台湾の「立法委員リコール運動」とは? 背景や結果を解説
台湾で2025年7月から8月にかけ、野党・国民党の国会議員(立法委員)31人に対して行われたリコール(解職請求)投票。全てのリコールが実現しない結果に終わったことは、多くの日本メディアにも報じられました。
日本では国会議員に対するリコール制度そのものがありませんが、台湾でも大勢の議員が一斉にリコール投票の対象になったのは初めてのことです。なぜこのような事態になったのか、またこの結果が今後にどう響くのかを解説します。
【きっかけは2024年の選挙での「ねじれ」発生 】
台湾の国会(立法院)は現在、ざっくり言うと
・民進党(民主進歩党)陣営
・国民党(中国国民党)・民衆党(台湾民衆党)陣営
の二派に分かれています。民衆党は2019年にできた新しい政党ですが、現在は国会運営で国民党と連携しているため、2党で一つの陣営とみなして問題ないと言えます。
2024年1月に行われた総統(大統領)と国会議員を選ぶ選挙では、総統の所属政党と国会の多数政党が異なる「ねじれ」の状態が生まれました。
総統選では、民進党の頼清徳(らいせいとく)氏が当選。
国会議員選では、民進党が51議席を獲得したのに対し、国民党と国民党寄りの無所属議員が54議席、民衆党が8議席を獲得しました。
2大政党の民進党と国民党がいずれも過半数(57議席)に達さなかったため、当初は民衆党がキャスティングボードを握っている、つまり民衆党次第で議会運営の方向性が大きく変わると言われていました
ですが、民衆党は結果として国民党に協調する路線を取りました。そのため台湾はこれ以降、総統と内閣(行政院)は民進党、議会は国民党・民衆党優位という「ねじれ」の構図になったのです。
なお、2024年の選挙以前は、総統は民進党の蔡英文(さいえいぶん)氏(2期8年)、議会も8年間にわたり民進党が過半数を占めていました。
総統・内閣と議会の対話が進まず─国会周辺での市民デモも
国会では、国民党と民衆党が多数を握った立場を背景に、政権側と対立する動きが相次ぎました。
その象徴となったのが、国会の権限を強化する「国会職権関連法改正案」(2024年5月に可決)です。野党主導で可決されたこの法案に対し、行政院(内閣)は再議や違憲審査の申し立てで抵抗しましたが、国会は採決で押し切りました。審議中には議会周辺に10万人を超える人々が集まり、反対する大規模なデモもありました。

また同年12月には「公職人員選挙罷免法改正案」が可決されました。これにより、市民が議員などのリコールを発起した際、署名集めの段階で、署名者の身分証のコピーも必要になりました。野党(国民党・民衆党)が、自分たちに向けられるリコールを難しくする狙いがあると批判されました。議会では与野党議員が衝突したほか、議会外でも市民が抗議デモを繰り広げました。
加えて、2025年度の中央政府予算案審議では、行政院(内閣)が提出した案から約1兆円に相当する額を削減する修正案を成立させました。削減幅は過去最大で、総統や政府は、政権運営ができなくなると強く反発しました。
反国民党派住民がリコール運動を発起─民進党も後押し
このように、国会多数を握る野党(国民党・民衆党)が法改正や予算削減を次々と押し通したことから、与党(民進党)の支持者を中心に、野党の議員をリコール(解職)しようとの動きが高まってきました。
2025年の初頭には民進党の重鎮、柯建銘(かけんめい)氏が、国民党議員の大規模なリコールに言及しました。その後、市民団体がリコールの提議書を提出しました。2月中旬までに多数の案件が選管に持ち込まれたのですが、これは先ほど触れた「公職人員選挙罷免法」の改正により、署名者の身分証コピー提出が必要になるより前に出されました。
その後、各地で署名集めが展開され、7月26日に国民党議員24人、8月23日に同7人に対するリコール投票が行われることが決まりました。反国民党派(≒民進党)の狙いは、最低でも6人のリコールを成立させ、その後の選挙で民進党議員が議席を得ることで、議会の過半数を奪還することでした。

リコールは基本的に市民団体が発起し、署名集めも市民らが行いました。民進党は当初、党としての動きはほとんど行っていませんでしたが、投票が近づくにつれて、リコールに言及することが増えてきました。
リコール成立までの条件は?
ところで、台湾での国会議員のリコールはどのような流れで行われるのかを確認しておきましょう。
前提として、①提議、②連署、③投票という3つの段階があります。
まず①の「提議」では、議員のリコールを提議(≒発案)したい人が、対象議員の選挙区の有権者1%以上の署名を集めて選管に提出します。
②の「連署」では、さらに同じ選挙区の有権者10%以上の署名を集める必要があります。この条件を満たして初めて、リコールの賛否を問う投票の実施が決まります。
最後の③「投票」で、リコールが成立するか不成立となるかが決まります。成立条件は以下の2つです。
(1)賛成票が反対票を上回る
(2)賛成票が有権者総数の25%を上回る
この両方を満たせば、議員の失職が決まります。
①提議や②連署の段階では、台湾のあちこちで署名を集める活動が行われていて、「罷免」(リコール)の文字を街で聞いたり見たりしない日はないほどでした。
国民党側が反撃も、署名集めで挫折
反国民党派の動きを受け、国民党は反撃に出ました。民進党の国会議員に対するリコールを組織的に進めたのです。全体で22件が提議され、最大で15件が第2段階の連署に進みました。ですがいずれも署名数は有権者10%以上に届かず、投票実施には至りませんでした。
この過程では、国民党の関係者が党員名簿を使って勝手に署名を偽装したことが明るみに出て、社会問題化しました。台湾では、署名の中にすでに死亡した人の名前もあったことなどが、ニュース番組をにぎわせました。
国民党側は結果として民進党議員へのリコールにはこぎ着けられなかったものの、自党議員へのリコールに「不同意票」を入れましょうと呼びかけつづけました。また、反国民党(民進党)側のやり方や頼清徳総統に対する徹底的な批判も目立ちました。
7~8月に投票実施─賛成不足でリコール成立には至らず
前述のとおり、7月26日に国民党議員24人、8月23日に同7人に対するリコール投票が行われました。7月に投票が行われた人のうち7人は、二つある条件のうちの一つ「賛成票が有権者総数の25%を上回る」を満たしたものの、この7人を含む全員がもう一つの条件「賛成票が反対票を上回る」を満たせなかったため、結果は「全て不成立」に終わりました。
7月26日の投票前は、「すべて成立するのは無理だが、少なくとも数人は成立するのでは」と読んでいる専門家が多かったように思います。そのため、全不成立の結果には驚きを感じた人も少なくありませんでした。
また、7月26日の投開票が終わった時点で、8月23日も全て不成立になるとの予想がほとんどになりました。そもそも8月に投票が行われた7人は、署名集めの時点でやや苦戦して後れを取っていたのが大きな理由です。
今後の見通し
今回のリコールがすべて不成立に終わったことで、民進党にとっては国会での勢力を拡大する好機を失いました。今後も少数与党としての立場は変わらず、政権運営・国会運営の厳しさは今まで以上になると考えられます。一方で、考えが凝り固まってきている民進党が生まれ変わるチャンスだと捉える声もあります。
対する国民党は「リコールが成立しなかったのは、世論が我々を支持している証拠だ」と主張し、これを追い風にさらに強気に議会運営を進めるとみられています。
国民党は、日本のメディアではしばしば「親中政党」と紹介されています。中国大陸にルーツを持つ政党であり、現在は中国共産党との関係も近いことから「親中」の一面があることは確かです。日本のヤフーニュースのコメント欄などでは「台湾は親中に傾いた」「すでに共産党に侵されている」といった声も見られました。
しかし台湾の有権者は、必ずしも「対中政策」だけで政党を選んでいるわけではなく、生活や経済など内政上の課題も重視しています。そうした現実を踏まえると、これらのコメントは誤解に基づく見方だと言えるでしょう。実際には、民進党や頼清徳総統への不満、あるいは二大政党の対立構造そのものへの嫌気から、不同意票を投じたり、投票を棄権した有権者も少なくなかったと考えられます。
とはいえ、中国にとって今回のリコール不成立が好都合な結果であることも否めません。民進党に打撃を与えたことで、対外的には「台湾内部で民進党批判が強まっている」とのイメージを利用できるからです。
個人的には、今回のリコールでは市民の参加のあり方に感銘を受けました。リコールを発起した人、署名集めにボランティアとして加わった人、帰郷して投票に足を運んだ人(台湾では投票日当日に本籍地でのみ投票が可能)──多くの市民が政治に直接関わろうとする姿が見て取れました。通常の選挙の際もそうなのですが、日本人の立場からすると、政治や民主主義にこれほど真剣に向き合う市民の姿には驚かされるばかりです。今後も一外国人として、台湾の人々や社会の行方を見守っていきたいと思います。
