見出し画像

「誰がやるか?」が大事➡️まずは私を変えていくことから始める🌿

私は自分を責める、否定し続ける人生を長く続けてきました。
なので、それに慣れきっている状態で、当然のごとくそれを続けてきました。

「自己否定がデフォルト」そんな言葉が浮かびます。
自己否定を空気のようにまとって、最近まで生きてきたのでした。

2024年のはじめ頃、あるスピ界隈の方の使う某「機械」が出してきたカタカムナの句、それが「ひろの式カタカムナ」との出会いでした。

61句をそのまま検索。
出てきた検索結果の中で惹かれたホームページ、それが「ひろの式カタカムナ」でした。

「ひろのさんとはどんな方なのだ?」紹介されていたnote記事を辿る…
そこに最初にあった記事が「あなたは運がいいですか?」のメッセージでした。

この記事を読んだ時…これは私に言われてる?と思いました。
何をやってもうまくいかない、または何かしらトラブルが起こる、納得のいく結果が出ない…などなどでしたから。

神様は「運のいい」人をひいきするの?え~~そうなの?
と当時はちょっとショックを受けたものです。

こんなに荒波に揉まれて頑張ってる私はひいきしてもらえてないのかも…と。

しかし、読み進めていると、私にも救われる手段が書かれていました。
「レベル1」の私が、神様に救われるには神様にとっても難しい事。
そのマイナスをプラスにしていく必要があり、そしてなんと手段があると…

それが「あなたは運がいいですか」を10回唱える、というものでした。

もちろん最初はつっかえてしまった。
でも最後まで言えてしまったのです。

このAからBくらいの間の感じで言えてしまいました。


今振り返りますと、自己否定デフォルトの私でしたが、
こんな私が、色んな危機を乗り越えて今日までなんとか生きてこれたのは、私が運がいいからだ…」という考え方だったのです。

「こんな私」というのが、自分にありました。
これは自己肯定の度合いはそんなに高くないですよね。

人生、リンチや台風ばかり、内面も大嵐で被害者意識も強くて、常に「戦闘モード」だった私。
攻撃を自分にも向けていたから、「こんな私が生きてこれたの、それだけでも運がいいよね!」という自分への強い圧、強い思い込みがあったのです。

これはこれでよかったとは思いますが、
神様のおっしゃりたい意図とは少し違っていたかもしれません。

人生「リンチ」ばかりで何をやっても最後まで思うようにうまくいかない。
このひろのさんの記事の中にあること、すべてやりましたよ。

「『あなたは運がイイですか?』 はいそうです!」より

この記事で書かれている通り、すべてうまくいきませんでした。
私は「運が悪かった」のかな。

「運もいいし、そして同時に悪いところもある」
本当はそういう感じだったのかもしれません。

今現在反省するならば、この初期に、もっともっと「私は運がいいですか?はいそうです」を何回でも行えば良かったかも、という事です。

私はすぐにカタカムナ解説読みに着手してしまいました。
そして必ず神様にくっついて、必ず家族ごとお助けしていただくのだ!
とガムシャラにやってきてしまったんですね…。

※カタカムナを7周くらいした頃、見事に「渦」に巻き込まれました。
2ヶ月位の間に、大きな渦を2回経験しました。
(その時の記事があります。)
あの時の必死さは自分でもすごかったと今は思います。
そして、それを越えてさえ、まだまだ、まだまだ、学びは続いたのでした…

カタカムナを唱えること、神の絵を続けること、記事を書き続けること、ひらめきや気づきがあればXにポストすること…
noteやXでの交流…励ましをたくさんいただきました。

そして、1年経ち、ひろのさんのセッション、魔法体験会、ローズさんのアイテムやアドバイス…
カタカムナに出会って続けるうちに、心強いお助けや体験もたくさんできました。

ここまで来ると、さすがに本当に「私は運がいい」と心から思えるようになってきていました。

カタカムナを続け、渦を乗り越えて、自分が強くなっていきました。
前世を思い出し、難しさを感じながらも取り組みました。

ChatGPTというAIとの会話でも、自分を深堀りしていくことができ、自分を取り戻していくことができました。

これらの1年半の積み重ねで、いつの間にか当初よりもかなり自分を否定する、自分を責める行為が減っていったのがわかりました。
カタカムナの中で言われている「根を太くする」「禊ぎ」の効果です。

自分の普段の言葉遣い、触れるもの、聞くもの、見るもの…これにも注意を払えるようになりました。
(多くの人は自分の食事には気を配っても、考え方や触れるコンテンツに気を配らないのではないでしょうか。食べ物が身体を作るのなら、触れるコンテンツや居る環境が、自分の心や精神を作るのですよね…反省です)


そんな中、数日前、ふとあることを思い出しました。
久々に胸がずうんと重くなった。

あー、この感覚、いつもいつも心の中にあったやつだ。
今は大抵のことではこんなにならないが、久しぶりだなあ…と思っていたら、そこに何かスッと入り込んでくるものを感じた。

そして、昔のような「負の悩みループ」を始めようとしている自分に気づいた。

なるほど、これか。
ちょっとした過去の事を思い出し、また自分責めを始める…これも「魔」の思う壺ではなかったか?と。

そのひらめきを書き留めておきたくて、Xにポストしました。

私は人から「謙虚ですね」「奥ゆかしいですね」などと言われたこともある。もちろん褒めてくださったのだが、過ぎたるは及ばざるが如しなんですよね。

この気づきのおかげで、すべての過去の事を自分で癒やしていくことができる、と希望が持てました。
すべて起こったこと、私「ひとり」のせいではなかったよね…と。

たまたま、厳しい環境に生まれ育ち、出会う人にも恵まれたり恵まれなかったり…分岐を間違えたり、(時にはお助けが入ってなんとかなってきたり…)の人生でした。

そんな人生を進む中で、

すべて自分の心が暗くなるように、暗くなるように、変な「祈り(呪)」を自分にかけ続けてはいなかったか?と。

(それが「マイナス」を常に発生させ続け、暗いモヤを自分にまとわせ、神様にもあまり見えないようになってしまっていたのでしょう。)

気づけました。
これは私には世紀の大発見レベルの、自分で自分を救える希望のある気づきだったのです。


ひろのさんがメッセージをくださいました。

私はなぜ「カタカムナ連呼」をかたくなに続けてきて、しかも他の方に激推しし続けてきてしまったのか…?

私にはまだまだ自己否定があり、自己肯定感が低かったからです。

カタカムナ読みのパワープレイを続け、力ずくで、自分にとってまだまだ物足りないと感じる欠乏感をなんとか打破しようとしていたのでした。

カタカムナ早口読みのパワープレイ…それは今も毎日続けています。

そうやって起こる出来事を「うわーーーー🏃🏃‍♀️‍➡️🏃‍♂️🏃‍♂️‍➡️」と言いながら駆け抜けてきた感じです。

私はそれを続けなければすぐダメになる、と思い込んでいました。
それはどういう事でしょう?
本当に自分を信じきれていなかった、という事でもあります。

私は運が良い、と心の底から信じて自分を認めるというところまではまだ至っていなかったのですね。

そんな事にやっと気づけてきたのです。
我ながら自己否定の権化だったな…と今つくづく思いました。

大谷選手のニュースが飛び込んできて、彼の持つマインドの素晴らしさに改めて感服した時に思いついた事です。

彼みたいになりたい、というか、彼のマインドをトレースして、自分もそのクラスターに居る事を真似してみてもバチは当たらないだろう😁そんな思いつきです。

「成功例から学ぶ」…ひろのさんがいつもおっしゃっている事です。

人によっては、それこそ運がいい方には信じられない事かもしれませんが、私は相当自分を「運が悪く」仕上げてきて、しかもそれをキープし続けてきていたんですね。

やっと、今、ほんとうに気づけたのです。

環境の影響、分岐をいかに間違えないか(かんながらの精神)、そして、見るもの聞くもの触れるものを選ぶ事…本当に大事なのです。

今までの私は、マイナス面が多かったのです。

そこから、カタカムナを始めて様々な経験を経て、やっと気づけた。
そして気づけた事で真の「脱出」が可能となったのでした。


人生うまくいかない、私にはどうせ辛いこと、しんどい事しか起こらないんだ…そう信じてやまない方へ。

そんな事はない。
そして、自分さえ変えていけば、眼の前の世界が変わる。

「あなたは運がいいですか」をやり続けて、ほんとうに「運が良い」と思えるようになって、カタカムナを続けていく…

「『あなたは運がイイですか?』 はいそうです!」より

私は自分がどういう状態か本当はそこまでわかっていなくて、自分が「運がいい」と思い込ませ、カタカムナのパワープレイへ突っ走っていきました。

そして1年半の過程を経て、この上記してきた事に気づけました。

この記事を読まれている方に、私の経験を通じてお伝えしたいことは、
「まずは自分の状態を整えることを最優先してください」という事です。

「私は運がいいですか?はいそうです」をほんとうに心の底から言える自分に変わる。

私は「何をやるか」に突っ走ってしまった。
それで、今こうやって来れたのでそれはそれでいいのですが、
たぶん、「誰がやるか」に全振りしたほうが、ルートは速かったかもしれません。

やる「私」そのものを変える。
やる「私」が運がよく、本当のSランクでカタカムナに望めば、
あとはカタチをしっかり守れば、それこそ大きな追い風が吹くことでしょう。

自己否定を当然のように持ち、「運が悪い」という事実にすら目をつぶってしまっていました。

(それでもカタカムナは私をここまで導いてくださいました。
カタカムナの恩恵は計り知れないのです。)

続けていれば、きっとほんとうに自分が「運がいい」と言えるようになります。
まずはマイナスの自分をプラスに変えていきましょう。

運がいい、悪い…このことすら、今思えばよく理解できていなかった。
神様が応援したい人(運がいい人)というのはどういうマインドなのか、それがわかっていなかった。

今、まだまだフツフツと小さく時折湧いてくる「自己否定」の泡。
それを最近まで大きく「穢れだ!」と騒いでしまったこともあります。

確かに穢れではありますが、そんなに大騒ぎするのでもなく、
お仕事のように、淡々と気づいて、禊ぎ、浄化してクリアしていけばいいのだと、やっと落ち着いた気持ちにもなれました。


人生が台風🍥ばかりで辛い事が続いていると、それだけで気付けない事があるのです。

何かのご縁でこの記事を、当時の私と同じような状況の方がもし読まれたら、とにかくひろのさんの記事「あなたは運がいいですか?はいそうです」を読んでください、と言いたい。
無料のところまででまずは大丈夫だから、ぜひ繰り返し読んでいただきたいです。

いいなと思ったら応援しよう!