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お聞かせください軍曹殿【ケの日、ケの国。】

本日は80回目の終戦記念日です。
以下は、平成三年(1991年)に、当時小学生だった私が通っていた小学校の文集へ、母が寄稿した文章です。

『お聞かせください軍曹殿』

「おじいちゃんは、赤紙がきて戦争に行ったの?」
夕食のとき、突然三年生の息子が質問しました。
「おじいちゃんは、現役で行ったんだよ。」と父。
「あのね、行ってきますと言って帰りは小さな箱に入ってきた人もいるんだって。」と一年生の娘。

七年間戦場に行ってきた元軍曹と子どもたちの話が始まります。

私は、ははん、これは学校でお話を聞いてきたのだなと思い、尋ねてみると「今日、校長先生が戦争のお話をしてくれた。」とのこと。

夏にも「お母さん、ピカドンって知ってる?その光は、とってもこわいんだよ。」「洋服がボロボロになってくっついていたんじゃなくて、人間の皮だってんだって。」と話しかけてきました。
それは終戦記念日に、やはり校長先生が原爆の話をしてくださったのでしょう。

子ども話を口火に、最近いろいろな話が始まります。

「おじいちゃんの若かった頃は、給料をもらうと、妹や弟たちにおまんじゅうを買って帰ったんだよ。皆んな楽しみにしていてね…。」
「昔はお菓子あった?」
「テレビなかったんだよね。」
「靴は?」質問が飛びます。

日頃、私たちが忘れていること、昔聞いたまま、すっかり頭の奥に仕舞いこんでしまったことなどを思い出されます。

私たちが子どもの頃は、何かにつけて戦時中、戦後の大変なときの話が出ました。

たとえば、ご飯のとき、おかずがないと文句を言えば、母や祖母が「ご飯が食べられるだけでもありがたいことなんだよ。食糧不足のときは、一握りの米を大きな鍋でお芋と山菜と煮て雑炊にして食べたんだよ。」と聞かされました。
学校では今のように給食もなく、お芋を持って行く子もいれば、何も持って行けず、食べないでお昼を過ごす子もいたということでした。

乗っていた船が魚雷に当たって沈んだこと、スマトラではテントの中にコブラが居たこと、衛生兵だった父の話を小さい私たちは、よく聞いたものでした。
戦場の話や食糧難、物不足の話を聞くたびに私は幼心に昔の人は、たいへんだったのだなあと思ったのです。

父が私を一度だけ映画に連れて行ってくれたことがありました。
もう二十数年前くらいになるかも知れません。『日本の一番長い日』という題でした。
それは終戦を迎える日の日本の内閣や軍隊の話だったと思います。
軍服ばかりで、私には難しい映画でした。父が戦争の話を少しでも伝えようと思ったのでしょうか。

戦争体験者は年々少なくなって行きます。
軍歌もあまり聞かれなくなり、テレビの終戦記念日の特別番組も、毎年短くなっていくようです。
『同期の桜』を十八番にしていた父も最近は唄わなくなりました。

まだ、孫にはあまり戦争の話はしていない父ですが、幸い聞いた話ではなく、戦争を体験した人の話を子どもたちにしてもらえます。
そして『戦争を知らない子供たち』を唄っていた私たちが、親になりました。
これからは私たちが子どもたちに伝える番ですが、あらためて自分のいいかげんな記憶に反省させられました。

今度は子ども達と一緒にもう一度、お聞かせください軍曹殿。

『お聞かせください軍曹殿』より



この文章は、私が小学校三年生の頃に、母が自分の父(私の祖父)について、学級文集『ともしび』に寄せたものです。

我が母ながら、胸に残る名文だと思います。

あれから三十四年の時が過ぎ、気がつけば私は、当時の母の年齢をとうに追い越していました。

そして『戦争を知らない子供たち』を唄っていた私たちが、親になりました。

今、母は“親”を通り越して“祖母”となり、その孫はもう成人しています。
年月の早さに、時おり眩暈を覚えることすらあります。


祖父がこの世を去ってから随分経った今でも、あの優しい笑顔や、朗らかな声、一緒に作った工作、そして一緒に過ごした時間を、ありありと思い出すことができます。

もっと話を聞きたかったです。
戦争のことだけでなく、子どもの頃の思い出や、何気ない日々の些細な話まで。そうした記憶を、できるだけ多く受け継いでいきたいと思います。


「会えるときに、大切な人に会っておく。たとえ短い時間でも、電話でもいいから声を聞いておく。」これが私の信条です。

日常の、ごくありふれた瞬間。
“ケの日”にこそ、美しさは宿ると、私は信じています。
そして、このnoteも、そんな日々の欠片かけらや、そこから生まれる作品を、そっと綴れる場所であれたらと思います。


私も母と同じく、これからもずっと、心の中でこう呼びかけ続けます。

「お聞かせください、軍曹殿。」



記事:まるのすけ

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