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転がる先の確信
以下の記事を磨いてみました。どうぞ!
都会と地方、両方を経験して感じるのは、
「先祖代々この土地で営まれてきた事業や文化」への深い敬意。
伝統は革新を伴わなければ廃れ、
一方で、変化しすぎれば拒絶される。
その絶妙な均衡を保ちながら続いてきた努力に、頭が下がります。
けれど、同時に思う。
「先祖代々」と言っても、その先祖のさらに先の先祖たちは、
誰もがどこかから“移住してきた人”だったのではないかと。
生活用水が豊富だから、稲作に向いているから、
あるいは領地替えで強制的に移されたから。
きっかけは違えど、もともとこの土地に“根を下ろした”人たちは、
皆どこかからやって来たのだと思います。
必ず先祖はこの土地にいた。という諸説はあるでしょうが。
そう考えると、異文化が混ざり合うことは
人間の歴史そのものだと言える。
混ざり方がよければ、海流のように多様な生態系を育み、
悪ければ特定外来種のように元の環境を壊してしまう。
混ざり方の「質」が、共存を左右するのだと思う。
ぼく自身、この土地の文化に畏敬の念を抱く一方で、
自分の存在が何をもたらし、何を阻害しているのかを考えてしまう。
人が生きる以上、誰かや何かに影響を与えるのは避けられない。
ならばせめて、良い変化をもたらす人でありたい。
それは理想であり、きれいごとだとわかってる。
けれど、人が悲しむような争いや分断を生む変化は、
どうしても受け入れられないのです。
そこに、ぼくの哲学に“諸説”はない。
まだまだ拙い自分の思考や表現を革新しながら、
いつかきれいごとを「自分の中の伝統」と呼べる確信に変えていきたい。
そう感じる、そんな今日この頃
