巨匠 vs 名匠
戦後の日本映画界で、代表的な映画監督といえば、巨匠・黒澤明、名匠・木下惠介さんでしょう。
二人の共通点は、①昭和18年(1943年)監督デビュー ②脚本家、助監督出身 ③最終学歴、中卒 ④新人監督賞たる山中貞雄賞受賞 ⑤1998年死去
二人は良きライバルであり、友人でもありました。
最近の映画監督やテレビディレクターは、映像の基本である脚本の書けない人がほとんどです。
かつての映画界では、脚本を書かないで一流監督と言われたのは、『青い山脈』『真昼の暗黒』の今井正監督だけでした。
昔は脚本が書けなければ、監督にはしてもらえなかったし、助監督の経験のない人はほとんどいませんでした。
しかし、名助監督、必ずしも名監督になれるかというと、そうでもない。私も助監督をやったことがありますが、助監督と監督では職種が違うと痛感しました。
助監督は、撮影の段取りの手配とか、監督の指示を的確に把握して、テキパキと要領よく動かなくてはいけないので、瞬発力が必要で小回りがきかないといけない。
しかし、監督はそういう才能ではなく、大局的見地に立って、適材適所に人を配置し、スタッフ、俳優を含め、その人の持ち味を引き出して、自分のイメージ通りに映像を作っていく才能です。
いわゆる目先のことではなく、“俯瞰の術”に長(た)けていなくてはいけない。

黒澤明という人は、助監督時代、名匠・山本嘉次郎監督の下で鍛えられましたが、他の監督の現場に行くと、いつも喧嘩をして、
「お前、帰れ!!」と言われて、返されてきていたというし、木下さんは木下さんで、ひ弱で誰一人として、この人が監督に昇進できるとは思っていなかったそうです。
それが、監督になるや否や、両者ともその才能を遺憾なく発揮して、日本を代表する監督になるのですから、世の中分からない。
学歴に関しても、今のテレビ業界は、大卒が必須条件ですが、昔の映画会社は、黒澤、木下両氏のように中卒でも採用してくれましたし、溝口健二、新藤兼人監督などは小卒です。
文学界でも、松本清張氏は小卒、吉川英治氏は小学校中退です。
つまり、芸能芸術には学歴は関係ないということです。
最近は、どの分野でも学歴重視で、その人本来の持っている才能が軽視されている傾向があります。
一流企業の採用試験でも、大学卒業時点では、能力の差など写真判定ぐらいの差しかないにもかかわらず、コネ入社、縁故採用などで採用されるのですから、不公平極まりありません。
しかし、世の中よくしたもので、そうやって採用された人は、大成しない人が多い。やはり、大成するには挫折を味わい、苦労しないといけないということでしょう。
「自然は、すべて偉大なものに、汗と努力とを配するのであって、苦労しないで手に入れたようなものに、本当の成熟を拒む」
というのは、どうやら真実のようです。
<了>
