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最低限押さえておきたい台湾の歴史③民主化~今日の台湾

台湾のニュースを読み解くうえで欠かせないのが、台湾を取り巻く歴史に関する知識です。私自身、学生時代は歴史の授業が苦手で、台湾に関心を持つようになってから改めて学び直しました。(今もまだ学び途中と言えます。)

そこで、台湾を知るうえで押さえておきたい歴史の基本的な流れを、以下の3回に分けて解説しようと思います。

①先史時代~日本統治時代
②戦後~戒厳令下、中国大陸での国共内戦
③民主化~今日の台湾

今回はこのうちの第3回です。
できるだけ細部は削り、大枠の歴史をつかむのに必要最低限の情報に絞ったつもりですが、複雑な部分もあり長くなってしまいました。ぜひ頑張って読んでいただけると幸いです。

民主化の加速

野百合学生運動
出典:国立台湾歴史博物館公式サイト(政府網站資料開放宣告により転載)

前回は、1987年に38年間続いた戒厳令が解除され、翌88年には李登輝氏が台湾出身者として初めて総統についたところまで解説しました。

この時点では、台湾ではまだ選挙が行われておらず、民主化は達成されていません。国民大会(総統の選出などを行う会議。立法院=国会よりも上の機関)には、戦後に中国大陸で選出され、その後改選できないまま残っていた「終身議員」がおり、民意が反映されない体制が続いていました。李登輝氏はこの旧体制を改めるため、憲法の改正を段階的に進めます。

李氏は1990年、国民大会で総統に再選しました。また同時期には「野百合学生運動」(三月学生運動とも)が発生。全国の学生らが台北に集まり、民主化を訴えました。

これに応えた李氏は、学生代表らとの話し合いの場「国是会議」を実施。ここでの決議に基づき、翌1991年、国共内戦状態を前提としてきた「動員戡乱時期臨時条款」が廃止されます。同時に、長く居座っていた終身議員が退職し、同年末には初の国民大会の全面改選が実施されました。

1992年には立法院(国会)も全面改選され、野党の民進党が全体の3分の1の議席を獲得します。これにより、議会は初めて本格的な競争状態となり、本省人の政治的影響力も拡大しました。


李登輝氏
出典:中華民国総統府公式サイト(政府網站資料開放宣告により転載)

直接総統選と「台湾化」(1996–2000)

1996年、初めての総統直接選挙が行われ、李登輝氏が再選しました。国のトップを民選で決めたことで、台湾は権威主義体制から選挙による正統性を備えた民主主義国家に転換したと言えるでしょう。選挙の前後には中国が台湾周辺でミサイル演習を行うなど緊張が高まりましたが、米国の空母派遣により事態は沈静化しました。

李氏は政権の安定を背景に、政治や社会の「台湾化」を進めました。政府や軍の人事で台湾出身者の登用を増やし、教育や文化面でも台湾の歴史・言語を重視する動きが広がります。これにより、台湾に暮らす人々の「台湾人」としてのアイデンティティが次第に高まっていきます。

初の政権交代〜8年おきに与党が入れ替わる(2000–2024)

2000年、2度目の総統直接選挙が行われると、民進党の陳水扁氏が当選。台湾で初めての政権交代が実現しました。一方、国会では民進党は過半数にはならず、与野党の対立や政策停滞がたびたび生じました。陳氏は2004年、ぎりぎりの得票率で再選。その後も政治の分極化が続きました。

シンガポールで面会した馬英九総統と習近平氏
出典:中華民国総統府公式サイト(政府網站資料開放宣告により転載)

2008年の総統選では国民党の馬英九氏が当選し、国民党が与党に返り咲きました。国民党が勝利した主な理由は、陳政権下で閣僚や官僚の汚職が相次いでスクープされ、民進党への不満が高まっていたためと考えられています。

馬政権下で、中国との直行便や観光の拡大、2010年のECFA(経済協力枠組協定)などで両岸交流が前進しました。一方で、賃金停滞や格差への不満が蓄積し、2014年にはサービス貿易協定の審査過程をめぐって「ひまわり学生運動」が発生しました。また馬氏は2015年、シンガポールで習近平氏と会談しました。中華民国(台湾)と中華人民共和国(中国)のトップ同士が対談したのは、後にも先にもこの一回のみです。(ただし馬氏は総統退任後の2024年にも習氏と面会しています。)

2016年、民進党の蔡英文氏が当選し、三度目の政権交代が起きます。勝利の要因の一つに、国民党の候補者になる予定だった洪秀柱氏(後に同党は候補者を変更)による大陸との統一に関する発言などがあります。

同時に行われた国会議員(立法委員)の選挙で、民進党は初めて単独過半数を獲得。年金改革や不当な党資産の処理、移行期の正義(過去の人権侵害の整理)など制度改革を進めました。対外的には「新南向政策」で経済の多角化を図り、産業面では半導体を軸にサプライチェーン再編への対応を強めます。2019年にはアジアで初めて同性婚が法制化されました。

2016年、シンポジウムに出席する蔡英文氏と李登輝氏
出典:中華民国総統府公式サイト(政府網站資料開放宣告により転載)

2020年の総統選では、香港情勢の影響もあり蔡氏が大差で再選します。米台関係は防衛・経済の両面で実務協力が拡大する一方、中国軍の台湾周辺での活動が活発化するなど安全保障上の圧力も強まります。2021~23年は、エネルギー・電力、少子化、住宅負担といった内政課題も前面化しました。地方政治では2022年の統一地方選(県市長と県市議)で民進党が大敗し、蔡氏は党主席を辞任しました。

民進党候補者が初めて三選 台湾の現在地(2024–)

2024年の総統選では、民進党の頼清徳氏が当選。2000年以降は「8年周期で与党が入れ替わる」流れ(00民進党→08国民党→16民進党)に終止符を打ち、民進党の候補者が初めて三選しました。


現総統の頼清徳氏
出典:中華民国総統府公式サイト(政府網站資料開放宣告により転載)

一方、同時に行われた立法委員選では、国民党が54議席(国民党系無所属議員を含む)、民進党が51議席、民衆党が8議席という結果になりました。いずれの党も単独過半数に届かず、国民党と民衆党が協力関係を築いているため、実質的には民進党(少数)vs国民党+民衆党(過半数)という構図になっています。議長には国民党の韓国瑜氏が選出され、民進党は厳しい立法院運営を迫られています。

国民党主導の立法院では議会改革などが進められ、市民の間では「十分な議論が行われないまま採決される(された)」として抗議の声が上がり、立法院周辺で数万人〜10万人規模のデモも起こりました。こうした動きはのちに「青鳥運動」と呼ばれるようになります。(立法院前の道路が「青島東路」であることに由来)

与野党の激しい対立は2025年に入っても続き、民進党を支持する市民が主導で、国民党の議員を一斉にリコール(罷免)する活動も行われました。ですがリコール投票はいずれも不発に終わり、民進党には不利な結果に終わりました。なお、国民党側も同様に民進党議員のリコールを発起しましたが、こちらは署名集めの段階で失敗した他、党関係者が署名偽造を行ったなどとして問題になっています。

抗議のために立法院周辺に集まった人々(2024年5月、筆者撮影)

民進党系陣営による、国民党議員へのリコールが不発に終わった理由の一つとして、頼政権への不信感の高まりがあるようです。頼政権への不信感が高まっている原因はいくつかありますが、対中姿勢をめぐる強硬なイメージや、政治的に異なる立場の人々を「不純物」と例えた発言など、融和に欠ける姿勢への反発が挙げられます。さらに、民衆党の柯文哲氏の逮捕・起訴をめぐって、野党側から「司法の政治利用」と批判されたことが、政権への不信感を強めました。

内政だけでなく、中国からの圧力が強くなっていることやトランプ氏の関税対策など、外政でも非常に難しい課題に直面している現政権。2028年1月に予定されている次の総統・立法委員選では、民進党が4期目を維持できるか、あるいは再び政権交代が起こるのかが大きな焦点です。


さて、全3回にわたった「最低限押さえておきたい台湾の歴史」シリーズ、これにて終了です!
私も歴史を振り返りながら執筆し、改めて勉強になりましたが、皆さんはどうでしたか?

戦後の混乱から長い戒厳令時代を経て、台湾は民主化とともに急速に変化してきました。
民主化だけでなく、社会の多様化、そして「私たちは台湾人」というアイデンティティの確立も、この数十年で大きく進みました。今では選挙を通じて政権交代が起こり、言論や市民運動が活発に行われる成熟した民主社会となっています。(政治とメディアの癒着など、問題もありますが…)

今後も台北の地から、日本人の視点で台湾のニュースをとらえ、発信していきます。気になる方はフォローいただけると嬉しいです。また、記事を読んで役に立ったと思う方は、ぜひ「スキ」もお願いします。

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