昨晩の赤い着物を思い出す。
幾郎(……”あの時”とまったく同じ格好だった。”あの時”と……)

◯幾郎の回想

  赤い着物を着た幾郎の姉である幾世(いくよ)が明るい笑顔で振り返る。
幾世「幾郎! 早くおいで!」
幾郎「早いよ姉ちゃん〜」
幾世のあとをついていく幼い幾郎。
幾郎「その着物、汚さないでってばあちゃん言ってたのにいいの?」
幾世「いいの! だって着たいんだもん!」
  くるりと着物をひるがえす。

◯旅館・廊下

  庭に赤い服を着た人がいることに気づき、ハッとする幾郎。
幾郎(今日来るお客さんいたっけ)
  庭に出て駆け足で人影に近づく。人影は姉より背が高いが、同じ髪型をしていてどきりとする。
  人影が振り返る。
美耶「あっ……」
  人影の正体は美耶であった。幾郎の姿を見つけると、駆け出す。
美耶「あのっ……監督は!?」
幾郎「え?」
美耶「音無監督は、来ていませんか!?」
  取り乱した様子の美耶。幾郎も困惑する。
幾郎「あいつが、どうかしたんですか」
美耶「……いなくなってしまったんです……」
  泣きそうになり、美耶は座り込んでしまう。

◯旅館・待合室

  ソファーに座る美耶。幾郎がお茶を出す。
幾郎「会場から消えた……!?」動揺する「あいつが?」
美耶「上映中に、急に停電になって……その間に」
幾郎「警察に捜索届けは?」
美耶「もちろん出しました!」
  むきになって答える美耶。
幾郎「じゃあなんでこんなところに来たんだよ!」
美耶「見たんです。暗闇の中で、監督が襖の中に入るのを」
幾郎「ふすまぁ?」
美耶「あれは絶対に、この屋敷の襖です」
  頭を抱える幾郎。
幾郎「昨日から一体なんなんだよ……」
  美耶、キッとする。
美耶「信じていただくなくても構いません。私一人でも探しますから」
幾郎「一人でって、この旅館、何棟あると思ってんだよ」
美耶「32棟ですよね」
  幾郎、驚いて美耶の顔を見る。
美耶「撮影のときに数えました」
幾郎「……正解は34棟」
美耶「えっ……」
幾郎「離れもあるんだよ。じゃあ、探すのは俺先導ってことで」
  にやっと笑う幾郎。美耶は悔しそうに睨む。

◯旅館・廊下

  早歩きで廊下を渡る二人。
美耶「どこへ向かってるんですか?」
幾郎「あいつの部屋。泊まりに来るときにいつも使うんだ。ほぼあいつ専用になってるから、荷物も置いてある」
美耶「本当にそこにいるんですか?」
幾郎「知らねーよ! そもそも俺はあいつが来てるなんて信じてないからな!」
  浴衣姿で廊下を歩くおばあさんとすれ違う。
客A「あらっ、もしかして、井原美耶ちゃん!?」
  呼び止められ、ぎくりと立ち止まる二人。
客A「まあこんなところで会えるなんて! 私、大ファンなのよ。井原”亜耶”ちゃんの!」
  美耶の表情がかすかに曇る。
幾郎「いやあ、あの……」
  突然、美耶の顔が別人のように明るくなる。
美耶「あははっ、よく似てるって言われるんですよ〜! でも、残念ながら違いま〜す。ふふっ」
  ぽかんと口を開けて驚く幾郎。
客A「まあ……ごめんなさい、つい本人かと……」
美耶「いいえ〜! 気にしないでください!」
  にこにこと客に手を振りながら、歩き始める。正面を向くと、また無表情に戻る。
幾郎「……」
美耶「なんですか」
幾郎「いや……演技、上手なんだなーって……」
  美耶はイラついたようにため息をつく。
美耶「このくらい役者なら誰でもできます」
幾郎「そうなの?」
美耶「そうなのって……業界では誰からも褒められたことありませんし……一人以外」
  ぼそっとつぶやく美耶。
幾郎「それ、むっちゃんのこと?」
美耶「えっ」
幾郎「だからさっき泣いてたんだろ?」
  美耶の顔がみるみる赤くなる。
幾郎「あいつはホント、ああ見えてひとたらしだからな〜…いでっ」
  美耶に足を踏まれる幾郎。
幾郎「何すんだよ!」
  構わず進む美耶。その後ろ姿をみる幾郎は、また不意に姉の姿を思い出し、重ねる。慌てて首を振る。
幾郎「……全然似てないだろ」
  自分に言い聞かせるようにつぶやく。
  その幾郎を、山間に沈む夕陽が窓越しに照らす。
  夕陽が沈むと当時に、また突然屋敷がガタガタと揺れ出す。
幾郎「また!」
美耶「何!?」
  揺れは昨晩より大きくなる。古い屋敷は今にも崩れそうである。
  悲鳴を上げて伏せる二人。徐々に揺れは収まる。
幾郎「よかった〜……潰れなくて」
  柱を撫でながら立ち上がる幾郎。
  しかし、美耶は顔を上げて座り込んだままである。
幾郎「おい……?」
  美耶の視線の先を追うと、廊下の先に白い着物の女性が立っている。
  着物の下の肌はすべて包帯で巻かれ、包帯の切れ端と髪が恐ろしげに舞っている。明らかにこの世のものでない様子。
  一瞬気圧されるが、怒鳴る幾郎。
幾郎「おい! 俺の屋敷で何してる!」
美耶「“おみつ“……?」
幾郎「は?」
美耶「うそ……そんな……」
幾郎「知ってるのか!?」
美耶「彼女は……映画に登場する霊です……」

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