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幸運は巡る!おかねの女神💖さきこさん〜税理士さきこさんの万華鏡的生き方のススメ〜第6話 さきこさんはおかねの女神💖になる!~幸運は巡る!ワクワク、キラキラ☆彡で

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門 #キラキラ終活 #ハートのパワー

第6話 さきこさんはおかねの女神💖になる!~幸運は巡る!ワクワク、キラキラ☆彡で


・金ヅルばあさんはきつい、さきこさんは、おかねの女神になる!

金ヅルばあさん、なんて、嫌な言葉でしょうか?
ある朝ひらめきがありました。
そうだ、おかねの女神💖さきこさんになろう!って。

人は、こだわりの人と
ひらめきの人と
2種類あると思います。

さきこさんはひらめきの人、思いついたら始めてしまいます。
走りながら考える。
場面はどんどんキラキラ変わっていきます。
まさに、万華鏡です。

父親に仕込まれたこともあり
幼いときから、婦人雑誌を読み、家計診断を見ていた。

そんなさきこさんが「おかねの女神」になるのは
自明の理なのかもしれない。

「おかね」とひらがなで表記するのは
本当の意味での豊かで幸せであることを表している。
笑顔としあわせ、幸運をもたらす「おかねの女神💖さきこさん」でありたい。
幸運は巡る!ワクワク、キラキラ☆彡で


・未来へ向けて、女の執念で生きる!

誰かを真剣に愛したことがあるのだろうか?
何かに夢中になったことがあるのだろうか?
という疑問を投げかけながら
恋愛小説を書いてみた。

何事も夢中になることは大事だと実感している。
夢中になっているときは、パワー全開になる。

そして、女の執念で生きようと思う今日この頃である。

ある女優がいた。
彼女は自分の病床を、最後の最期まで映像化して放映した。
なぜ?そこま晒すのか。
画面の中のやつれた彼女の姿を見て思った。

彼女の夫は、周囲の女性がほおっておかないほどのイケメンであった。
数々の浮名を流している。

小さな子どもを残して若くして旅立つ彼女にできたこと
それは、自分の生き様を全国民に見せつけること
全国民に植えつけることだったのではないか。

夫や子どもの行く末をみんなに見守ってもらうために
若くして夫を幼い子どもを残して逝く美しき健気な女性
なんてかわいそう!と、日本中を味方にするために

まさに、女の執念!

未来へ向けて、女の執念で
おかねの女神💖さきこさんとして
100才まで現役で生きよう!と決めた。


・何にも考えない時間を持つー呼吸法
 
以前にさきこさんのオフィスで、心の勉強会という勉強会を開催していた。

この勉強会の講師は、複数のグループ企業を抱え、人間とは何ぞやと探求してところから導き出されて方法を実践しています。コロナ禍もあり、現在は師匠の会社でのみ毎月実施されています。

心の勉強会は、 呼吸法の実践により、自らが選択し固定化しきた三次元的・高次元的な価値観やネットワークを再構築し、改めて「自分が成すべきこと」のために適した世界を選択する習慣をつけ、『最高の自分を表現する』ための道場です。https://coubic.com/cocorolabo

多くの人は、自分の潜在能力のほんの一部しか使っていない。
日常生活に追われ、自分の可能性を最大限に引き出すことが難しいと感じているかもしれない。
また、本来持っている感性が垢にまみれ、機能しなくなっている。
しかし、もし残りの95%の力を活性化できたら、人生に奇跡が起こることは間違いない。最高の自分と出会い、その力を引き出す方法は、呼吸法。

呼吸法により何も考えない時間を持つことが人生を転換していく。

改めて、呼吸法を実践してみようと思っています。
毎日パンパンだったので。

 

・自分の人生を、そして人生の卒業式も自分でブランディグしよう!

-最悪の葬儀と最高の葬儀

病気が彼を窓際に追いやった。三度目の発作が彼を帰らぬ人にした。現役で亡くなったということで、通夜の席で弔辞を述べたのは上司だった。

「惜しい人を亡くしました……優秀な人でした……」

だが、誰もが心の中で思った。あれ、この上司、窓際に追いやった張本人じゃなかったか?形式的な言葉が冷たく響き、真実とは程遠い。


しばらくして、私は彼の妻と話す機会があった。彼女は涙を浮かべながら言った。
「あんな葬儀にしたくなかったんです。親戚代表が出てきて、葬儀社とやり取りして、段取りはすべて他人任せ。あんな風になってしまって……」

唯一の救いは、友人代表の心のこもった送る言葉だった。彼の本当の姿、彼が大切にしていたもの、それらを温かく語りかける言葉だけが、心に染み渡った。

・心に残っている葬儀

彼は再婚していた。彼女は父親と同じ年齢の彼と結婚し、二人の子どもを設けた。しかし、彼は高齢のため仕事ができなくなっており、夫婦の間にはお金を巡る争いが絶えなかった。離婚という言葉さえ飛び交っていた。
そんなある日、彼は体調を崩し緊急入院。ガン、それも末期だった。2週間という短い闘病生活で、彼は静かに旅立っていった。

二人にはお金がなかった。だから、子どもの友人の父親が住職を務めるお寺で、宗派を超えた葬儀が行われた。お経を読むのは、その父親と友人である子どもたち。彼が生前に描いた絵が本堂に飾られ、彼の存在がそこにあった。

彼と前妻との間の息子はミュージシャンだった。キーボードを持参し、追悼の曲を弾いた。彼の息子やその友人たちはダンスなどのパフォーマンスを行った。棺の扉は開けてあり、彼は見送る人々の様子を温かい眼差しで見ていたに違いない。

その席で振る舞われた料理も、みんなの手作りだった。心のこもった料理が並び、香典返しなど一切なし。彼を見送りたいという人だけが集まった。

後日、彼女から封書が届いた。中には、彼を思う手紙と共に、彼の描いた絵の絵ハガキが同封されていた。それは、彼の魂が今も生き続ける証のようだった。

この二つの葬儀は、人生の終わり方がどれだけ重要かを教えてくれる。形式的で心のこもらない葬儀は、遺族の心に深い傷を残す。一方、心のこもった温かい葬儀は、悲しみの中にも光をもたらし、故人の存在を永遠に刻むのだ。
 
 
・最期のときの遺言のこと

その人はガンだった。子どもはいない。兄弟もいない。彼は、自分の相続人が誰もいない場合、財産が国庫に没収されることを理解していた。

最後の最後、身体が思うように動かなくなったとき、彼はようやく好きだった従兄弟の女性に連絡を取った。彼女は彼の病気のことも、現在の暮らしのことも何も知らなかった。

手書きの遺言らしきものがあった。しかし、法的な要件を満たしていないことは明らかだった。

税理士のさきこさんが病院に駆け付けた。さきこさんは彼の希望を確認し、なんとかして実現させようと動いた。

その夜、ある病院の一室で、静かに緊張が漂う中、弁護士が到着した。遺言の証人となるべき二人も一緒だった。病室の明かりがやわらかく照らす中、弁護士は遺言の内容を慎重に読み上げた。

彼は震える手で、やっとやっと署名をした。その瞬間、録音も行われた。家庭裁判所での手続きのためだ。彼の最期の望みが正式な形で記録された。彼は安堵の表情を浮かべ、穏やかな気持ちで目を閉じた。

翌日、彼は息を引き取ったという連絡が来た。従兄弟の女性は涙を浮かべながら尋ねた。

「葬儀はどうしたらよいでしょうか?」

葬儀の希望までは確認できなかったことが悔やまれた。

亡くなった後の彼の家には、生気が感じられなかった。数年前に亡くなった母親のお骨が、そのまま置かれていた。彼の生きた証は、ひっそりとした部屋の中に静かに残されていた。彼の最期の思いが従兄弟に託されたことで、彼の心は少しでも救われたのだろうか。

部屋には彼の思い出が散らばっていた。生前の彼の声が、今もそこに響いているかのようだった。その声に耳を傾けながら、従兄弟の女性は彼の遺志を胸に刻み、彼を送り出すための準備を始めた。


 おひとりさまの人生に寄り添いたい。

がんばって生きた人生の卒業式を自分自身でブランディングしたい。
ひと・もの・お金という三つの視点で考えていきたい。
そして、そのお手伝いができたらと思っている。
 


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