「無敵」にまつわるエトセトラ 〜渚へ行こう!〜
ばってん少女隊の『無敵のビーナス』、いいですよね。
これまでは、落ちサビの「もっと微笑んで無敵のビーナス」の部分を瀬田さくらさんが歌ってたんですが、新体制となって、10周年記念ライブでは浅井アヤネさんが歌ったんですよ。
これがなんとも伸びのあるいい声で、この曲の印象がガラリと変わった感があります。
これまでの『無敵のビーナス』は、瀬田さんのどこかノスタルジックで、優しく柔らかく包んでくれる歌声が、この曲のもっているレトロ感にピッタリで、なんともいえない切なさを伴って、心の奥の方にしっとりじんわりくる名曲だったのですが、アヤネさんの、元気と陽気が前面にでた伸びやかな歌声は、曲中の「ビーナス」さんの性格をまったく変えてしまいました。
賛否両論あるかとは思いますし、好みの問題や思い入れなどもあるでしょうけれど、賛否両論あるのはホンモノの証。
ボクはホントウにどちらも大好きですし、アヤネさんのNEWビーナスも、とても、とっても大好きになりました。
というわけで、今回のnoteは「浅井アヤネを好きになっちゃったぞ記念」に、『無敵のビーナス』の歌詞解釈をしてみよう!
…と思って書き始めたのですが、いろいろ考えて書いているうちに、この曲の歌詞の意味や解釈をグダグダ書いていくのは野暮極まりないんじゃないか、と思ってきました。
だって、みんなの心の中に、それぞれの『無敵のビーナス』がいるもんね。
だから、あんまり野暮なことするもんじゃないよ。
と思い、このnoteは一旦封印しました。
でもでもでもでも、やっぱりせっかく書き始めたものを無駄にするのもナンだよなあ、それぞれのビーナスがいるとしても、ボクなりのビーナスを紹介するっていう感じでうけとってもらえればいいんじゃない?
それに、誰かの考えを見ることで何かの参考になることもあるかもしれないしさ。
と言い訳に言い訳を重ねまして、とりあえず解釈をするために、調べたり思ったり考えたりしたあれやこれやを書いてみようかな、というnoteになりました。
そしたらまあ、長いこと長いこと。
さらっと自分なりの解釈だけ書いた方が、むしろ野暮じゃなかったかもしれません。
というわけで、ですね。
書いたものをひっそりと隠しておけるようなワタクシではございませんので、いつかまたその解釈野暮noteも、アップしちゃうかもしれませんけどね。
ほんとにグダグダ長いですし、つまらない話かと思いますが、まあワタシと酒でも飲みながら雑談をしてるような感じで読んでいただけたら、ありがたく存じます。
もちろん、リアルに酒を飲みながら雑談してくださる方も大歓迎です。
そんな内容ですので、これはいつものお願いですが、読まなくても、いいねと思わなくても、とりあえずハートマークを押しておいてください。
長いから一番したに行くのも大変なんですが、書いてる人間が「承認欲求モンスター」ですので、是々非々ではなく、是が非でもハートマーク押していただけると、心から無邪気に喜びます。
なにとぞ、なにとぞ。
じゃ、行ってみよー!
【物語の世界観】
この物語は、基本的には少女のイニシエーションの物語で、いわゆる「ボーイ・ミーツ・ガール」の逆バージョンだと思うんですよ。
(言っちゃったじゃん野暮なこと)
「ボーイ・ミーツ・ガール」といえば、「少年が少女に出会って恋をする」物語ですね。そして自分より少し大人な少女を追いかけて、少年も大人になっていくビルドゥングスロマン。
「ばってんオトメ三部作」にもそんなことを書きましたかね。
「ボーイ・ミーツ・ガール」の逆バージョンと言っても、単純に「少女が少年に出会って恋をする」ということにはなりません。
先述した通り、少女は、少年より先に大人の階段を登ります。
だから、少女は、少年のようには無邪気に恋をしたりはしません。
「ボーイ・ミーツ・ガール」より前に、少女は少年に会っているんですが、少年はまだ子供すぎて、少女の恋心には気づかずに、渚でドルフィンみたいにスライダーして無邪気に遊んでいます。
なんなら「どうだ!カッコいいだろ?」ぐらい思ってるわけです。
ほんと、バカでガキですよね。オトコって。
少年が体力の限りを尽くして遊んでる間に、少女は、自らの心の中の本当の自分、つまり「無敵のビーナス」に気づき、精神的に成長してしまう。
失恋して、気持ちを整理して、夏の向こうに泳ぎ出して、乙女になってしまうのです。
オトコから見たら「淡く切ない恋心」も、乙女にとっては「甘いだけじゃもう足りないの」ということになってしまうんです。
置いてきぼりになった少年。
悲しきはバカ。
悲しきかなガキ。
ということはですね、もしかしてこの歌、男女で聞こえ方が違うんじゃないですか?
ボクは乙女になったこともないし、乙女心も持ったことがないので、こんどどなたか教えてください。
【 『無敵のビーナス』って言ったらGO-BANG’Sじゃんね】
ところで、まず、『無敵のビーナス』っていうタイトルを聞いて “ GO-BANG’S “ (ゴーバンズ)を思い出さない人はいないでしょうね?(偏見)
GO-BANG’SといえばアルペンのCFソングになった『あいにきて I・NEED・YOU!』がメガヒットしています。
そもそもがコアなファン層(LOFT系)が喜ぶバンドだったようですが、そういうグループがメガヒットしてしまうところ、さすがアルペンですね。
【冬の定番といえばスキー】
アルペンといえば冬の女王 ”広瀬香美” さんが、1993年『ロマンスの神様』から、98年のマッキーを挟んで2002年まで、CFソングをつとめていました。
93年といえばボクはまだ大学生。
ドラマ仕立てのこのCFみたいな冬を過ごしたいなあ、ああっロマンスの神様!などと妄想していた頃を思い出します。
アルペンのCFも、96年に加藤晴彦になってから、少しずつおしゃれな感じになっていきましたね。それまではバブリーな雰囲気が残っていたような感じですが、コミカルなドラマ仕立てはそのままに、少し「滑る」方向にシフトしていったような記憶があります。
ドラマみたいな冬の妄想といえば映画『私をスキーに連れてって』ですよ。1987年11月公開のこの映画はホイチョイ三部作の第一作。
撮影当時の原田知世は19歳!
可愛かったよなあ。可愛かった。
今でも可愛いけど、本当に可愛かった!(しつこい)
仕事が終わって、夜走りでスキーに向かう主人公のクルマがカローラⅡのリトラというレア車。リトラクタブルがカパッと開いて走り出すと、ユーミンの『サーフ天国、スキー天国』が流れる。もう何百回観ただろうあの映像。いや、そんなに観てないかな、脳内再生かもしれません。
思い出すだけでアオハル。
そして映画に出てきたクルマといえば、セリカGT-FOUR(ST165)ですよね。原田貴和子さんの白と高橋ひとみさんの赤。「凍ってるね」って言ってストップウォッチをピッってやるんですよ。
「しょせん四駆の敵じゃないね」って!シビれたよなあ。
これでホモロゲ車が欲しくなっちゃって、後にオンボロファミリアBFMRを知り合いに6万円で譲ってもらってずいぶん乗り回したのは、懐かしい20代の思い出。
【ついでにオートバイ】
原田貴和子さんと言えば、なんといっても映画『彼のオートバイ彼女の島』(原作:片岡義男)ですね。
オートバイについて話し始めると永遠に終わらないので、軽く、ね。
ボクは自動二輪車のことを「オートバイ」っていうんですけど、それは片岡義男の影響です。
片岡義男の小説では、登場人物が「オートバイ」っていうんですよ。よく一般的には「バイク」って言いますけど、ボクはずっとオートバイです。「長距離ライダーの憂鬱」なんて大好きで、銀色に輝くタンクローリーなんかに出会うと、嬉しくなってしばらく後ろを走ってしまいます。
(わかる人いるのかな…)
原田知世さんも好きだったんですが、お姉さんの原田貴和子さんも好きでしたねえ。(ほんとに昔から節操なく誰でも好きだな…)
1986年公開のこの映画『彼のオートバイ彼女の島』の主人公を演じるのは竹内力さん。竹内力さんといえば『ミナミの帝王』のイメージかもしれませんが、デビュー当時のこの頃は、とっても爽やかな好青年でね、芯があるのに優しげな目をしていて、ほんとにいい男なんですよ。
ボクはまだ中学生ぐらいで、白のTシャツにGパンでオートバイに乗るのが夢でして、何年後かにその夢は叶えたんですが、カッコよくないんですよ。普通の人は。ちゃんと革ジャン着て乗れ!って感じでしたね。
…
話がどんどんソレますね。
…
ビーナスどこいったんだ?
…
【気を取り直して】
で、GO-BANG’S『無敵のビーナス』のリリースが1990年4月。
タイトルだけで、そういう時代背景(80年代後半から90年代)をステージセットとしてまず作っていく、高橋久美子さんのしたたかさです。
(個人の妄想です)
そのGO-BANG’S人気にあやかってなのか、当時は興味なかったんで知らなかったんですが、漫画でもこのタイトルの作品があったんですね。
92年から94年にかけて月刊コミックNORAで連載されていた、池田恵(いけだけい)さんという漫画家さんの『無敵のビーナス』の登場人物には、森若香織さんはじめGO-BANG’Sのメンバー由来の名前が使われているそうです。
【『bye bye bye』もGO-BANG’Sじゃんね】
そして、ばってん少女隊『無敵のビーナス』の「見んしゃい盤」「聴きんしゃい盤」のカップリングだった「bye bye bye」も、同じタイトルの「BYE-BYE-BYE」(1991年)という歌がGO-BANG’Sにありまして、これもまたね、しっとりいい歌なんですよ。
ばってん少女隊の方の『bye bye bye』はヤマモトショウさんの作詞作曲。ヤマモトショウさんも知らない人はいないですよね。数々のアイドルソングを手がけるソングライターでプロデューサーです。
ばってん少女隊も『びびび美少女』や『ありがとーと』でお世話になってますね。
どちらの『バイバイバイ』もとてもいい曲です。
GO-BANG'S知らなかったよ、という方も、これを機会に好きになってくれると嬉しいです。
ちなみに『無敵のビーナス』作詞の高橋久美子さんは、元チャットモンチーのドラムの人ですが、GO-BANG’Sの森若香織さんより20歳くらい若いんですね。高橋さんのチャットモンチーでの活動が2005年ぐらいからですから、GO-BANG'Sよりもずいぶん後になります。
まあ、このお二人に関係があるのかどうかはわかりませんし、なんならこの曲もGO-BANG’Sとはまったく関係ないかもしれませんけどね。
さんざん話してきてナンなんですが。
【もしかして無敵なのは「ビーナス」じゃなくて「ナスビ」?】
ところで、ばってん少女隊『無敵のビーナス』のMVにはナスが出てきて、衣装の帽子にも「ちょこんと “なすさん” がい」て(瀬田さん談)、リリース記念イベントツアーのタイトルも「いま、会いにゆきナス」だったりして、ナスづくし。衣装もパラソル衣装とナス(ギャン)衣装でしたね。
ナスって、「なすび」っていうじゃないですか。
いわゆる業界用語的に前後を入れ替えて、ワイハ(ハワイ)とかジャーマネ(マネージャー)とかいうような感じで、ビーナス(ナスビ)としたのであれば、『無敵のナスビ』なわけで、実はビーナスではなくて茄子が主役だった!なんてことも…
ないですね!!
…まだタイトルのことしか話してないですね。
そろそろ歌詞に入りましょうか。
【マーメイドと人魚姫】
<パラソルのマーメイド シュワっとサイダー 弾けちゃったんだ>
という最初の一節は、「あ」でリズムをとってますね。
「あ」という音は子供でも赤ちゃんでも発しやすくて、人間の言葉のいちばん原初でしょうから、誰もが聞いていて安心感のある音で、とても座り心地のいいソファーにかけさせてもらったような状態で曲に入れます。
マーメイドといえば、ディズニーの『リトル・マーメイド』かアンデルセンの『人魚姫』かというところですよね。
アンデルセンの『人魚姫』も原題はデンマーク語で『Den lille Havfrue』なので、直訳すればディズニーとおなじく『リトル・マーメイド』です。
ディズニーのマーメイドはハッピーエンドでしょうが、アンデルセンの人魚姫は、ストレートなハッピーエンドではないんですね。
燦々と太陽が降りそそぐビーチ。
ばっしょーちゃんの衣装と同じ柄の赤白パラソルの下で、マーメイドのような少女。
失恋でもしたのでしょうか。
「シュワっとサイダー弾けちゃった」というフレーズから、王子様との恋に破れ、海の泡になることを覚悟した人魚姫がイメージとして浮かび上がってきます。
海に飛び込んだ人魚姫は、しかし泡になって消えるのではなく、泡にはなったけれどもそこから空中に浮かび上がって風の精になります。
ところで、「ビーナス」は、ローマ神話ではボッティチェリの名画「ヴィーナス誕生」にあるように、海の泡から誕生しますね。
「マーメイド」と「シュワっとサイダー」というワンフレーズで、叶わなかった恋、つまり大人になれなかったマーメイドが海の泡になって、その泡からビーナス、つまり大人になったワタシが誕生した、そういう物語が暗示されているようです。
少年はバカでガキなんです。
少女が心のうちであたためている恋心、人魚姫が王子様に対したように、こっそりと恋のペンダントを揺らしたって、そりゃあ気づかないですよ。
「声かけてみなくっちゃ 同級生で終わっちゃう(びびび美少女)」です。
【渚ってどこだ?】
「渚でスライダーのBOY~」のブロックと、2番の「サンダルのシーサイドGIRL~」のところが同格で並ぶ部分ですね。
ということは、この手前の、出だしの部分は、そこのフレーズとはちょっと時間軸がズレてるのでしょうかね。
ところで、「渚」ってどこのことか知ってますか?
『渚のシンドバッド』とか『渚のバルコニー』とか『渚のハイカラ人魚』とか言って、なんかわかってるような気がしていますが、実はなんとなくわかってないかもしれないぞ、渚。
おっと、スタダヲタなら百田夏菜子さんの『渚のラララ』もあげておかなきゃいけませんね。
で、「渚とは」と検索してみると、「陸地と水が接するあたりのところ。波打ち際。」とのこと。ふーん。わかったようなわかんないような。要はビーチ?って感じ?
その渚でドルフィンみたいにスライダーするっていうと、サーフィンよりもむしろボディーボードでしょうか。90年代にブームになってますし、ね。
もうちょっとあとの歌詞に「青いチューブくぐりぬけ」と出てくるのでサーフィンを想起させますが、ボディーボードでも上手い人ならチューブ行けますし、「渚でドルフィンみたい」っていうんだから、やっぱりボディーボードでしょうねえ。
【上田理子の声と、時の流れが作り出す切なさ】
ポラロイドっていうのは今のチェキのように、カメラからフィルムに直接現像できる、一回性のインスタントカメラですね。「ポラロイド」というのはそれを作っていた会社の名前で、ポラロイド社の基本特許が切れたのち、1981年に富士フイルムが後にチェキに発展する「フォトラマ」を発売しています。
一般名称としては「インスタントカメラ」ですが、人口に膾炙していたのは「ポラロイド」ですね。コピー機を「ゼロックス」と言ったり、救急絆創膏を「カットバン」「バンドエイド」と言ったりするようなものです。
焼き増しのできる普通のフイルムではなく、一回性のポラロイドを使うことで、歌詞の中での時間の進行が不可逆で、夏を泳ぐ二人がリアルタイムを生きていることを感じます。
そしてそこから!
上田理子さんが後ろからスッと出てきて「砂時計がサラサラと今を告げるから」と歌うところ。
実はここが、この曲のボクの第一「涙がドバーッ!」ポイントなんです。
上田さんの声って、明るくて可愛くて力があって、他の曲ではそんなこと感じはしないんですけど、この曲のここの部分での上田さんの声の切なさたるや!
どうしてでしょうね。なにかがボクの琴線に触れるんです。
そこまでの状況説明のような歌詞から、とたんに心の中に入って心情を歌い始める。「砂時計がサラサラ」という表現で、時間の流れを目と耳と触感で、つまり五感で感じさせるテクニック。止まらない時間という無常の切なさを見事に表現した歌詞を、上田さんのしっかりしていながらも優しく可愛らしい声が、「今」は間違いなく手に触れているはずの現実なのに、指の間から砂がこぼれ落ちるようにその「今」が消えていってしまうんじゃないかという未来を予見させ、そこはかとない切なさにかられるのではないでしょうか。
ここに限らず、この曲には切なさがずーっと漂ってるじゃないですか。
それは、90年代をイメージさせる曲調や、ノスタルジックな演出はもちろんなんですけど、ボクは、この切なさの正体は「時間の流れ」じゃないかと思っているんです。
この曲には「シュワっとサイダー弾け」たり「ペンダント揺らし」たり「渚でスライダー」したり「ポラロイドも最後」だったり、そのあともずっと、最初から最後まで、緩やかだけれど一瞬も止まることなく時間が流れてるんです。
この流れる時間、仏教用語で言う「無常」にさらされて、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとのに水にあらず(方丈記)」的なことを感じて、自身の時間の流れと照らし合わせて、切なさを感じてしまうんです。
高橋久美子さんの言葉のマジックですね。
曲中の物語に時間を流すことで、聴く側の心の時間とリンクさせてしまうという、素晴らしい魔法使いです。
そりゃあ「楽しいはずなのに涙がこぼれちゃ」いますよ。
この「涙がこぼれちゃう」ところですが、2番はグッと感情が乗って「涙がこぼれちゃうよ!」となるのはご存知の通り。
1番では少し冷静に、モノローグのようなナレーションのような感じで「涙がこぼれちゃう」と言っていますが、2番ではもう感情が内側にとどまってなくて、外に出てきて、訴えてきてる。
少女の内面の呟き「涙がこぼれちゃう」から、外に対して、あるいは対象に向かって感情を発露する「涙がこぼれちゃうよ!」に変わっていく。
これも時間の経過と感情の変化を見事に表現してますよね。
その2番の「涙がこぼれちゃうよ!」は、ありっさからりるぴぃへ、そしてうー↗︎たんへと引き継がれてきたわけですが、ほんとうにみんな素晴らしいですね。誰ひとりおなじ感情ではなくて、でもしっかりと「涙がこぼれちゃう」気持ちをググッと押し出して見せてくれる。
【少女から乙女へ 大人の階段昇るのか、脱皮するのか】
さて、「ちょっとずつ大人へのファスナー下りてく」んですが、ファスナーって、着物だと下げると開いて、上げると閉じるんですね。おしゃれで下から上にも開くものもありますけど、それは両方に開くんであって、逆さなわけじゃないですよね。
だから、「ファスナー下りてく」ってのは「開く」んだから、脱皮みたいな感じでしょうか。
少女が「大人の階段昇る」と言えば、H2O(エイチツーオー)の『思い出がいっぱい』(1983年,Kitty Records)ですね。
H2Oといえばボクは『君と僕のマザーグース』と『風のロマンス』が好きだとか、『想い出がいっぱい』は "あだち充" 原作の『みゆき』の主題歌だけど、この『みゆき』っていう漫画がさあ…とか、話が果てしなく広がって収拾つかなくなる(すでになってる)ので、そこはダンチョネの思いで割愛しますね。
この歌は作詞が阿木燿子さんなんですが、男性側から見た詞なので「大人の階段昇る」と表現されていますが、もしかして女性側から見た「成長」って「大人の階段昇る」というよりも「大人へのファスナー下りてく」というようなイメージなんでしょうか。
今度どなたか教えてください。
【渚へ行こう!】
さてさて、ずいぶん長くなってしまいました。
このまま行くと、「やめとこう」と言ってた曲の解釈に踏み込んでしまいます。もうずいぶんと踏み込んだような気もしますが、いやいや、まだまだいくらでも語れることはありますよね、この曲は。
「無敵」にまつわるエトセトラは、会議室ではなく、渚でおこってるんだ。
だから「渚へ行こう!」
と掛け声よろしく皆で出かけたはいいけど、ヤローどもはバカでガキだから「カニ食べ行こう!」「張り切って行こう!」「渚でスライダー、うえーい!」とか言って盛り上がってるうちに、少女は静かに、しかしアツい気持ちで自身の心と未来を見つめなおし、新たな自分に脱皮して、少年の手の届かない乙女になってしまうのです。
そんな乙女を追いかけて、少年もまた成長していく。
あれ?これ、こないだ書いたやつだな(笑)
お粗末さまでした。
もし最後まで読んでくださった方いらっしゃいましたら、本当に、ほんとうにありがとうございます。
こんなワタクシですが、仲良くしてくれたら嬉しいです。
ああ、早くばっしょーちゃんのライブに行きたいな〜。
次のワンマン、いつだろうな〜。
