継続と迷い
私信「れんこん」抜粋版 第9回
継続と迷い
「力を入れ過ぎないことが継続的な活動につながるコツではないか」
都立広尾高校の江見悦子校長はいう。
「十年偉大なり。二十年おそるべし。三十年にして歴史なる」
鍵山秀三郎氏の紹介する古人の名言。
些細な小さなことでも、心を込めて続けていくと、歴史ともいえる力になるという。
気張らず、見返りを求めず、ギブ・アンド・ギブで。
あるがままの自分でいいじゃないか。
善くも悪くもこれが私。
そう思いながらも、気力が萎えるときがある。
「押しつけの空回りではないのか」
「やはり成果を期待している自分がいる」
4年前に始めた「娘への手紙」小学校六年生だった娘も高校一年生。
名前の由来など、年に6頁くらいのペースで書いてきたが、最近は、あまり歓迎されていないよう。
押しつけ、出来過ぎ、いい話は負担だろう。
バスを降りるときに運転手さんへ「ありがとうございました」と感謝する。
4年くらい前から始めたこと。
言葉をかけるのは慣れたが、いまだにいい声が出ない。
頭で分かるのは簡単だが、身体に分からせるのは、何と困難なことか。
今年の4月に始めた「じんたん通信」が、巨人の松井選手の背番号に達した。
教員の頃からクラス通信「独法師」や「ぷらいど創造通信」など、途切れ途切れながらも続けてきた通信書き。
発信し続けることは、関わり続けること。
一人でも、今このとき、何かを通い合わせることができたら、それでいい。
いずれも応答は少ない。
しかし、それも受け止め方次第。
青木匡光氏から水雲会の望年会のお誘い、荒井節子氏から笑楽一念生友の会のお誘い、吉田博彦氏他からの講演会のお誘い。
メールでお便りを下さる方など、折にふれ、応答があった。
娘も、勉強の質問だけでなく、まれに、その日の出来事や自分の思いを話してくれるときもある。
継続は、偉大ではない。
恐るべきことでもない。
ただ、継続は、今ここにいる自分、迷いながら生きている自分を、確かなものとして感じさせてくれる。
私信「れんこん」第27号
2002年11月1日 主幹(48歳)
今は昔
「娘への手紙」は、娘が高校1年生の時に終わりにしました。
ファイルに綴じ込んで、娘と私の分、2冊を作りました。
私のファイルは、どこかにしまい込んでしまいました。
娘のファイルは、たぶん処分されてしまっていることでしょう。
遠い昔のことになりました。
バスを降りるときに運転手さんへ「ありがとうございました」と感謝することは、習慣にはなりませんでした。
でも、たまに「ありがとうございました」と言ってバスを降りることがあります。
そういう人をごくまれに見かけます。
私信「れんこん」だけは継続しています。
もうすぐ24年になり、2000号が目前に迫っています。
応答はとても少ないですが、読んでくれている人は多いようです。
いつまで継続できるか分かりませんが、30年続けられたらいいなとは思っています。
「確かなものなんてない」
「諸行無常」
と思ってきました。
確かなものはないので、確からしいものを大事にしたいと思っています。
継続することが、確からしいものを作っていく気がしています。
2026年1月30日 (71歳)
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