きゅぅ★きゅうクレープ大爆発
しまった、寝坊した。
チーズトーストをくわえながら、おれはいま、学園へと全力で走っていた。
ああ、こんな時──カノン様の改造軍靴が欲しくなる。
ただの寝坊を、局地戦レベルの災禍に変えてしまうブーツ。忌まわしき暴走兵器。
だがそれでも、今なら喜んでその炎の一歩を踏み出すだろう。
なにせおれは、生徒会雑用係。しもべその二。大仰な名を持つ学園都市オリンフェルムにおいて、持ち場はいつだって陰。
与えられるのは命令だけ。
語るべき思いも、叫ぶべき正義も、何ひとつ、許されちゃいない。
──その時、黒影が視界に映る。
看板だった。
しかも……喋った。
「ちょっと君ィ、走っちゃダメだよォ。ほら、靴がふつうだもん」
「は?」
看板が、おれを指差している。この程度の超常現象ならば、頭が処理落ちしなくなった。これが慣れと言うやつか。おれは嘆息しながら看板を無視して、小走りで逃げようとした。
「カノン様の軍靴じゃなきゃ追い風は吹かないの。ってことで、そこで反省してろ!」
看板がくるんと回転する。なぜか爆風が沸き起こり、看板がおれを巻き込んで倒れた。
その瞬間、視界にミッチェルの鼻が忍び寄る。
「ン゙ン゙ン゙ーーッ!!!」
それは合図だ。
今日もまた、生徒会は混沌の渦中にあるという合図だ。
「ン゙ン゙ン゙ーーッ!!!!!」
ミッチェルが何か言い出そうとしている。看板はぐにゃぐにゃ伸縮を繰り返しながら密談を始めた。
「ミッチェルが生徒会室まで飛んで運んでくれるって言ってる」
「それは助かる。っていうか看板、どけよ」
「あまり僕に生意気な口をきかないほうがいいよォ、全部、カノン様に言いつけるからァ」
「……分かりましたなるべく早めに退いていただけると助かるのですが」
「ン゙ン゙ン゙ーーッ!!!!!」
かくしておれはミッチェルに跨った。ミッチェルは、バカでかい耳をばたばたさせて飛び上がる。──シュールな絵面だが、落ちないだけマシか。
どこに運ばれても、足元が見えなくても。
この街じゃ「落ちない」ってだけで、十分なのかもしれない。
びゅんびゅんと、予想以上の力強さであっというまに生徒会室に着いた。ガラス窓を派手な音を立てて粉々に粉砕する。そのままのテンションを保ちつつ、ミッチェルは生徒会室中を飛び回り、暴れ狂った。
「うるさい!!!!」
カノン様の回し蹴りはミッチェルを盾にして避けた。
「あーあ、窓、ぐしゃぐしゃ。派手にやったねえ」
刻会長がつぶやく。
「それ、おれじゃなくてミッチェルのせいにできたりしない……?」
「無理かなあ」
口調に感情がなさすぎて、どこまでが本気なのか分からない。おれは冷水をぶっかけられたような気分だった。必死で言い訳を考える。
「刻会長!」
「発言を許そう、しもべその二」
「こ、これは何かの間違いで……おれは空なんか飛びたくなかったし、想定外の出来事で」
「この期に及んで、言い逃れするつもりなの?」
刻会長は優雅に紅茶を飲んでいる。
「お疲れ様ー」
しもべその一、ヴィオラが生徒会室に入ってきた。
「うわ、すげえ、なにがあった、めちゃくちゃ荒れてるじゃん」
「遅刻です、ぼくの貴重な時間が、五分二十三秒ロスになったじゃないですか」
「楽しいから、いいじゃん」
シャルロットは呑気に、バナナをミッチェルに与えた。暫くン゙ン゙ン゙と鳴いていたが、お腹が満たされたのか、すっかり大人しくなった。
「はぁ、この生徒会には、まともな人が一人もいませんね」
「そんな事ないよ、みんな違ってみんないいんだよ」
天使のようなほほ笑みをたたえて、刻会長はまた一口、紅茶を飲んだ。
「この惨状を目の当たりにしても通常運行なのがおかしいっていってるんだよ!どうするのこれ、なんか、焦げくさいし」
「あーあ、しもべどもががたがたさわぐせいで、ぼくのとろとろ☆くれーぷをひっくりかえすの、しっぱいしちゃったよう」
「いつの間に鉄板が」
「スルースキル、スルースキル……」
ヴィオラが小声でいいながら背中をとんとん叩いてくる。刻会長はハンドベルをがらがら鳴らした。
「静粛に。とにかくこの窓破りの修繕費用については、予算案に組み込むことにするけれど、今後気をつけて」
「はーい」
全額持てとか言われなくてよかった。安心してぐるりと周囲を見渡した。昨日まで無かったものがある。
「あ、今気づいたけど、あれ、なに?さぼてん?」
丸くて緑色の、愛らしいさぼてんが窓際の植木鉢に植えられている。
「ぽ」
「な、なんか今喋らなかった?」
「ぴい」
「なんかね、もともとは、ぼくの分身がとろとろ☆クレープの屋台に飾っていたんだけど、可愛いから欲しいってお願いしたら持ってっていいって言われたの。クレープあげたら懐いちゃって」
「きゅう」
「小煩いさぼてんですね、血祭りにあげましょう」
「きゅぅ、きゅう」
カノン様は特に興味もなさそうな顔で、【ヴァルツァ】をふりまわした。すると、とんでもないことが起こった。なんと、さぼてんが俊敏に【ヴァルツァ】を縄跳びの要領で飛んで避けた。
「は?!」
しずしずと給仕をしていたセドリックがびっくりしたように何度も瞬きしている。目の前で起こったことが信じられないようだ。なお、刻会長は寝ている。
「ぼくの【ヴァルツァ】を避けるなんて、ただものではありませんね、気に入りました。その気概、なかなかですよ。少なくともしもべよりは役に立ちそうですね。そして今あなたの名前が決まりました。チマツリーノです」
おれとヴィオラは見事に戦力外通達された。
もういやだ……なぜおれは、こんなことばかりに巻き込まれるんだろう……たすけてくれ……
そこへダメ出しのように空中浮揚していた看板が生徒会室に飛び込んできた。おれとヴィオラはみっともないほど無様に看板の下敷きとなる。
はやく……はやく寮に帰りたい……おれは都合の良い時にしか頼らない神に祈りを捧げた。となりでヴィオラが、看板に上半身を持ち上げられて、ミッチェルの鼻によるビンタを喰らっている。かわいそうに。
「さてさて、次は誰が被害者になるのでしょうか!!こんにちは、広報委員のものですどうもどうもー」
……
「去ね!!!!」
おれの絶叫はオリンフェルム中にひびきわたり、超新星爆発を起こした。
