人生の午後に読む「愛するということ」|フロムのモテ哲学
こんにちは。
Framing|花子です。
本日も読みに来てくださって、
ありがとうございます。
今日は、エーリッヒ・フロムの名著『愛するということ』を、少し視点をずらして
「モテる」という言葉から
読み解いてみたいと思います。
よかったら、
本日もゆるりとお付き合いくださいね☕
若いころ、“モテる”と言えば、
それはたいてい「愛される技術」のことでした。
・似合う服を選ぶ
・気の利いた返事をする
・場の空気を読む
・相手の好みに合わせる
・嫌われないように振る舞う
この「外側の工夫」を上手にできる人が
モテているように見えた時期もありました。
けれど、人生の午後に入ってみると、
ふと気づきませんか?
“あれ? モテるって、
外側の話じゃなかったのかもしれない”
そんな静かな違和感を、
フロムの言葉はぴたりと説明してくれます。
■ 愛は“落ちる”ものではなく、“踏み出す”行為である
👇参考図書
愛は受動的な感情ではない。
愛は能動的な行為である。
人は愛に落ちるのではなく、愛に踏み出すのだ。
若いころは、
感情の波に身を任せてしまうこともありました。
“運命のようなもの”が愛だと思ったことも。
でも、人生の午後になってみると、
感情の強さよりも、
どう向き合うか
どう関わるか
どう態度を選ぶか
そのほうが、関係を決めていると
本気でわかってくる。
自分から踏み出せる人。
相手を尊重できる人。
誠実に向き合える人。
こうした“内側の成熟”を持つ人を、
私たちは自然と「魅力的」と感じる。
つまり、
本当にモテる人=愛する能力が高い人
なのです。
愛されることに全集中してきた方は、
フロム片手に、午後の小さな反省会です。
■ 「与える人」は、求めなくてもモテる
フロムは、愛の中心には
“与える”という態度があると強調します。
与えると言っても、
犠牲や我慢のことではありません。
・相手の世界に興味を持つ
・その人らしさを尊重する
・成長を願う
・気持ちを向ける
・丁寧な距離を保つ
こうした“成熟した与え方”は、
人生の午後になってこそ理解できるもの。
若いころのモテは、
どこか「見た目」や「雰囲気」に影響されやすかったけれど、
午後のモテは、
その人の“内側の質”から立ち上がってきます。
与えられる人は、求めなくても愛される。
その静かな吸引力が、午後の魅力の正体。
■ 人生の午後の学び──愛されるより、愛せる人へ
若いころは、
「どうしたら愛されるか」で
世の中を見ていた気がします。
でも午後に入り始めると、
視点が反転していきます。
「私は、愛する能力を育ててきただろうか」
愛される努力よりも、
愛せる自分を育てることが、
人生の幸福に深く関わっていると気づく。
これは、歳を重ねた今だからこそ理解できる、
午後の静かな学びです。
外側の魅力より、
内側にある“態度”こそが人を惹きつける。
フロムは、
愛することは技術で
練習で身につけられるものだと言っています。
ということは、
今日の一歩から、育てられる。
ちょっと希望が持てますね✨
本日も、
「愛するということ」を午後の視点で読み直して
楽しかったな…という記録を、noteに書き留めておきます。
🌸本日の一句🌸
愛したい けれど正直 愛されたい
思わず本音が出ました…
午後って、嘘がつけないんですよね
フロムは、本当はもっと深くて底なしの人なんですよね。
ここでは、主婦・花子の午後の読み方として、
日常に下ろしてみました。
よかったらあなたも、
本物に触れてみてくださいね📖
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