芸術は言葉で表現できないもの
芸術性の三要素について
書いています。
(私の個人的な見解)
芸術性の三要素
・普遍性がある
・言葉で表現できないもの
・哲学的な題材
今回は前回の記事で
挙げた二つめの
要素について
書いていきます。
言葉で表現できないもの
新聞の記事、
あるいは論文でもいいですが、
そういった情報を伝えるための
文章を思い浮かべてほしいです。
「情報を伝えるため」
だけの文章というのは、
書いた人の主観が入ることを
良しとしません。
数字などのデータ、
そういったものを伝えるのが
最優先になります。
それらのものには、
やはり「客観性」が
重視されるからでしょう。
新聞の記事であれ、
学術的な論文であれ、
読む人によって
解釈が異なっていい
わけがないんです。
「事実」を「事実」として
伝えるためのツールであることが
これらの文章の役割だからです。
一方、こういった文章と
対極にあるのが、
「詩」の世界だと思います。
「詩」というのは、
読む人によって、
解釈が異なります。
作者自身にいろんな
思いがあって、
綴られた詩であっても、
読者に同じように
伝わるとは限らないのです。
私は詩の世界に触れ、
自分自身でも詩を
書くようになったので、
このことが実感として
よくわかります。
詩というのは、
言葉にできないものを
表現しようとする試みですから、
その解釈が人によって
異なるのは当然のことなのです。
そういう自由な世界こそが、
詩の醍醐味であり、
詩が芸術とされる
ゆえんでもあると思います。
絵画でも音楽でもそうですが、
本来は詩と同じものです。
観る人、聴く人によって、
解釈が異なっていいもの、
それこそが絵画であり、
音楽なのです。
今の時代は、
なんでもわかりやすいものが
支持される傾向があるので、
ここのところが
あまり理解されていない
ような気がするのですが、
本来、芸術というのは、
そういうものですね。
もしも、鑑賞者、
あるいは読者の誰にとっても、
同じように解釈されなければ
ならないのだったら、
それは絵画、音楽、
詩で表現する必要が
ありません。
新聞の記事や論文のように、
相手を説得できる
データを提示すれば
いいんですからね。
(それを果たして、
作品と言っていいのかは
疑問だが)
このように、
言葉でうまく表現できない、
解釈が人によって異なるものは、
詩以外の文学作品や
映画の中にも多くあります。
映画でいえば、
スタンリー・キューブリックの
作品がこの手の作品に
挙げられるでしょう。
なぜ、キューブリックの作品が
「芸術的」と評されるのか
と言えば、
画面の一つひとつの構図、
その中にある装飾品の美しさ、
それらの画面のつなぎ方、
そういうものの中にも
芸術性はありますが、
何よりもキューブリックの
芸術性の高さは
「言葉で表現できないもの」を
表現しようとしている
その姿勢から
生まれたものだと思います。
なので、人によっては、
キューブリックの映画は
難しくてよくわからない
と、嫌煙される方もいるでしょう。
でも、それこそが
芸術なんですよね。
わからないものを
描いているのだから、
そんなに簡単に
わかるはずがないですし、
そもそも、
芸術に「正解」なんて
ないんです。
このように
解釈の自由度の高さがある作品は
「芸術性」が高い作品です。
一つ前にあげた
「普遍性」とも
つながる話ですが、
そういう作品は、
時代を経ても古びません。
一度観ただけでは、
簡単に答えがわからないですし、
何度観ても、
新しい発見があるからです。
こういうのを
「奥深い」と言うんですよね。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートしていただけるなら、いただいた資金は記事を書くために使わせていただきます。