スタートアップとかいう界隈に3年いて思ったこと
はじめに

どうも、「AIは学習しない。」イコラです。
医師を辞めて、AI・スタートアップ界隈に来てからもう少しで3年になります。
「石(医師)の上にも3年」ということで、ここらでスタートアップやAI業界について振り返ってみようかと思います。
自分自身はAI業界に転身したつもりなので「スタートアップ界隈」という認識は薄いのですが、やっていることは「ザ・スタートアップ」なので、何かの参考になれば幸いです。
※よく聞かれますが、医療AIはほとんど開発していません。ずっと画像生成、音声合成、大規模言語モデルといった、エンタメやディープテックに近い領域で戦ってきました。toBよりもtoC寄りです。
1. 医師から「虚構」の世界へ

医師からこの業界に来て、最初に食らった洗礼は「言葉の重みの違い」でした。
医療の世界では、正確性とエビデンスが命です。「この手術、たぶん成功するし、なんなら寿命が1000倍になると思います!」なんて言ったら、それは医療過誤どころか犯罪です。誇張は患者の死に直結します。
しかし、スタートアップの世界ではどうでしょう。
実現していないことを高らかに語ることは「嘘」ではなく「ビジョン」と呼ばれ、称賛されます。
「できない」とは言わず、「(資金があれば)できる」と言う。
ピッチは飛ばしてなんぼ。夢は大きければ大きい方がいい。
実際にスタートアップはある閾値を超えると指数関数的に成長していきますから、多少の誇張は現実になります。
ただ、エンジニアの自分から見ると「なんとも夢物語な……10年後でも無理だろう……」というものがワンサカ出てきます。
この真逆のルール「虚構を現実に変えていくゲーム」に慣れるまでには、少なからず脳の切り替えが必要でした。
2. 茨の道:「プロダクト」を作るということ

エアフレンド時代:熱狂と自身の成長
医師を辞めて最初に飛び込んだのは「エアフレンド」というスタートアップでした。
CEOの圧倒的な熱量に惹かれてジョインし、来る日も来る日もアプリの仕様や骨格を煮詰めました。それは自分にとって、まさに「青春」とも呼べる宝物のような日々でした。
AI/Backendエンジニアとして、PMとして、画像生成AIの研究に没頭し、ひたすら「良いもの」を作ることにコミットしていました。
ただ一つ、致命的な落とし穴があったとすれば「良いものを作れば勝手にユーザーが集まる」というエンジニア特有のナイーブな幻想を抱いていたことかもしれません。
ビジネスとしての骨格よりも、プロダクトの美しさを優先してしまったのかな、と今振り返ると思います。

Livetoon時代:海外BIGテックと技術の陳腐化との戦い
その後、LivetoonでCTO(最高技術責任者)として活動するようになり、現在もAIキャラクターや音声合成(TTS/STS)などの領域でプロダクト開発を続けています。
しかし、この「AIプロダクト開発」には、また別の地獄があります。
それは「技術の陳腐化速度」が異常だということです。
OpenAIやGoogleが発表するモデルやプロダクトによって我々が数カ月かけた作ったものが一夜にして「無価値」になるのです。
音声合成AIを研究・開発している真っ只中に、海外から人間と区別のつかないレベルのAPIが公開され、全てが過去の遺物になるなんてこともあり得ます。

昨日の必殺技が、今日の標準装備(デフォルト)になり、明日にはゴミになる。この徒労感と戦いながら、それでもなお「自社プロダクト」としての価値をどこに見出すか。
今のAIスタートアップにおけるプロダクト開発は、まさにこの「巨人の足元で、踏み潰されないように城を築く」ような、ヒリヒリする戦いの連続です。
自分が下した決断も、少なからずこういった影響を受けています。LLMの自社開発・提供に待ったをかけたのも、日本語TTSという海外の巨人がまだ来ていないジャンルに投資したのも、そういった判断によるものです。
3. 安きに流れる道:「AI受託」という名の時限爆弾

そんな「プロダクト開発」の苦行を横目に、今のAIスタートアップの8割くらいが選んでいる道があります。
「AI受託開発」です。
PoC工場の実態
やることはシンプルです。大企業からの「これってAIでできないの?」という問いに対し、ChatGPT等のAPIを裏で回して「ほら、AIでこんな未来が作れます!」とパフォームし、PoC(概念検証)を回す。
実際、2024年頃まではAIというジャンルの先進性だけで、それなりにパイを取ることが可能でした。
しかし、2025年後半になって、急に雲行きが怪しくなってきました。
理由は単純に「誰でもできるようになったから」です。
プロダクト開発能力を持たないため、技術的な参入障壁がありません。先行者利益など存在せず、あるのはリソース勝負だけです。
学生インターンの人海戦術と、東大最強説

技術力で差別化できないとなると、AIのAPIを触れそうな学生インターンを大量投下して、馬車馬のごとくPoCを高速回転させる必要があります。うかうかしていると、隣のスタートアップがさらに多くのインターンを投入してくるからです。
しかもAIの進化は目まぐるしく、半年前に納品したPoCはあっという間に陳腐化します。
こうなると最終的には「コネクションゲーム」になります。
「技術」ではなく「誰が言っているか」が重要になる「権威性ゲーム」の始まりです。
そうなると強いのが、ドメインに入り込んで顔を売っていた人たちか、圧倒的な「ネームバリュー」を持っている人たちです。後者の場合、これはもう当たり前に東大勢(東大発ベンチャー)が圧倒的に強くなります。
「東大発」というブランドで受託を取り、M&Aによるイグジット(人生のアガリ)を目指す。これが一つの勝ちパターンとして定着してしまっています。
※ 念のために言っておきますが、私自身も現在、東大病院循環器内科に所属してAI開発をしていますし、東大発スタートアップ界隈には尊敬する友人や共に戦う仲間がたくさんいます。彼らが真剣に技術と向き合っているのを知っているからこそ、一部の「ブランドを騙る」層が余計に目に付くのかもしれません。
4. 魑魅魍魎なエコシステム

もちろん真面目にやっている人たちが大半ですが、この歪んだ市場構造には「ならず者」も集まってきます。
資金調達至上主義: スタートアップの戦闘力は何故か「調達額」で測られがちです。「シリーズどれくらい?」からマウント合戦が始まります。
ロジックの美学: 「まずはやってみなはれ」とは真逆で、妄想ワールドの中でロジックの穴を乳繰り合うコンサル上がりの文化。
ヤバい奴ら: 投資資金を私的に利用し、夜の街でフラフラしている、いつの間にか蒸発する「声だけデカい」人々。
制度ハック勢: 売上はほとんど無いが、補助金で食いつないでいる会社。最近では東大系の一部もこれに目をつけ、ハックしきっている印象すらあります。
5. デューデリジェンスの向こう側
最後に、この業界を支える「投資家(VC)」について触れずにはいられません。
誤解のないように言っておきますが、私がお会いしてきたVCの方々は、皆さん本当に人格者で、親身になって相談に乗ってくれる優しい方ばかりです。起業家の夢を応援したいという熱意も本物だと思います。それは間違いありません。
デューデリジェンスの違和感

しかし、いちエンジニアの視点から見ると、「技術の目利き(デューデリジェンス)」という点では、どうしても違和感を感じてしまう瞬間があります。
彼らは自分でAIモデルを作ったり、GPUのエラーログと格闘したりするわけではありません。なので、どうしても判断基準がXのトレンドや、ChatGPTの派手なアップデート情報、そして「わかりやすい権威」に寄ってしまう傾向があります。AIスタートアップに投資するといいつつ、実態の調査は殆どできず、表層の理解にとどまっているのです。
「東大発」「松尾研出身」といったブランドへの信頼が厚いのも理解できます。
しかし、その結果として、中身の技術的な難易度や独自性よりも、「安直に回収できそうな受託メインの優等生」に資金が流れていないか。最近話題になったオルツの上場後の動きなどを見ても、実態としてのAI産業を育てることよりも、バリュエーションを上げて売り抜けるマネーゲームの側面が強くなっているように感じてしまうのです。
もちろん、これは私の「観測範囲の偏り」に過ぎないのかもしれません。「出会う人は自分の鏡」と言います。本当に技術の本質を見抜き、リスクを取って基盤産業を育てようとしている凄い投資家は存在するのに、単に私のレベルが不足しているために、そういった方々に巡り会えていないだけなのかもしれません。
そうであれば、完全に私の力不足であり、精進あるのみです。
雲の上のマネーゲーム

一方で、我々が数千万円の調達やGPUコストに頭を抱えているのとは裏腹に、桁違いの資金が動いている世界もあります。
「Third Intelligence」が初のラウンドで80億円、「Sakana AI」が追加で200億円調達するニュースを見ましたか?
正直、ここらへんはもう私が生きている世界とはレイヤーが違いすぎて、「分からない世界」です。
彼らが掲げる「AGI(汎用人工知能)」や壮大なビジョンが、具体的にどうなっていくのか。分からないことには口を出さない主義なので、深いコメントは避けます。
ただ、「あるところにはあるんだなぁ」と。現場で泥臭くコードを書いている身からすると、どこか遠い国の神話を見ているような気分になります。とにかく、すごいですね。
おわりに

私は医者を辞め、この世界に飛び込みました。
そこにあったのは、煌びやかな未来というよりは、虚構と欲望、そして地道な技術の積み上げが混在するカオスな世界でした。
華やかな資金調達ニュースや、東大ブランドの受託ビジネスを横目に見つつ、たぶん私は現場で手を動かし続けると思います。
バブルが弾け、流行りが去ったあとに残るのは、結局のところ「誰かの役に立つプロダクト」を作れるエンジニアや実行者だと信じているからです。
