アダム・グラント「GIVE & TAKE 『与える人』こそ成功する時代」実践編
以前はしいたけ占い一筋だったのですが、最近、キツネ占いが気になるようになってしまいました。私はうお座なのですが、キツネ占いによれば、うお座の人は、他人との境界線があいまい、という性質があるらしいです。
まあ、どちらかといえば、そういうところはあるかな、と思います。
よほど、この人は無理、と思った人ではない限り、ついつい共感してしまいます。そして、だんだん自分の気持ちが分からなくなって、相手もとても困っているし、あとで自分でどうにかすればいいのだから、ここは相手の希望を叶えてあげよう、みたいな感じだったり。
自分の気持ちは、今となっては分からないし、しまいには、相手を助けたいと思ったのが自分の気持ちだ、と勘違いしたりしてしまうのです(たまに後から自分の気持ちに気付くこともあるので、こういう認識ができる)。
あるいは、強く出てくる相手に対しては、イエスと言わない自分が悪いことをしているような気になってしまい、キレ気味に、分かりました、と言い放ちます。そしてしばらくしてから、ああ、どうせ受けるんだったら、何か交換条件を出せばよかった、などと考えたりするわけです。この本の言葉を借りれば、マッチャーになればよかったと。
というわけで、基本的に自分は、テイカーの気持ちに飲み込まれてしまうギバーなのだろう、と思っていました。キツネ占いでもそう言ってるし。
前向きな感じではなく、少し否定的な感じで、搾取されるギバーであり、だからうだつも上がらないんだろう、みたいな。
この本を読んだ時、ひょっとしたら、近々、誰かのためのテイカーとして行動すべきときが来るのだろう、と考えていました。
最初の立ち位置がどのようなものかは分からないけれど、とにかく、限られたパイを、分け合わなければいけないわけです。
そして当日。
話し合いの相手は、テイカー1名、マッチャー1名、ギバー2名A・Bに私。いや、今までこんな風に考えていたわけではないのですが、本を読み終えた後、あの人は年上か、年下か、同い年かみたいな感覚で、テイカーか、マッチャーか、ギバーか判断するようになってしまいました。
早速テイカーが口火を切ります。
うわーこんな風に始まるんだ、と思いました。最初から構想を考えていたことがはっきりと分かります。標的となったのは、マッチャー。さあ、どう返すか、と思ったら、淡々と自分の考えを語るマッチャー。こちらもちゃんと考えていた感じです。
すごい、ここでギバーだったら、自分の権利がおびやかされた、形勢が不利になったと慌てるのに、いや、まずはここはそれぞれの希望を言うターンと冷静に捉えることができるんだ、と感動しました。
実は今回、私は何も変わらない状態がよい、という希望を持っていました。なので、少しだけ気持ちの余裕があったこともあり、書記として行動しようと考えていたので、それぞれの希望を書いていきます。
そして、ギバーのA、Bもそれぞれ希望を言っていきました。私は、そのままがいい理由について発言しました。
そこからテイカーとマッチャーがどうしたらよいか、という話になり、まとまりそうにないので、他の部分から先に決めていくことになりました。
そんな中で、私の条件も変わりそうにな瞬間もありました。
ああ、ここで折れた方が良いのだろうか、というのが瞬間過ぎりましたが、いや、違う、今日は自分だけのために戦うのではないのだ、「人のためのテイカー」としてふるまわなければいけないんだ、ということを思い出して、譲りませんでした。
そして書記としての務めも果たしました。
最後は結局、私は希望通り何も変わらず、テイカーは希望が通らなかったものの次善、マッチャーとギバーAも同じく次善、ギバーBは後から厳しい状況に気付いていろいろと課題を挙げましたが、再度相談しようとは誰も言い出さず、代わりに、私はギバーBがリクエストした内容に少し協力することに、また他のメンバーで協力できる人に声をかけたりして、それで落ち着きました。
後味の悪い気分になると思ったのですが、そんなことはなく、むしろ今まで、仕方がないとすぐに諦めてしまっていたことに気付きました。
ともかく今回、自分だけでなく、他の人のことを考えてそうしたのです。人のためを意識するだけで、こんなに気持ちが動じないのだ、ということに改めて驚きました。
誰かのため、ということがしっかりと固定されていないと、目の前の相手のために動くのが良いことなのだ、という気持ちに揺れてしまうのかもしれない、と考えたりもしました。
あと、既に書記という形で自分は貢献している、というのもいい方向に働いたのではないか、などと考えたりしました。
今回の経験をきっかけに、搾取されないギバー体験を積み重ねていきたいと思いました。そして、少しうお座らしからぬ感じを目指したいと思います。
