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愛の魔法(創作小説)

#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門
#小説

悪魔は人間とそっくりだった。見た目に関して疑う余地はどこにもなく、はたから見れば普通の人間でしかなかった。
悪魔は悪魔なので、これまで長い間生きてきた。そして沢山の人に嫌われた。悪魔なんて穢らわしい!一体何回聞いた言葉だろう。
悪魔は魔法が使えた。誰にでも愛される魔法。好かれたいと思えば簡単に相手から好意を向られる。ただし、それは人間以外の生き物にしか効かなかった。
悪魔は人間にも愛されたい。欲張りというよりは寂しがりな、自信のない心だった。
人間以外、たとえば道ゆく野良猫やカラスはみんな悪魔を心から迎合した。あなたさえ良ければ、ずっと自分の傍にいてくださいと。
悪魔はそれでも安心できなかった。人間にだって愛されなければ、自分の価値を感じられない。魔法が効かないなら、なんとか別の方法で。悪魔は必死だった。
人間の世界に降り立った悪魔は、道で人に話しかける。魔法にばかり頼っていたから、出会い方も距離の詰め方も分からない。
すみません、僕と食事でも。そう言って近付くと、女性陣は沸いた。悪魔は人間の世界で言うと端正な顔立ちをしていた。
何回繰り返しただろう、気が付けば悪魔はうんざりしていた。みんな食事の後は二人きりになりたがるが、その媚びた視線がどれも汚く感じて、拒否してしまった。
悪魔はそんな短絡的な関係を望んでいるわけではなかった。一生を共にしてくれる人が、たった一人いればいいのに。

何度も話しかけていくうちに、悪魔は悟る。この方法ではきっと分かり合えない。もうやめよう。これで最後にしよう。
最後に話しかけたのは、これまでの女性たちのような煌びやかな出立ちではなく、ボロボロの服でうずくまる素朴な少女だった。
「こんにちはお嬢ちゃん、何をしているの」
「生きる居場所がないの」
「じゃあ、僕の話し相手になってくれよ」
悪魔は女の子に尋ねることにした。どうしたら、誰かに心から愛されることができますか。
少女はこちらを見上げ、
「そんなの私が聞きたい」
と小さく呟く。悪魔はなんとなく既視感があった。
そうだ、これは僕自身だ。
誰かに愛されたいともがくとき、そいつはこんな色になる。僕だってそう、寂しい色をしている。
悪魔はなんとなく、この子になら自分の正体を明かしてもいい気がした。同類だからね。
「僕は実は悪魔なんだ。魔法だって使える」
少女は一瞬分からない顔をして、半信半疑なまま返答する。
「じゃあ、その魔法、見せてよ」
悪魔は困ってしまった。人間相手には披露のしようもない。
「誰からも愛される力なんだけどね、なぜか人間にだけは効かないんだ」
「いいからしてみせて」
嘘だと思われても、どうせもう会うこともない女の子だ。試しにやってみてもいいだろう。
少女の視線を前に、少しだけ大袈裟に、本来必要のない腕の動きを付け足しながら、彼女に向かって魔法をかけた。
少女のほうに目をやると、彼女はにこにこしながら、
「なんだ、かかったじゃない!私、あなたが大好きよ」
すっかり様子が変わっていた。

二人が一緒にいるようになるまで、時間はかからなかった。不思議と景色がきらきらして見えた。小さなことでも、一緒にいられればどこまでも幸福だった。
悪魔はある日、自分の身体の異変からあることを察した。魔法は使えば使うほど、寿命を縮める。
悪魔は人間相手に魔法がかかったことが信じられなくて、毎朝毎晩、眠る彼女に向かって魔法をかけ続けた。それが良くなかった。
悪魔は自分の寿命の残りが僅かしかないことに、どこか安心していた。作り物の愛情しか受けてこなかった人生なのだから、そろそろ終わったっていいだろう。
「一つ話がある。僕は多分そろそろ死ぬんだ」
真剣な顔で言ったから、少女はそれはそれはショックを受けていた。長い間考えて考えて、絞り出すように、
「やり残したことを探しに行くといいわ。私は充分あなたと過ごしたもの」
悪魔は驚いた。これまで魔法で愛を得たとき、相手は自分と何がなんでも一緒にいようとした。なのに、この子は。ああ、やっぱり魔法なんか効いていなかったんじゃないか!
悪魔は部屋を飛び出した。そうして、周りの生き物を魔法でどんどん夢中にさせていった。今までの時間が嘘だったような気がして、何度も何度も魔法をかけていった。
僕は孤独なんかじゃない、そう叫びながら。

悪魔がいなくなった部屋で、少女は頭を抱えていた。
素直になれば良かった。一緒に居ようって言えば良かった。
でも、少女は悪魔と出会った時、嘘をついた自分が許せなかった。自分と同じ匂いがしたから、相手のことをよく知らないくせに、大好きになったふりをしてしまった。そんな嘘をついた自分は彼と過ごす権利は無いと思った。
今はもう、嘘ではなかったのだけれど。
一緒に過ごすうちに、少女は悪魔が大好きになっていた。でも、誰にも甘えたことがなかったから、拒絶されるのが怖くて、天邪鬼なことを言ってしまった。あんなこと言うつもりじゃなかったのに。自分可愛さに相手を拒絶したのは、私の方だ。
こんな深い後悔は初めてだった。泣きながら、早く彼の元へ行って、謝りたいと思った。ボロボロのスニーカーをつっかけて、少女は必死に走った。彼が行くとしたらどこだろう。
心当たりのある場所を走って走って、少女はある場所に辿り着く。ここは、彼と出会った場所だ。
いた。倒れていた。抱き上げて、真っ白な顔に驚いた。息も絶え絶えの悪魔を抱き締めて、少女はわんわん泣いた。
「死なないで。私と生きて。私は魔法なんか無くてもあなたのことを愛しているから」
ぼろぼろ涙を流していたのは、少女だけじゃなかった。悪魔も、その言葉を聞いて泣いていた。でも、笑顔だった。
ああ、自分はこの言葉が欲しくて今まで生きてきたんだな。
悪魔はもう満足だった。本当は少女が死ぬまで見守りたかったけれど、もう命は限界だった。
でも、悪魔は死ぬ前にひとつだけ神様に祈った。少女を一人にしてしまう痛みで胸がいっぱいだった。
空から様子を見ていた神様は、自分は寿命は変えられないけれど、その願いだけは叶えてあげようと思った。愛を知った悪魔は、もう悪魔じゃなかったから。
悪魔は少女の手を握って、ありがとうと呟いて、にっこり笑って、そのまま永い眠りについた。

何年か経って、少女は淑やかな女性になった。
何回も人生を投げ出そうとしたけれど、彼に愛された記憶が彼女を強くした。
これからもう誰とも分かり合えなくてもいい。私が覚えてさえいれば、彼は私の中で生きていく。それでいいと思った。
彼女は毎日、彼と出会った場所へ行った。花を手向けるのが習慣になっていた。
ある日、その場所に子犬がいた。寂しそうにぶるぶる震えていた。まるで、あの日の彼のように。
抱き上げて、抱き締めて、目を見つめると、子犬は目を大きく開いて嬉しそうに吠えた。また会えたねって言っている気がした。
子犬の額の模様を見た。彼の髪と同じ色のブチがあった。彼女は確信した。
生まれ変わって会いに来てくれたんだね。
彼女と子犬は一緒に帰って、それから、彼女はうんと子犬を可愛がった。そして、子犬は彼女に笑顔をもたらした。
近所の人たちは驚いていた。あの悲哀に満ちていた女性が、美しい毛並みの犬を連れて、よく笑うようになったことに。彼女の家からは楽しそうな笑い声と嬉しそうな鳴き声が溢れていて、一人ぼっちの女性を心配していた人たちはほっとしていた。
女性はまるで人間みたいに犬に話しかけるから、気が付けば有名になっていた。その子のこと、人間みたいに可愛がっているんですね。そう話しかける人もいた。
彼女が笑顔で、私の運命の人なんですなんて言うから、ますます話題の中心になった。でも二人はそんなこと気にしなかった。彼も彼女も、目の前の命を愛することで心が忙しかったから。

時が経ち、噂をしていた人たちはどんどん親になって、その子どもたちも大きくなって、みんな集まって遊ぶようになった。
彼女の家の前でボールを拾いながら、一人の子どもが言う。
「ここのおばあさんは一匹の犬をすごく愛しているんだって」
周りの子どもたちが、窓を指差した。部屋の中で、年老いた女性が、愛おしそうに老犬を撫でていた。
「ほら見て、毎日あの調子なのよ」
「いつも幸せそうに散歩しているよね」
「ママから聞いたんだけど、犬のこと運命の人だなんて言うんだって」
「僕も知ってる。最初はばかみたいって思ってたけど、あんなに優しく寄り添ってるんだもん。本当なのかもって思っちゃった」
「羨ましいなあ、私も誰かとあんな風に愛し愛されてみたいなあ」
「あのおばあさんの言う通り、運命ってあるのかもね、まるで魔法みたい」
「僕この前、本で読んだんだけどね。愛に魔法なんて要らないんだってさ」
子どもたちはまだ幼くてよく分からなかった。でも、窓の中に答えがあることはなんとなく理解できた。

二人はそんなこと、とっくの昔に分かっていた。
だから、死ぬまでずっと、信じ合って幸せに暮らした。

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