あのとき母になった私へ — パフェが食べたくて、食べたくて、仕方なかった
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三人目が生まれて、生後5ヶ月
三人目が生まれて、おんぶできるようになった頃。
生後5ヶ月。
産後の里帰りから帰ってきて、
毎日が、本当に忙しかった。
朝、上の子二人を幼稚園と保育園に送り出す。
授乳の合間に、お弁当を作る。
日々の食事、洗濯、赤ちゃんの布おむつ。
真ん中の子の赤ちゃん返り。
「おっぱい飲みたい」
そう言われる。
上の子の主張も聞く。
「ママ、見て!」
一日中、誰かに求められている。
でも、感情と向き合うようになっていた。
自分の気持ちを、正直に感じられるようになってきていた。
外に出たい
ある日、気づいた。
「私、外に出たい」
家の中にいることが多くて、
息が詰まりそうだった。
「カフェに行こう」
そう思いついた。
カフェで、パフェを見た
カフェに行った。
赤ちゃんをベビーカーに入れて。
メニューを開く。
そこに、パフェがあった。
「パフェ…」
その瞬間、火がついた。
「パフェが食べたい」
食べたくて、食べたくて、仕方なかった
パフェを注文した。
甘い。
クリームが、口の中でとろける。
「美味しい…」
でも、食べ終わって満足。
だけど…
「また、パフェが食べたい」
一度食べたらおさまると思っていた。
でも、違った。
今度は、違うところに行ってパフェが食べたい。
一週間が、パフェのことで頭がいっぱい
一週間が始まると、考えるのはパフェのことばかり。
「今週、どこでパフェ活できるかな?」
「どの場所に行こうかな?」
「どんなパフェを注文しようかな?」
パフェ、パフェ、パフェ。
頭の中が、パフェでいっぱいだった。
友人とのメッセージ
ある日、友人とメッセージのやり取りをしていた。
彼女は、私と4ヶ月違いで4人目の赤ちゃんを産んだ、
子育て中のママ。
彼女が言った。
「甘食を食べていたら、おっぱいに見えてきた」
その瞬間、ハッとした。
パフェは、おっぱいだった
甘くて、クリームで、
一番上に何か乗ってて。
「パフェは、おっぱいだ」
そう返信した。
「私、おっぱい飲みたかったんだ」
そう気づいた瞬間、思わず笑ってしまった。
その笑いの奥に、涙があった。
そして、もう一つ、思い返したことがあった。
私は、8〜9ヶ月で断乳していた。
母に聞いても、「そうねえ9ヶ月くらいかしらねぇ。だんだん牛乳に移行してたわぁ」とあっさり。
記憶も、ない。
でも、弟は、3歳まで飲んでいた。
母がおっぱいに鬼の絵を描いて、
やっとやめさせたのを覚えている。
私は、早く「卒業」させられた。
弟は、長く「甘えられた」。
そう思っていたのかもしれない。
勘違いなのに。
「そうか。私も、もっと飲みたかったのかもなぁ。」
「当たり前だよ、9ヶ月なんてまだ赤ちゃんじゃん。」
そう思った。
記憶はない。
でも、無意識のどこかで、もしくは体のどこかで覚えているのかもしれない。
「もっと、おっぱい飲みたかった」
「もっと、甘えたかった」
その握りしめていた気持ちが、
今、パフェになって現れたんだ。
友人の言葉
すると、友人から返信が来た。
「おっぱい飲んで(パフェ食べて、気持ち悪くなって)ねんねしてもいいんだよ」
その言葉に、涙が出た。
笑いながら、泣いた。
与える側だった私
母になってから、私は「与える側」だった。
おっぱいをあげる側。
お弁当を作る側。
洗濯をする側。
話を聞く側。
ずっと、「与えて」いた。
でも、本当は、
私も、「もらいたかった」んだ。
私も、おっぱい飲みたかったんだ。
甘えたかったんだ。
私は、パフェを通して、
「もらいたい」という気持ちを満たそうとしていたんだ。
あのとき母になった私へ
あのとき母になった私へ。
三人目が生まれて、
毎日が忙しくて、
誰かに求められ続けていた私へ。
パフェが食べたくて、食べたくて、仕方なかったね。
でも、その下に、本音があったんだよ。
「おっぱい飲みたい」
「甘えたい」
「もっと、もらいたかった」
あなたは、9ヶ月で断乳していた。
弟は、3歳まで飲んでいた。
はっきりとした記憶はないけれど、
体が覚えていたんだね。
「もっと、おっぱい飲みたかった」
「もっと、甘えたかった」
母になったあなたは、「与える側」になった。
でも、本当は、まだ「もらいたい」んだよね。
それは、わがままじゃない。
当たり前の気持ちだよ。
おっぱい、飲みたかったねえ。
パフェ食べるだけでは満たされなくて、
自分と向き合って、その下の気持ちに気付いて
受け止めて満たしたから、自然と満たされていって。
あなたは、満たされた上で与えられるようになった。
心理セラピストの先生に言われたこと
「終わりはあります」
それを知ってホッとした。
感情にも、ちゃんと終わりがあるんだ。
その言葉を信じて、
私は、罪悪感なしに、パフェを食べまくった。
しばらくして
しばらくして。
ある日、娘と二人で出かけた。
「内緒で、パフェ食べようか」
そう言って、カフェに入った。
パフェを注文して、
娘と一緒に食べる。
その時、ふと思った。
「アレ?パフェ、いつ食べたっけ?」
気づいたら、パフェへの異常なほどの欲求が消えていた。
終わりは、あった。
「もっと、おっぱい飲みたかった」
その気持ちに気がついて、存分に感じ切ったら、
いつの間にか、満たされていたのです。
感情を感じて本音を知る理論を学びたい方へ
このエピソードの理論編は、Cool記事で詳しく学べます:
→ 【Cool 1・第4回(前編)】感情を「感じて味わう」— 5つのステップ
→ 【Cool 1・第4回(後編)】感情を感じ切ると、能力に変わる
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育野たお香(いくの たおか)
感情教育者 / 子ども学学士 / 3児の母
