不定期うい モノンクルであること

 私は36歳です。現在の主な生息域は大学ですが、そこでの私の位置について考えます。当初危惧していた年齢差による透明化は回避できました。とはいえ年齢差や経験差はあるので同質化をしようとも、できるとも思いません。しかし、この若年空間にいる、いわば非公式な大人としての微妙な距離感が大事だと思うようになりました。
 といいますのも、多くの20歳前後の青年は、2倍近い年長者と上司/部下でも教師/学生などの上下でない関係は初めてです。しかし私はどちらでもありません。その大人なんだけど大人じゃない、いわば非公式な大人は、場合によっては一生接触しないこともありえます。この位置からどう周りと接するかを日々考えています。修士や博士の学生とはシンパシーは感じますが、また違う位置にいると感じています。
 一方でこの曖昧な立場は彼ら彼女らにとっても貴重らしく、最近は講義から私生活まで萬の相談係のようになっています。こうした時に自分も大人になったのだと感じます。
 ところで北杜夫の『モノンクル』という小説があります。フランス語で「僕の叔父さん」という意味のタイトルですが、そんな気持ちです。親でも、教師でも、上司でもない曖昧な、無責任な大人としてとしての責任を感じています。それは制度的責任を負えないからこそ個人として誠実であることを私に要求します。
 そういえばモノンクルというRHYMESTERの曲にこんな一節があります。

「君の居場所の風通し少しでも良くする大人の矜持」

 学生らは既に法律においては成人としての権利と義務も負っている大人ですので、ライ麦畑の捕まえ役になりたいとは思いません。しかしモノンクルではありたいものです。

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