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休職170日目・親が変わっているから、友達を家に呼びたくなかった。


子どもの頃、

私は友達を家に呼びたくなかった。


理由をうまく説明できたわけじゃないけど、

なんとなく「見られたくない空気」があった。


実際、家に来た友達は

少し困ったような、不思議そうな顔をしていたと思う。

その表情だけは、なぜか今も覚えている。


母はよく言う。

「昔のあなたは、これが好きだった」

「あなた、あの頃こう言ってたよね」と。


でも、今の私はそれを覚えていない。


正確に言うと、

覚えていないというより、もうそこにいない。



それは今の私が好きなものじゃないし、

今の私の言葉でもない。


たぶんあれは、

“環境に合わせていた私”とか、

“期待に応えていた私”とか、

“そう言っておいた方が安全だった私”。




記録としては残っているけど、

感覚としては、もう手触りがない。



人は変わる。

それは裏切りでも、否定でもなくて、

ただの更新だと思う。



昔の私が何を好きだったかより、

今の私が何に違和感を覚えるかのほうが、

ずっと正直だ。



親に会わない交際は、すすめない⚠️



お互いの親に会わないまま続く交際は、

私はあまりおすすめしない。


なぜなら、

そういう者同士がくっついても、
たいてい不幸になると思っているからだ。💔


そしてもう一つ。

親の悪口や文句を言うパートナーとも、
交際はやめたほうがいい。💔

(「家族を嫌ってる」ことが問題というより、
そこにあるのはだいたい“未処理”だから。)


パートナーが言ってる悪口の主語を『あなたの名前』に変えてみな?

すっごくイヤな気持ちになるから。



冷酷だからでも、合理主義だからでもない。

経験則として、そう感じている。


もう一つ、思い出すこと


携帯電話を持ってなかった時代、

交際相手の家に電話をかけると、
本人ではなく親が出ることがあった。📞


あれが、どうにも苦手だった。


用件を伝える以前に、

「誰の家に、今、踏み込んでしまったか」を

一気に突きつけられる感じがして、


受話器の向こうの声を聞いた瞬間、

私はよく、そのまま電話を切っていた。📞


失礼だとか、非常識だとか、

そういう判断よりも先に、

身体が拒否していたのだと思う。


正直に言えば、

交際相手の親に会いたいと思ったことは、
一度もない。


会ったこともなく、嫌いだったわけじゃない。

ただ、

そこに「入りたい」という感情が、なかった。



家族が「安心」ではなくなる瞬間



家族という単位が、

安心や拡張ではなく、

境界線や圧力として立ち上がってくる感覚。



誰かと付き合うことで、

その人本人だけでなく、

背後にある「家ごと」「価値観ごと」を

一気に抱え込まされる予感。



たぶん私は、

それがずっと怖かったのだと思う。


恋愛もせず、世間体からしかたなく、
心から望まない結婚をして家庭に入ってしまった自分の母親みたいになってしまうかも⚠️という恐怖。

死ぬほど恐ろしい。

だから、人と付き合うときほど、

「家」や「親」という話題から

無意識に距離を取ってきたのかもしれない。


それでも、思うこと


親に会わない交際は、

一見、気楽で自由に見える。


でも実際は、

似たような回避癖を持つ者同士が引き寄せ合うことが多い。


・お互いの実家に行かない

・紹介しない

・踏み込まない

・踏み込ませない


その均衡は、最初は心地いい。

けれど長く続くと、

「逃げ場」しかない関係になる。


逃げ場同士がくっついても、

未来はなかなか育たない。💔


🐌 にせつむりの一言

「会いたくないのは人じゃなくて、“背後ごと抱え込む関係”だったりする。」

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