地図をたたんで星空を見上げる 伊能忠敬とユングが教えてくれる”人生の午後”の楽しみ方
こんにちは
あなたの発信を応援🎵
Framing|花子です。
本日も読みに来てくださり、
ありがとうございます。
みなさんは、
人生の折り返し地点を
意識したことはありますか?
今日は、心理学者ユングと、
地図を作った伊能忠敬の話を手掛かりに
「人生の午後」について、
ご一緒に考えてみたいと思います。
最近、なんとなく、
伊能忠敬やユングのことを
思い出します。
心理学者ユングは、
人の人生を「午前」と「午後」にたとえました。
午前は、社会の期待に応え、役割を果たす時間。
そして「人生の正午」(40歳位)を過ぎると、
人は次第に「本当の自分」と
向き合う旅に出るのだと。
私の発信は、もしかしたら、
そんな“午後の旅”に出る人たちへの
エールなのかもしれません。
これまでの人生を振り返り、
「もっと自分らしく生きればよかった」とか
「人の目ばかり気にしていた」といった言葉に
たびたび出会います。
でも、それでいいのでは?
むしろ、それが
人として自然なことではないでしょうか。
若いころは、
他人の評価や社会の期待の中で
生きてしまうものです。
親の顔色をうかがい、
職場での立ち位置を気にし、
「正解」だと言われるレールの上を
歩くことを選んでしまう。
それは決して間違いではなく、
むしろ多くの人が通る通過点。
ただ、40歳を過ぎるころ、
心の奥で何かが静かに変わり始めます。
かつては「人生80年」と言われていた時代が、
「人生100年」と呼ばれるようになり、
折り返し地点の先が
長くなったからかもしれません。
後半戦は、
もはや“誰かのため”だけでは続かない。
「私がどう生きたいのか」
という問いが、
静かに…でも確実に…
私たちの前に現れます。
日本初の実測地図をつくった伊能忠敬が、
初めて測量の旅に出たのは55歳のとき。
寛政12年(1800年)、55歳の春、忠敬は初めて測量の旅に出た
それまで彼は、
酒造業を営む商家の跡取りとして生き、
家族や地域社会の期待に応える日々を
過ごしていました。
しかし、隠居したあと、
まるで少年のような好奇心で星を眺め、
歩き出したのです。
自分の歩幅と、そして星の位置を頼りに。
「知りたい」「測りたい」という
内なる衝動に従って。
「緯度1度って何キロなんだろう?」
そんなピュアな好奇心を胸に。
そして、17年にわたって日本全国を歩き、
4万km以上を自分の足で測量し続けました。
彼の地図は、
幕末から明治にかけての国家形成の礎となり、
「本当にやりたかったこと」は、
人生の後半で形になったのです。
「副業ブーム」という言葉が
聞かれるようになって久しいですが、
私たちが本当に探しているのは
「お金」だけではないような気がしませんか?
(お金も大事なのですが。)
自発的に始めた何かが
誰かの役に立っているという手応え。
自分の好奇心が
誰かの世界を少しだけ広げているという喜び。
点数や評価では測れない命の輝き。
それこそが後半の人生で
私たちが求めているものかもしれません。
ユングは人生の二つの段階について、
こんな言葉を残しています。
“In the first half of life we are concerned with establishing ourselves in the world; in the second half, with the inner world.”
― C.G. Jung
(人生の前半は、私たちは世界の中で自分の位置を築こうとし、後半は内なる世界と向き合うようになる。)
伊能忠敬の歩みは、
その言葉を体現しています。
前半生で“他者との約束”を果たしたあと、
後半生では“自分との約束”を生きたのです。
伊能忠敬の地図は、
無数の測量の点を繋ぎ合わせて
大きな地図を描きました。
私たちの人生も同じかもしれません。
ユング心理学者・河合隼雄先生は、
「星を一つ一つではなく、
全体をぼんやりと眺めると
見えてくるものがある」
と教えてくれました。
レールの上で歩いた日々も、
今の迷いの中で日々起こる出来事も、
振り返れば星座のように
カタチを結んでいる。
自分に起きたこと、感じたことを
記録しておくって
やっぱり大切かもしれませんね。
今日も感じたことを一つ
書き残しておきます。
🌸本日の一句🌸
午後の旅 足あとひとつ 星ひとつ
焦らず一歩ずつ
歩んでいきましょうか。
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