見出し画像

AIで作った画像や文章は誰のもの?─最新論文から読み解く「AI生成物の著作権」



池松潤です。
先日こんなやり取りがありました。

編集者「このAIで作った表紙イラスト、すごくいいですね。これ、うちの著作物として使えますよね?」

池松「…それ、誰がどうやって作ったの?」

編集者「ChatGPTに入れてサクッと出てきたやつです」

池松「……それ、著作権ないよ」

編集者「え?」

これは、今この瞬間も、日本中の企業や個人クリエイターが直面している問題ではないでしょうか。

出版社で生成AIに感情を教えるプロジェクトをやってる私自身、この1年で何度も同じような質問を受けてきました。

 「AIで作った記事は、うちの著作物?」
 「競合がAI生成画像を真似してきたら、訴えられる?」
 「ライターがAI使って書いた原稿の権利は誰のもの?」

実務の現場では待ったなしで判断を迫られている。
でも実は法律的には「まだ答えが定まっていない」のが実情。

2025年3月、重要な論文が出ました。
松尾剛行先生が発表された論文
AI生成物の著作権


この論文は、文化庁が2024年に出した「考え方」を一歩進めて、実際にAIをどう使えば著作権が認められるのか?判例や理論を総動員して論じています。

正直、これは読むべき論文だと思ったので、このnoteを書いてます

なぜなら

・どういうプロンプトを書けばいいのか
・どういう使い方なら権利を主張できるのか
・逆にどういう使い方だと危ないのか

が具体的に見えてくるからです。

今日はこの論文をかなり噛み砕きながら、なぜこのテーマがいま、めちゃくちゃ重要なのか?を解説しようと思います。

なぜ「AI生成物の著作権」は重要なのか?
想像してみてください。
たとえば・・・
あなたが広告代理店でAIを使って、素敵なキャンペーン画像を作ったとします。
クライアントも大満足。
SNSでもバズった。
ところが、競合他社がその画像を丸パクリして、自社の広告に使い始めた。
あなたは訴えようとする。
でも弁護士に言われる。
「それ、著作権ないです」

なぜか?
「AIが作ったものだから」
これ、冗談じゃなくて、現実に起きている話しです。

日本の著作権法では、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したもの
と定義されています。

ここで問題が生まれます。
AIには思想や感情がない。
じゃあAIが作った画像や文章は、著作物にもならない?
誰にも権利がない?
パクり放題?
それでは社会は回りません。
企業も個人も、安心してAIを使えなくなる。

だからこそいま、どういう条件なら、AI生成物に著作権が認められるのか?
という議論が、めちゃくちゃ重要になっているんです。

文化庁の「考え方」が出た背景

この問題に対して、文化庁は2024年3月に
「AIと著作権に関する考え方について」

という文書を出しました。

産業界からも、クリエイターからも、
「早く基準を示してくれ」という声が高まっていたからです。

文化庁の基本的な立場は、こうです

AIは著作者になれない。
でも、利用者が『共同創作と言えるレベル』で具体的に関与したなら、そのAI生成物は著作物として保護される可能性がある

これを「共同著作のアナロジー(類推)」と言います。
具体例でイメージしてみましょう。
仮にあなたが友達に絵を依頼するとします。

パターンA
「猫描いて」
→ これはアイデアなので、あなたは著作者になれない。著作権は描いた友達のもの。

パターンB
「白い長毛の猫で、座った姿勢、夕日の逆光、右下に小さく配置、印象派風のタッチで」
→ ここまで具体的なら、あなたにも「創作的寄与」があったとして、共同著作者になれる可能性がある。

文化庁は、この理屈をAIにも当てはめようとしているわけです。

プロンプトが具体的で創作的なら、利用者にも著作権を認めましょう。と。
一見、合理的に見えます。

でも、松尾論文はこう言ってます
─「それだけじゃ足りない」─

ここからが今日の本題です。

松尾先生の論文は、文化庁の「考え方」に対して、
こう指摘します。

「共同著作のアナロジーだけでは、説明できないケースがたくさんある」

なぜなら、AI利用には色々なパターンがあるからです。
そして、パターンごとに適切な法的モデルも変わってくる。
論文では、AI利用を4つのタイプに分類しています。

AI利用の4つのパターン

【タイプ1】指示型(プロンプト型)
「猫がピアノを弾いている写真を作って」と入力して、一発生成。
最もシンプルな使い方。

【タイプ2】対話型(修正の往復)
AIが生成した画像を見て、
「猫をもっと大きく」
「ピアノは黒いグランドピアノに」
「背景をコンサートホールに変えて」
と何度も修正を繰り返して、理想の作品に近づけていく。
AIとの「対話」を通じて作品を作るスタイル。

【タイプ3】変換型(自分の著作物を入力)
自分が描いたラフスケッチをアップロードして、
「これに色を付けて、よりリアルに仕上げて」と指示。
元の作品が人間の創作物である場合。

【タイプ4】選択型(大量生成→選んで組み合わせ)
AIに100枚の画像を生成させて、その中から10枚を選び、配列して絵本を作る。
「選び方」や「並べ方」に創作性があるケース。

それぞれのタイプに、適切な法的モデルがある
ここが論文の最も重要な部分です。

松尾先生は、こう主張されてます。

それぞれのタイプに合わせて、法的な考え方(アナロジー)を使い分けるべきだ。と。

◎ タイプ1(指示型)→ 手足理論
超具体的なプロンプトでAIを「完全にコントロール」しているなら、
それは「人間がAIという道具を使って作品を作った」と考えるべき。
・裁判例
「マンモス事件」では、研究者が詳細な絵コンテやメモで指示してスタッフに画像を作らせた。裁判所は、スタッフは「補助者」に過ぎず、著作権は研究者にあると判断した。
AIも同じように、「道具」として使われているなら、利用者が著作者になる。

※「マンモス復元図事件」(東京地裁・昭和52年6月22日判決)
研究者が構図・姿勢・質感など創作の本質部分を詳細に指示し、イラストレーターが補助的に作画した事案で、裁判所は「著作者は指示した研究者」と判断した。AIを道具的に利用する場合の著作権帰属の先例としてしばしば引用される。

◎ タイプ2(対話型)→ 共同著作モデル
AIとの修正の往復で、作品の表現に深く関わっているなら、
「創作的寄与」が認められやすい。
文化庁の「考え方」が想定しているのは、主にこのパターン。


◎ タイプ3(変換型)→ 二次的著作物
元の作品の著作権があなたにあるなら、
AIが作った派生物にも、あなたが権利を持ち得る。
たとえば、自分の小説をAIに「これを戯曲にして」と指示した場合。
通常、二次的著作物の権利は原作者も持つ。
だから、AIが勝手にセリフやト書きを付け加えたとしても、元の小説の著作権者であるあなたが、生成された戯曲の権利も持つと考えるのが自然。


◎ タイプ4(選択型)→ 編集著作物
AIに100編の詩を生成させて、その中から15編を選び、テーマごとに配列して詩集を作った場合。
この「選択」と「配列」に創作性があれば、
「編集著作物」として保護される。
新聞社が記事を選んで配置するのと同じ理屈。


実務的に重要なポイント
私が仕事でAI活用を進めてきた立場から見ても、この論文は非常に実務的です。AIの使い方で、法的保護の根拠そのものが変わる。
つまり、「どう使うか」を意識するだけで、あなたの作品が守られるかどうかが変わってくるのです。

著作権を主張したいなら、これをやる(超実践版)

① 詳細なプロンプトを残す
記録は武器になる。
「こう指示した」が証拠になる。

② 修正の往復のログを残す
生成→フィードバック→再生成の履歴。
「対話しながら作った」ことの証明になる。

③ 自分の元作品を活用する
自分が書いた文章や描いた絵をベースにする。
これが最も権利主張しやすい。

④ 選択・配列の工夫を説明できるようにする
大量生成して選んだ場合、
「なぜこれを選んだか」の基準や過程を記録しておく。

注意すべき「落とし穴」

論文は、共同著作のアナロジーだけだと権利が認められない可能性がある危険なケースも指摘しています。

落とし穴1:
AIの「編集」に任せすぎる
自分の口述をAIに議事録化させる場合、
AIが大幅に編集・要約してしまうと、
「素材を提供しただけ」と判断される危険がある。

対策:生成後、自分で加除訂正する過程を残す。

落とし穴2:
採否をAIに委ねる
複数案の中から「一番良いものを選んで」とAIに判断させると、
創作的寄与が否定される可能性。

対策:最終判断は必ず人間が行う。

落とし穴3:
元の表現が感じられなくなる
自分の作品をベースにしても、
AIが大幅に改変して元の特徴が分からなくなると、権利主張が難しくなる。

対策:変換の程度をコントロールする。

注意:※あくまで『主張しやすくするための証拠づくり』であって必ず勝てるという意味ではありません。あしからず。

私からのメッセージ

あなたの未来は、
AIは鉛筆より当たり前の創作ツールになる。
その時に大事なのは・・・

①具体的に指示すること
②AIと”対話”しながら形にすること
③自分の作品を起点にすること
④選び方・配列に工夫を込めること

これが、あなたの作品を”あなたのもの”にする技術です。


最後に
──AI時代の「作者」とは誰か?


松尾先生の論文は、
「AI時代の著作権の地図を描こうとする第一歩」です。
まだ議論は続くでしょう。
裁判例も積み重なっていくでしょう。

でも、この論文が示しているのは、本質的なメッセージです。

AIが作品を作る時代でも、「意味を生むのは人間である」

だからこそ、AIをどう使うかという”姿勢”が問われるのです。
私自身、日々AIツールを使いながら、
「これは誰の著作物なのか?」
という問いと向き合っています。
それは「AIを使う」マインドから
「AIに教えて、育てる」という流れに変わると思うからです。

この論文は、その問いに対する「現時点で最高の地図(羅針盤)」だと感じました。松尾先生ありがとうございます。


あなたはどう考えますか?
AIで作った作品に著作権はあるべきなのか?
どんな条件なら公平なのか?

ぜひコメント欄で教えてください。
一緒に考えていきましょう。

このnoteを読んだ人向けのQ&A
(クリエイター/企業法務/編集者別FAQ)
作ってもいいかもですね。


参考文献
松尾剛行「AI生成物の著作権」『情報ネットワークローレビュー』Vol.24 (2025)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/inlaw/24/0/24_240006/_article/-char/ja/

#AI #著作権 #生成AI   #知的財産権  

補足:
なお、この論文では「AI開発者が権利者になれるか」「著作権が認められない場合に不法行為などでどこまで保護できるか」といった論点は、今後の課題として一旦外されています。本noteも、実務上よく出る「利用者の立場」にフォーカスして整理しています。よろしくおねがいします。

いいなと思ったら応援しよう!

Jun Ikematsu / 池松潤 チップありがとうございます! よい日をお過ごしください。