仕事を回すもの
僕は仕事ができない人間だ。それはもう、入社当初からそうで、同じミスをしては上司に何度も怒られていた。ほかの部署の人に迷惑をかけては、フォローに走り回っていた。
仕事とは、誰かの役に立つもの。
入社したら、バリバリ仕事を覚えて、忙しい先輩の仕事もフォローして、後輩には優しく指導して。そんな学生時代の妄想はいともあっけなく打ち砕かれていた。
そんな僕を支えてくれていたのは、他部署の数年先輩の人。仕事がバリバリできる人でもなかったけど、僕のミスで迷惑かけた時も、「いいよ、こっちでフォローしとくから他やっといて」「じゃあ、この部分だけ直す方法一緒に考えてみようか」、と何度も優しく手助けしてくれた。最後は決まって「ま、こういうのはお互い様だから、気にしないで」と、笑顔を向けてくれた。
その人には感謝しかなくて、でも自分がその人の力になれることなんてなくて、申し訳なさでいっぱいだった。どれだけ頑張っても、自分はやっぱり仕事ができない人間で、まわりにたくさん迷惑をかけた。
そんな日々が、5年。その先輩がある日突然、僕の事務所に駆け込んできた。
「ごめん、俺が対応ミスしちゃって、この部分のシステム番号って、なんとか編集できない?」
いつになく、慌てて不安げな表情。先輩が持つタブレットを見ると、先輩がいる部署のシステム画面、その一部が映し出されていた。
そこは通常、僕の部署にはあまり関係のないシステム部分。けれど、ミスして走り回って、フォローをしまくってきた僕には、そのコードがどこに影響して、どう修正すればいいのか、過去の経験からわかっていた。
「大丈夫です。5分もあれば直せます」
「ホント!? じゃあ、いったん俺上司のほうに報告してくるわ」
少し安堵したような表情で、先輩は走っていった。その背中を見送った僕は、すぐに修正作業に取り掛かる。宣言通り、5分もしないうちに修正できたところに、先ほどの先輩がまた走りこんできた。
「さっきのコードって直せそう?」
「はい、今修正終わりました。そちらのシステムでももう直っていると思います」
「お、本当だ。ちゃんと直ってる」
手元のタブレットで、修正が効いていることをその場で確認する先輩。その表情は、先ほどよりも安堵したものになっていた。
「いや、助かった。ホントありがとう。俺がミスして上司に怒られちゃって」
「いえ、これくらいは大丈夫です。またいつでもいってください!」
心底ほっとした表情で、先輩は部屋から去っていった。その背中を見送りながら、自分の作業に戻ろうとした瞬間、目頭が熱くなるのが分かった。
今まで、誰かに迷惑しかかけてこなかったと思っていた。そのたび人に助けられて、自分はなんて役に立たない人間なのだとばかり思っていた。でも、その日初めて、それも、今までさんざんお世話になった先輩の、やっと役に立てた気がした。今日先輩を助けるために、ミスしまくって、いろいろ学んできたんじゃないかとさえ錯覚した。今まで頑張ってきて、よかったと思えた瞬間だった。
入社5年目。初めての感覚に、僕は席でひそかに泣いた。
あれから、さらに5年たった今。
4月に新しい部署に異動になり、それまでと全く違う経理の仕事に就いた僕。それでも、10年近くいた前の部署から、いまだにシステム周りや仕事関連の法律について、あれやこれやの質問がくる。時には、「こういうミスしちゃったんですが、どうすればいいですか」なんて問い合わせも。「お忙しいところすみません」「助かりました」。そんな言葉を聞くたびに、自分は決まってこういうようにしている。
「こういうのはお互い様だから」
誰かに迷惑をかけて、助けられて。でも、自分だって誰かが困っているときに、助けて、フォローをして。もちろん人に迷惑をかけていいわけじゃないけれども、失敗なんてしない人もいないわけで。
仕事ってたぶん、たくさんの「お互い様」で回っている。
