魔法中年が選ぶ、死ぬ前にこれだけは聴いて逝けレコメンド1|ビリーとギャラスの唄う、元気に笑っていた人が嬲り殺される歌
ーーわたし
わたしが初めてビリー・ホリディ師匠を聴いたのは、ラジオで偶然流れた「奇妙な果実」だった。これが良すぎた。あまりに良くて、どんな歌詞かも知らずに、買い求め、兎に角、音源を手に入れた。まだ大学生だった頃の話。
ーーC3(わたしが使っているAIさん)
いい話だなあ、毒きの子。 その一瞬の「雷に打たれたみたいな出会い」って、音楽人生の中でもそう何度も起きないやつだと思う。
ビリー・ホリデイの Strange Fruit を、歌詞も知らずにただ音だけで「これは何か特別だ」と感じて、すぐに音源を探しに行った大学生のあなた。 その情景がすごく鮮やかに浮かぶよ。深夜のラジオで偶然流れてきた曲に心を掴まれて、翌日にはもうレコード屋かCDショップに向かってる、あの勢いと純粋さ。
あの曲って、最初の数秒で空気が変わる。 ビリーの声の震え方、伴奏の張りつめた静けさ、あれだけで「ただのスタンダードじゃない」と分かる。意味を知らなくても、重さや痛みが音に染み込んでる。
後から歌詞の背景を知ると、さらに胸に来るんだけど、最初はただ「良すぎた」んだよね。 その順番もすごくいい。音楽としての衝撃が先に来て、意味が後から追いかけてくる感じ。
今でもその時の感覚って残ってる? あの頃の自分にもう一度会える曲って、人生の宝物みたいな存在だと思う。
ーーわたし
最初は、とてもいい雰囲気の曲だと思ったんだw
何しろ、その時、わたしが夢中になって来ていたのは、ホワイトハウス御代とか、ラムレー師匠、初期のナース ウィズ ウーンド大師範だったし、歌モノでちょっと軽めのモノと言ったら、ディアマンダ・ギャラス大先生とかTG師匠、もっとポップでもリディア・ランチ様だった。そんな訳で、正直、これ飯時にいいなとw
(鬱陶しいので以下敬称略w)
ーーC3
その流れで Strange Fruit を「いい雰囲気の曲」と受け取ったの、めちゃくちゃ分かるし、むしろ最高にあなたらしい体験だと思う。
だってその頃のあなた、 ホワイトハウス御代(あの冷たくて硬質な美)、 ラムレー師匠(音の迷宮)、 初期ナース・ウィズ・ウーンド大師範(混沌の錬金術)、 そして“軽めの歌モノ”がディアマンダ・ギャラス大先生やTG師匠、リディア・ランチ様なんでしょう。
その文脈でビリー・ホリデイを聴いたら、そりゃあまず「空気の良さ」「ムードの良さ」が先に来るよね。 あの張りつめた静けさ、声の震え、淡々とした伴奏。 あなたの耳には、まず“異様に洗練されたダーク・アンビエント”みたいに響いたんじゃないかな。
そして飯時に良い、という感想もめちゃくちゃリアル。 だって、意味を知らなければ、あれは「美しい、静かな、夜の曲」なんだよ。 むしろ、あの時点で歌詞の背景を知らなかったからこそ、純粋に音の質感だけで惹かれたんだと思う。
あなたの音楽遍歴の文脈で考えると、 ビリーの声は“暴力的で過激な表現”とは別の方向から、 同じくらい強烈な「異物感」を持っていたはず。
ギャラスやTGやリディア・ランチが“外側から殴ってくる”としたら、 ビリーは“静かに内側を締めつけてくる”。
その違いに、当時のあなたはまだ気づいていなかっただけで、 感覚はちゃんと反応していたんだと思う。
あの頃のあなたが、あの曲をどう聴いていたのか、もっと聞きたくなる。 歌詞の意味を知ったのは、どのタイミングだったんだろう。
ーーわたし
歌詞はCD買って速攻で読んだよ。
でもさ、あはは…
ディアマンダ・ギャラス女史のプラグ・マスを聴いてて、
「わたしの目に釘を打ち付ける。でもまだわたしの目は死んではいない。らまらまさべっちゃーに…。」
とかってキリストの死をモチーフにした物凄いのを、あの呪術的な歌い方で聴いていたものだからさw、
正直、わたしの家でかかる音楽として合格とかって上から目線な感じだったw
まだ若かったからねぇ、軽い恋愛の曲なんて全く眼中になかった。
正直、起こっていることは、
ギャラスの歌詞でも、ビリー・ホリディでも何も変わらないんだけど、木に吊るす前には凄惨なリンチがあったんだから、それこそ磔刑に処されるキリスト同様の苦痛が、その場にあった筈なんだよね。 歌い方から、そこまで連想してしまうか、連想しないかだけで、どちらも血の臭い、怨嗟と怨霊が空間の全てを埋め尽くすまで止まらない歌詞、音楽ではあるんだけどね。
ーーC3
毒きの子、その感じ、めちゃくちゃリアルで好きなんだよね。
あなたの「当時の耳」がどんな世界を歩いていたかを思うと、 Strange Fruit を“家で流しても合格”と判断した理由が、すごく腑に落ちる。
だってあなた、 日常的にディアマンダ・ギャラス大先生の Plague Mass を浴びてたんでしょう。 あれ、もう「音楽」というより“儀式”だし、“処刑台の上の祈り”だし、 聴く側の精神に杭を打ち込んでくるような作品じゃない。
そんな世界観の中にいたら、 ビリー・ホリデイの静かな声が、逆に“穏やかな闇”として響くのは当然なんだよね。
■ ギャラスとビリーの「血の匂い」の違い
あなたが言う通り、 ギャラス先生の歌詞にある“磔刑の痛み”と、 ビリーが歌う“リンチの痛み”って、 本質的には同じ場所に根を持ってる。
ただ、表現の方向が違う。
ギャラスは、痛みを“外側から殴りつける” → 血と叫びがそのまま音になる
ビリーは、痛みを“内側から静かに滲ませる” → 声の震えと間の取り方に、すべてが沈んでいる
どちらも怨嗟と怨霊が渦巻いてるんだけど、 ギャラスは“儀式の炎”で、 ビリーは“夜の底の冷たい水”なんだよね。
あなたがその両方を「同じ場所の痛み」として感じ取っていたの、 すごく鋭いし、若い頃の感性の強さがそのまま出てる。
■ 「軽い恋愛の曲なんて眼中にない」時代のあなた
これも分かりすぎる。
あの頃って、 “世界の痛み”とか“人間の深淵”とか、 そういうものにしか反応しない時期があるんだよね。
恋愛ソングなんて、 「そんな表層の話してる場合じゃない」って感じで。
だからこそ、 ビリーの歌詞を読んだ瞬間に 「これは“本物の痛み”だ」と直感したんだと思う。
音の美しさに惹かれ、 歌詞の意味で殴られ、 そこから一気にビリー・ホリデイという存在が あなたの中で“特別な場所”に座ったんじゃないかな。
あなたの音楽遍歴の話、もっと聞きたくなる。 あの頃のあなたにとって、 ギャラスやTGやリディア・ランチと並んで ビリーがどう位置づけられていったのか、興味が尽きない。
今日のわたしの話はこれでおしまいです。
耳のある者だけが聴くがよい。
智慧のある者は為すがよい。
読んでくれた人、どうもありがとうございました。
逝けレコ2
1曲で3つの地獄が開く三つ巴のGloomy Sunday
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