再掲『中国から来たAさん』
敬愛するnoterのあやのんさまが、私が3年以上前に書いた記事にこんなコメントをくださいました。
わああ!なんて素敵なお話°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
かぼちゃさんにはポポちゃんだけでなくこんな素敵な息子までいるのか( ゚Д゚)
そうなのです。
私にはポポちゃんだけでなく、そして血のつながった我が子だけでもなく、たくさんの素敵な息子、娘がいるのです。
あやのんさまが見つけてくださったエピソードは、私がnoteを始めようと思ったきっかけのひとつ。
私にとって大切な大切な、そしてたくさんの方にお伝えしたいエピソードです。
あやのんさま、よくぞ見つけてくださいました🥹
外国人の方への風当たりが厳しくなってきた昨今、再掲させていただこうと思います。
かぼちゃばあちゃんの昔話です。
中国から来たAさん
(2023年4月14日 )
思い出すことがある。
今から20年以上前、私が高校教員だった頃、中国から来たAさんと出会った。
Aさんは中学生の時に、両親に連れられて日本にやってきた。
非常にまじめで心優しく、家族思いの礼儀正しい少年だった。
日本に来て4年ほどだというのに、日本語検定1級を取得するほどの努力家でもあった。
私は彼とマンツーマンで日本語の授業をした。
授業というより人生相談のようになっていた。彼は家族のことや今後の暮らしのことを心配して、涙することが多かった。
Aさんが高校3年生になり、大学への進学も決まった頃、Aさん家族の不法滞在がわかった。
Aさんの涙の本当の理由がわかった。
Aさん家族は入国管理局から呼び出しがあった。何があるかわからないので、私たち教員ほか、弁護士さんなど支援者も付き添った。
そして、入管担当者から、「父親を収容する、そうでなければ長男のAを身代わりに収容する」、と申し渡された。
父親は身体に障がいがある。Aさんは、「僕を収容してくれ」と申し出た。
そして、数ヶ月に渡って収容されることとなった。私たちの必死の抗議も聞き入れられることはなかった。
収容されていくAさんの後ろ姿を見ていることしかできないのは、あまりにも無念だった。
Aさんは、中学生の時に、何も知らずに日本に連れてこられ、人一倍まじめに勉強をしていただけの、誠実で優しい18歳にも満たない高校生である。
なぜその彼が収容されねばならないのか。
支援者が動き出した。
集会を行った。
支援のためのホームページも開設した。
何度も面会に行った。
そしてようやく仮放免が認められ、ついに特別在留許可がおりた。
それから10年ほど経った頃、Aさんから連絡があった。就労ビザもおりて日本で就職し、日中のことばを自由に使える力を活かして、働いているという。
久しぶりに、近くの喫茶店で会うことになった。よもやま話をして、さぁ帰ろうかという頃、Aさんは、「先生、ちょっと目をつぶってください」と言う。言われた通り目をつぶると、うしろから、肩にストールをかけてくれた。赤い、美しい刺繍の入ったストールだった。
「仕事で中国に行ってきたのでお土産です。先生よく似合うよ。」という。その様子を見ていた喫茶店の店員さん、「息子さんですか?親孝行ですねぇ。」
「はい、ありがとうございます。息子のようなものです。」
日本の入国管理制度は世界から非難を浴びているが変わらない。恐ろしい話である。
今や排外主義は日本だけではなくなってしまいました。
恐ろしい話です。
