見出し画像

「発信力」は、なぜイベントで差がつくのか?─ バズるでなく「共感」で変わるコミュニケーションをひも解いてみた

情報大爆発。時短の時代だからこそ「消費されるバズ」ではなく「共感」を生み出すコミュニケーション・デザインが求められていると感じます。

数年前に「死ななければ、かすり傷」と熱狂を生み出した編集者がいました。あの熱狂は何か残るものを生み出したでしょうか。熱狂から生まれた信者(みたいな人たち)は3年もしたら「あれ?なんだったっけ」と沈静化しました。もはやオンラインサロンの黒歴史。あれは偽物だったのではないでしょうか。だから「何を言うか」より「誰が言うか」の時代に「何を問うか」の本質を書きたいと思いました。なぜなら、知らぬうちに「アルゴリズムの奴隷」にならないようにしたいから。

伝わる人に伝わると嬉しいです。約5,000字超。興味の在る方はお付き合いください。

池松潤/Jun Ikematsu
コミュニケーションデザイン/事業計画/エクイティストーリー/エンタープライズ営業コンテンツ/マーケティング/コンテンツなど。スタートアップCEOの壁打ち相手。慶応義塾大学卒/博報堂を経てスタートアップの若手と世代間常識を埋める現役58歳。ときどき婦人公論.jpにコラムなど。 ⇒ https://lit.link/junikematsu



1:バズらせる時代は終わった

・なぜ数字だけのエンゲージメントは限界なのか

「バズった翌日、誰も覚えていない」
昨日の投稿は10万いいねを超えたのに今日は誰も触れない。
情報消費に振り回されている。アルゴリズムの奴隷になっている。これって何の意味があるの?と感じてませんか。数字を追いかける時代は終わりつつあります。その理由は明確です。SNS・エンゲージメントの数値は、一時的な注目度は指数化できても、その先にある本当の価値を測ることはできないからです。

・フォロワー数と実際の影響力はちがう

SNSエンゲージメントには致命的な欠陥があります。それは「共感の深さ」を測れないことです。1万のいいねと、10人の深い共感。1ポチッとには深さがありますが数値化できません。どちらが価値があるのか。この本質的な問いに多くの人が気がついていますが、言語化が難しい。だから数字に振り回され、アルゴリズムの奴隷になっている。そのことにさえ気が付かない場合も多いです。

・SNSでは突破できない信頼の壁

フォロワー数10万人のインフルエンサーよりも、1000人の熱心なコミュニティを持つクリエイターの方が、実際の影響力が高いというデータも出ています。なぜでしょうか? それは、SNSには超えられない「信頼の壁」があるからだと思います。いいね、リツイート、フォロー。これらの数字は、確かにエンゲージメントの広さを示します。しかしその先にある「信頼」や「共感」までは生み出せません。ここにSNSだけでは突破できない壁があります。

実際に多くのネット・メディアが直面している課題は、この「SNSの限界」です。記事や動画は見られているのにブランドの信頼(数字に)につながらない。フォロワーは増えているのに事業は成長しない(儲からない)。この現象の本質は何か?それを理解するためには、まず「共感」を深く掘り下げる必要があります。


2:共感は「場」から生まれる

・なぜ人は集まるのか
(情報共有と共感のちがい)

6〜7年前のnoteには「文章を通じて自分を表現したい」という普遍的な欲求を持った人々が集まっていました。文章を書けるヒトは総じて読書量も多いものです。読書量が多いヒトと少ない人の違いは「洞察力」と「推察力」の違いです。ですので「文章を通じて自分を表現したい」人は、単なる読書家とも違いました。noteが今までになかったつながりを生んだのです。これは会議室の情報の共有とは違いますし、Xでの大喜利の共有ともちがいました。文脈の理解と共感があったのです。世代も職業も異なる人々が、互いの文章を通じて共感し合う。その空気感は今でも忘れられません。

「note酒場」の風景


・「世代間・翻訳者」として見えてきた普遍的な欲求
(共感を分かち合う欲求)

後にnoteオフ会など主催するようになり、さらにnoteワークショップ・セミナーなど年間50本以上開催してきました。そこでは毎回30〜50名の20代から60代、年齢も経験も異なる人々が集まり、文章スキルをシェアするだけでなく「世代間の翻訳者」としての役割も担うようになりました。いまでは30部屋お手伝いさん付きシェアハウスでその役割をしています。転職や副業で同期がいない若い世代には、壁打ち相手がいません。そこには「共感の先にあるAha体験」が求められていることがわかりました。

・なぜJazzセッションのように即興性が重要なのか?
(分かち合うから生まれるAha体験)

ここで重要なのが「即興性」です。イベントやセミナーを重ねるうちに意図的に「余白」を作るようになりました。予定調和な進行ではなく、Jazzセッションのように、その場の空気で展開が変わっていく。そんな即興性が重要だったのです。
なぜなら「共感」は計画できません。誰かの発言に触発されて、別の誰かが新しい視点を提示する。その連鎖の中でそれぞれが「Aha!(なるほど!)」体験をする。この予期せぬ化学反応こそがオンラインでは生まれない価値なのです。
わたしはnoteを通じてお仕事も頂いてきましたし、見ず知らずの方と1000人以上と出会ってきました。だから私の経験が裏付けています。人は情報を求めているようで実は共感を求めているのだと。そして共感の先にある「Aha!(なるほど!)」で行動が変わるのだと。その本質を理解することがこれからの情報発信には不可欠だと思ったのです。ここに私の真髄があります。

「ビジネスも人生もグロースさせる コミュニティマーケティング」新刊・著者トークイベント


3:同心円状のコミュニケーションとは

・なぜ情報は円環的に広がるのか

既存メディアしかない時代は、発信者から受信者への一方通行でした。SNS単体プラットフォームで少しずつ双方向性が生まれてきましたが、「note+X」で発見したのは「同心円状のコミュニケーション」という現象でした。

noteをきっかけに出会い、オンラインで人間関係が芽生え、noteで深まり、そして出会いが広がっていく。この循環が水面の波紋のように同心円状を描いて広がっていく。PULL型のコミュニケーションが誕生したのです。PUSHしなくても届く。これは画期的な出来事でした。なぜなら「◎◎です!会いたいです!」と言わなくても「◎◎に興味がる人はアルゴリズムがみつけてくれる」そんな世界はnote以前には見られない症状でした。

ここで重要なのは、受信者が新たな発信者となり、さらに新しい輪を生み出していく。これは「著者」と「読者」に明確に別れていた「既存メディア」の時代には考えられなかった景色です。このダイナミズムこそが、持続可能なコミュニティの本質だったのです。

・SNSとリアルイベントが相互作用する仕組み

書き手は読み手であり、読み手が書き手にもなる。この循環的な関係が「note+SNS」とリアルイベントで相互に作用し合ったのです。例えばnoteでの記事がきっかけでイベントに参加し、そこでの出会いが新たなnoteの記事を生み、それがまた別の参加者を呼び込む。この循環が自然と生まれる場にいられたのは、大いなる体験でした。

90名近くが集まった「note_twitter meetup」の景色

・1000人の出会いから見えてきた成功パターン

noteとイベントでの体験から、成功するコミュニティには3つの共通点がありました

1:核となる「スキ!の共感の種」が明確

2:参加者自身が新たなコミュニケーション生み出せる「場作り」(ハードルを下げる仕組み)

3:「スキ!」で集まるけど「共感によるAha!(なるほど!)」体験で信頼関係が広がる実感が生まれること。それは偶然の産物に見えるけど「スキ!の共感の種」が明確だから納得できること。

この3つが循環していることでした。


・なぜ共感コミュニティは事業を成長させるのか

ここに現代のビジネスにおける重要な示唆があります。従来の「商品を売る」というアプローチから「共感を通じて価値を共創する」というアプローチへの転換です。ちょっと大げさに言えば「情報経済」から「共感価値」へのシフトとでも言いましょうか。

例えばあるスタートアップでは、プロダクトの初期ユーザーとの深い対話から始まり、そこでの共感がコミュニティを形成し、それが自然とプロダクト改善や新機能開発につながっていきました。このように共感コミュニティは単なる応援団ではありません。それは事業の本質的な価値を共に創り上げていくパートナーです。これこそが持続的な成長を可能にする新しいコミュニケーションデザインの本質と言えるでしょう。

スタートアップ界隈では、モメンタムがブームですが「SNS・から騒ぎ」でないことは注意深く考える必要があります。


4:コミュニティ・クリエイターの視点

・イベント・プロデューサーはテレビ時代の思考様式

私がイベント・プロデューサーと呼ばれるのを避ける理由があります。そこには古びたテレビ的な「演出」の匂いが染みついた言葉だからです。博報堂時代、私は数々の大型イベントから中・小型イベントまで手がけてました。いまの縦割り型の広告代理店ではなく、なんでも自由にできた時代だったからです。上場する前の博報堂はいまのミニ電通の博報堂とはちがい、自分たちのやりたいことを仕事にできる会社でした。華やかな演出、タレントや著名人の起用、派手な会場デザインや映像の演出。しかしそれらは全て「見せる」注目を集めるための仕掛けです。今の時代に必要なのは「感じる」「共感する」「分かち合う」ための場づくりです。この違いを認識しないと大変な勘違いをします。

・「場」が育む「共感コミュニケーション」

コミュニティクリエイターという言葉には、より本質的な意味が込められています。それは「場」を通じて、人々の中に自然と生まれる共感のコミュニケーションを育むという意味です。参加者同士の自然な対話が生まれる「余白」を大切にしたい。時には予定を大きく変更する。なぜならその場で生まれる化学反応が、本当の価値だからです。むしろ予定通りに進まないことが大事です。予定調和な空気は残念な印象しか残しません。「スキ!」で集まった人々が、そこで予期せぬ「Aha!(なるほど!)」体験をする。それは決して一方通行のプレゼンテーションからは生まれません。むしろ参加者同士の何気ない会話や、思いがけない偶然な視点の交換から生まれるからです。これはJazzセッションに似ています。

・共感を設計することの可能性と限界

しかしこれは諸刃の剣でもあります。「共感」そのものを設計することはできません。できるのは共感が生まれやすい「場」の条件を整えることです。その条件とは

1:心理的安全性の確保
2:多様な視点の許容を準備する
3:対話の余白を残す
4:即興性を楽しむ余裕

これらを意識的に組み込むことで、共感のコミュニケーションは自然と育まれていきます。しかしそれを強制したり、急いだりすることはできません。これは恋の始まりに似ています。
つまり、コミュニティ・クリエイターの役割は、「管理」ではなく「土壌づくり」なのです。豊穣な土壌づくり。これは従来のイベントプロデューサーとは全く異なるアプローチと言えるのではないでしょうか。大げさに言えば、これは情報経済からの脱却であり、共感価値への本質的なシフトなのだと思います。

カンファレンス型からコミュニティ・イベント型へシフト


5:情報経済から共感価値へのシフト

・なぜネットメディア・既存メディアが「場」を必要とするのか?

ネットメディアも既存メディアも同じ課題に直面しています。それは「情報が溢れていて、ヒトの心に届かない」という問題です。メディアを見て「買いたくなってお店に行く」とか「イベントにいく」とか行動変容を促すことが最大の力です。「伝える」→「動く」この変化が起きるか?

しかし、面白いことに、メディア制作の現場では「もっと早く!」「もっと数を!」と情報発信に追われて、価値を下げ続けています。挙句の果てに読者不在のインタビューが繰り返される。みんな「情報疲れ」を起こしているのにこの矛盾に気付いているヒトは少ない。量なのか?質なのか?いずれにしても、コンテンツ制作ひとりあたりの利益額(率)で成長性が決まります。いったい誰に読んで(見て)もらいたいのか?そのとき「信頼の絆」が問われることになり「関係を築く場」が必要になってきます。「メディア」だけで信頼関係を築くより「場」も使って築く方が早くて深いからです。

・共感ファーストの背景

人は「情報」ではなく「文脈」から理解します。理解して判断します。まぁ脊髄反応の方も多いのですが、思慮深さを持っているヒトの方が判断の質が高い。データの視点で見れば、Google検索よりもSNSでの情報取得が主流ですし、GensparkのようなAIで複数同時検索して、文脈理解の答えが出てくる方向に利用が流れています。それは単純な検索結果よりも、友人の投稿やリコメンドの方が「文脈」を理解しやすいからでしょう。

もはや誰の記憶にも残らない。だからリアルな「場」でしか生まれない「共感」が必要になってきました。身体性の伴う「感覚」が長く記憶に残る。それが「共感ファースト」と呼ばれる新しい潮流の本質ではないでしょうか。ただイベントをやる人達にこの考えはありません。だから失敗するのです。


・情報大爆発(情報過多時代)に求められるのは「時短力」より「共感力」

この「共感重視」の流れは、最先端のテクノロジー企業から始まっています。最新プロダクトほど「ユーザー・コミュニティ」なしに連続的な改善や進化はできません。イコール成長しない(売上が伸びない)ということになります。なぜなら「共感」こそが、情報過多時代の最強のフィルターだからです。人は信頼できる誰かの「文脈」を通じてでしか、記憶に残らない(残りにくい)からです。

これからのメディアに求められるのは「時短」ではありません。その先にある「共感」をいかに育めるか。広さと深さの両立です。それこそが情報大爆発時代を生き抜くための本質的な力かと思います。どんどんテクノロジーは進化し情報はさらに増え続けるでしょう。しかし心に残るのはやはり「場」から生まれる「身体性の伴う共感の記憶」なのではないでしょうか。

それはネットメディアではじまり、イベントで深まり、コミュニティへと育っていく。それが再びヒトを呼び寄せていく。コンテンツには「見せる」より「共感」を引き寄せる力が必要です。そのためには「質の強いコンテンツ」が必要になります。(質が高いじゃなくて強い)

このハナシを書くと1万字を超えてしまいますので今日はこのへんで終わりたいと思います。いずれにしてもこの本質を見極められた人たちが、これからの時代を作っていくのではないでしょうか。

ではまたnoteでお会いしましょう


◆最新情報はXで


いいなと思ったら応援しよう!

Jun Ikematsu / 池松潤 チップありがとうございます! よい日をお過ごしください。