同じ内容の手紙が二通届いた
自主制作本『暗くないエッセイが読みたい』に収録されています。
二〇一九年の、ある冬の日のこと。一週間前に手紙をくれたすーちゃんから、また手紙が届いた。少しだけ、怖くなった――
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すーちゃんは高一から仲良くさせてもらっている友達だ。当時、私は東京にある実家に住んでいて、すーちゃんは仕事の都合で山口県に住んでいた。会える機会が少なかったこともあり、年に一度くらい、近況報告を綴った手紙を気まぐれに出し合っていた。
一週間前に届いた手紙は便箋二枚に渡るもので、私が転職したことへのお祝いのメッセージからはじまり、推しているアーティストのライブの話や、年末に帰省するので会いたい旨が書かれていた。追記には、使いづらいと思うけど絵葉書をあげるね、とあった。人面魚がたくさん描かれた、謎の絵葉書が同封されていた。
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今日届いた二通目の手紙を見て、首を傾げる。すーちゃんからこんなに短いスパンで手紙が届いたことは、未だかつてない。また、新生活で余裕がなく、手紙の返信はおろか、お礼のLINEもしそびれていた。よって、こちらからの手紙に対する返事ということもない。それではなぜ、もう一通届いたのだろうか。
もしかしたら今日の手紙に書かれていることは、LINEや電話で伝えにくいことなのかもしれない。身内に不幸があったのだろうか。それとも、健康診断で病気が発覚したのだろうか。そう思うと、読むのが怖くなった。
二通目の手紙の封を切り、おそるおそる読みはじめる。一通目と同じく便箋は二枚で、一枚目には私が転職したことに対するお祝いのメッセージと、好きなアーティストのツアーの話が書かれていた。一週間前に読んだ手紙の内容とほとんど同じなのだが、ところどころ表現が違うような気がする。
今日届いた一枚目の便箋を読み終わる頃には、パラレルワールドに迷い込んだ気分になった。机の引き出しから一週間前にもらった封筒を取り出し、見比べてみることにした。やっぱり夢ではなく、私宛ての二つの手紙が存在していた。一週間前に届いた封筒には八十四円切手が一枚貼られていて、今日届いた封筒には八十二円切手とうさぎの二円切手が貼られていた。それだけの違いだった。
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意を決して、今日届いた手紙の二枚目を読んでみると、謎が解けた。「書いた手紙をなくし、同じような内容を二回書いています」と記されていたのだ。
一週間前に届いたのは、すーちゃんがなくした手紙だったのだ。親切な人が拾ってポストに投函してくれたおかげで、私に届いたのだろう。すーちゃんはなくした手紙が届くことになるとは知らず、同じ内容の手紙をもう一通出してくれたのだ。二つの手紙の真相がわかり、ほっとした。二通目には、人面魚の絵葉書は入っていなかった。
そのあとすぐにLINEを送り、手紙が二通とも届いたことを伝えた。すーちゃんは一通目の手紙が届いたことに驚いていた。どうやら、宛名などをすべて書き終え、切手を貼る前に手紙を落としてしまったらしい。
つまり、手紙を拾った人が切手を貼って送ってくださったのだ。切手が貼られていない状態のままポストに投函すれば差出人に戻るはずなのに、わざわざ切手を貼ってくださるなんて、本当に親切な人だ。宛先を見て、九百キロも離れたところに住む私に、少しでも早く届けたいと思ってくれたのかもしれない。
切手を貼ってくれた山口県民の優しさはもちろんのこと、なくした手紙の内容を思い出して書き、もう一度送ってくれたすーちゃんの優しさも身に染みた。届かなかったかもしれない人面魚の絵葉書は、幸運のポストカードとして今でも大切にしている。

※別名義でnoteに投稿していたエッセイを、加筆修正して掲載しました。
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