付箋・傍線 12 〜『70歳のバックパッカー』
下川裕治著 株式会社産業編集センター
下川裕治を知らなかった。『12万円で世界を歩く』で実質のデビューを果したノンフィクション、旅行作家で、新聞社勤務を経てフリーになったという。『12万で〜』の本のタイトルだけは目にしたことがあるけれど、今回、この作品を読むまで、バックパッカーのレジェンド(本人は嫌がっている)と呼ばれていることも知らなかった。バックパッカーといえば、まず『深夜特急』の沢木耕太郎が浮かぶのだ。著者の旅は、沢木耕太郎に先んじている。
学生時代に、教師である父親の教え子だった一人を頼ってタイに初めて旅行をしてから、著者はタイを中心とする海外にのめり込んでいく。海外旅行自体が珍しい時代である。2度目のタイの食堂では、出会ったオーストラリア人からはじめてバックパッカーという言葉を聞く。「オーストラリアで一年働けば、インドや東南アジアのバックパッカー旅を三年はできる」と。そして、旅をするために働く、という人生に衝撃を受けたのだった。
新聞社を三年で辞め、ベルリンを起点にエチオピアとスーダンを周り、騙されたり危うい目に遭ったりもしたその二ヶ月の間に8キロ痩せて、著者はバックパッカーになったと自覚したのだった。週刊朝日のグラビア記事の企画で「12万円でどこまでいって帰ってこれるか」という仕事を受け、のちにそれが本となり、いよいよ作家としての仕事が忙しくなる。
タイトルからは、幾つになってもバックパッカーの旅を楽しんでいて、その一々を描いているのかと思いきや、内容は別の方向へ展開する。バングラデシュで小学校を開校することになってその維持に奔走したり、バンコクをはじめ、いくつかのアジアの都市の情報誌を発行し続けるのに疲弊したり(コロナ禍も影響している)、日本にいても、知り合いのタイ人が勝手に電話番号を教えたがために見知らぬ不法滞在のタイ人のとんでもないトラブルに何度も巻き込まれたりする顛末が、これでもかと書かれている。
最近では、緊迫した情勢の中、ミャンマー人との関わりも増えたという。驚くのは著者がそれぞれに誠実に対応していることで、自分も旅先で助けられたからといっても、よほどの篤志家でないとこのように行動できないと私などは感服する。
マイレージを貯めるのにあくせくする場面も微笑ましいが、飛行機が好き、空港が好きというのは、やはり根っからの旅人なのだろう。あとがきには、こう書いてある。
しかし困ったことに、旅先には多くの人がいて、皆、強い磁石で引きつけようとする。それは意図したものではないのだが、気がつくと旅先のさまざまな人生に絡めとられてしまう。そんな日々を受け入れるか、どうか……。それがバックパッカーの感性のように思う。
著者は結婚していて家族もいるというから、旅だけが実人生というわけではないのだが、バックパックを背負って外国を歩くというのが「芯」になっているのは間違いないだろう。行動力と懐の深さが、彼に語るべき言葉をもたらせるのだ。
「老いたバックパッカーは、どこまで旅をつづけられるのだろうか」という一文で、あとがきは閉じられている。しかし、モチベーションのある限り、著者は青春を生き続けるのではないか。翻って、自分はどうか。諦念に抗いたいという本心を見つめさせてくれた本だった。
