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「人と会うと疲れる」のは、性格のせいじゃないかもしれない|50代になって気づいた、人付き合いの“頭の負荷”

前回、
「共感性ゼロの友人が好きな理由」
という記事を書きました。

書いたあと、もう少し考えていました。
私はちょっと「人と会うこと」に疲れているんだろうか。

たぶん、少し違う。
もともと大人数の集まりは得意ではない。
でも少人数で友達と会うことは、
むしろ好きだったと思う。

そして気付いたのは、
最近、「何を話そうかな」
と考えることが増えたこと。

昔は、何を話していたんだろう

考えてみると、
若い頃は友達との間に、
共通の話題がたくさんありました。

子どものこと。
学校のこと。
夫のこと。
仕事のこと。

「みんなどうしてる?」
「それ、うちも一緒」
「こうしたらよかったよ」

女性同士で話す時間には、
友達と会う楽しさだけでなく、
女性同士、共通のコミュニティ内でうまくやるための
情報収集のような意味もあったのかもしれません。

ところが50代になって、
少しずつそれが変わってきました。

子どもは大きくなり、それぞれの世界を持つようになる。
夫についても、昔ほど話題がない(笑)。
仕事も、生き方も、それぞれ違う。

親の介護や更年期、美容、健康。
まだ共通する話題はあるけれど、
昔ほど
「みんな同じところを走っている」
感じではありません。

そう、
みんなの意見を参考に…
ではなくなっている気がします。

そう考えると、
高齢になると健康の話が増えるのも、
なんとなく分かる気がします(笑)。
共通のこれからの話題ですもの。

その年代で多くの人が共有できる関心事が
少しずつ「自分の身体」へ
自然と移っていくのかもしれません。

話題がないことより、気になっていること

でも、私が気になったのは、ここからです。
共通の話題が減った。
ただそれだけなら、
「まあ、話すことなかったら黙ってたらいいか」
で終わりそうなものです。

ところが私は、
「私と会っても、面白くないんじゃない?」
まで考えている。

ここで、あれ?と思いました。
私は「何を話そう」と考えていたのではなく、

相手が私と会って楽しい時間を過ごせるかどうかまで、
勝手に考えていたのかもしれない。

だから、相手から
「会おうよ」
と言ってもらえると、少し気が楽です。

少なくとも、
「私が会いたいと言って時間をとってしまってもいいのか」
を考えなくていいから。

人と話すとき、頭の中では何をしている?


前回の記事を書いてから、
コミュニケーションについて少し調べてみました。

人と話すとき、
私たちはただ言葉を聞いて、
言葉を返しているわけではないようです。

相手の言葉を聞く。
表情や声の調子を見る。
相手の気持ちや意図を想像する。
今の状況や、
相手との関係を考える。
何を話すか決める。
どういう言い方をするか選ぶ。

そして話したあとには、
また相手の反応を見る。

「今の話、大丈夫だったかな」
「喋りすぎたかな」
「退屈してないかな」
さらに、
「相手は、私のことをどう思っているだろう」
と、自分が相手からどう見られているかまで
考えることがあります。

心理学では、
他者の感情や意図、考えなどの
心の状態を推測する働きを
「メンタライジング」などと呼びます。

一方、
「私は相手からどう見られているだろう」と
相手の自分に対する評価を推測することは、
「メタ知覚(metaperception)」と呼ばれる研究領域とも重なります。

こうして並べてみると、
人と話すというのは、
思っていた以上にたくさんのことを
同時に処理している。

① 相手の言葉を聞く
② 表情や声から相手の状態を読む
③ 何を話すか考える
④ 言い方を調整する
⑤ 相手の反応を確認する
⑥ 「私はどう思われた?」まで考える

私はこの中のいくつを、
人と会うたびにやっているんだろう。

そう考えたとき、
「人と会うと疲れる」という言葉の見え方が、
少し変わってきました。

だから、あの友人はラクなのか

そこでまた思い出したのが
「共感性ゼロの友人」

あの人といるとき、私はたぶん、
「楽しんでるかな」
「この話でよかったかな」
「私、変なこと言ったかな」
を、ほとんど考えていません。

相手もこちらにそれほど合わせないし、
私も合わせなくていい。

いわゆる
「気を使わなくていい」相手

だから私は、
「共感してくれない人が好き」
なのではなく、
「一緒にいて楽」

が自分らしくいられるので好きなのかもしれません。
そう考えると、少し腑に落ちました。

「人付き合いに疲れる」の中身は、
みんな同じなんだろうか

人付き合いに疲れる。
そう言うと、
「内向的だから」
「気を使う性格だから」
「一人が好きだから」

と、性格の話になりがちです。

でも、本当にそうなんでしょうか。

相手の気持ちを読みすぎて疲れる人。
何を話せばいいか考え続けて疲れる人。
嫌われないように、自分の言葉を調整して疲れる人。

「相手は楽しかったかな」と、
自分を評価して疲れる人。

同じ「人付き合いに疲れる」でも、
頭の中で負荷がかかっている場所は、
違うのかもしれません。

そう考えると私は、
自分が人付き合いを嫌いになったわけではない
気がしてきました。

もしかすると、
ライフステージが変わって、
以前は自然にそこにあった
「共通の話題」が少なくなったことで、

相手の反応を読むこと。
話題を探すこと。
言葉を選ぶこと。
「楽しんでいるかな」と考えること

そんな、もともと自分がしていたことが、
前より目立つようになったのかもしれません。

そして面白いのは、
同じ「人付き合いに疲れる」でも、
どこで疲れているかは、人によって違うのかもしれない
ということです。

「人付き合いがしんどい」の正体は、
人そのものではないのかもしれません。

次はもう少し、
「人といるとき、私たちは頭の中で何をしているのか」
を分解してみようと思います。

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