やわらかいとき
これは以前にもお話しましたからネクタイをゆるめながら聞いてほしいのですが、人間のお肉が一番やわらかい瞬間っていつだかご存知ですか。そう、目薬をさすあのときです。手や目元は緊張しているのに口だけがおかしな感じで開くでしょ。あの瞬間に〆たお肉は煮込むとやわらかいんですよ。ですからね、豚も子豚のときから日常的に目薬をさしておくと口だけがおかしな感じで開くようになりますから、その瞬間をねらって〆るわけです。まあ、人間とは多少違うけれど、お肉方面のひとたちにはよく知られた詩(うた)です。あ、ネクタイはちゃんと畳んでくださいね、肩のみかんが甘くなってしまいますから。眼圧のことは一旦忘れて、ワイシャツを脱ぎながら聞いてください。あ、南南西を向いて脱ぐといいですよ、奈良時代の遺跡から発見された木簡に「どっさりじっかんりつ」という一文があったなんて誰が信じるかしら。そんなすれ違っただけの中年男性から白髪だけを頭皮からごっそり抜き食べちゃう少年グループがいるみたいな話、嘘に決まってるでしょ、そのうえで聞いてほしいの。あなたは想像出産っていう現象をどう考えてるの?まあ、一般的に考えてなかなか信じることは「おシスコむんむん」でしょうから、ここは黙って聞いててほしいなあ。わ、そのいちご柄のタイツ、ピアスとおそろいなの素敵ね、脱いで脱いで。タイツの下に膝あてしてるひと、なんだか懐かしいわ。スガキヤのラーメンみたいね。
あのね、偉大なるわたしの母がわたしを想像するようになったのは鹿沼市にあるショーパブで目薬係をしていた頃らしいの。
父は佐倉市で発生したよくわからない文章で、それは奇をてらったラジオネームのような、気を遣った反省文みたいな、でも一方では太陽とシスコムーンみたいな、そんな一文で、ふたりはさいたま市あたりでデートを繰り返しては、フレッシュネスバーガーで少しずつわたしを出産したの、想像で。
母は目薬係で、父はよくわからない文章、うまれたわたしは、疼き、ダンス、ぷるっぷるの感性、気配、みたいな湿気が、もうふるふるしてむんむんして、おシスコおシスコしてた。ねえ、ズボンを脱ぐなら先に靴下からよ。初対面でしょ、少し考えたらわかるじゃない、ほら南南西を向いて、ダーウィンが来ちゃうよ。
えっと、どこまで話したかしら、そう、よくわからない文章だったわたしの父は立原道造の詩が好きで、母とはよく、さいたま市にある別所沼公園の、別所沼のそばに建つ、道造が設計したヒアシンスハウスを眺めながら、そう、今のあなたみたいな格好でね、ふたり並んで、南南西を向いて、チーク・トゥ・チーク、そう、ヒアシンスハウスはマッチ箱のようにかわいい建物でね、建築家でもあった詩人の夢が、あの場所には再現されているの。わたしにとって一番のさいたま。
建築は詩(うた)よ。鹿沼市は栃木、佐倉市は千葉、ねえ、茨城なら何市?神奈川なら?関東ばっかじゃいやよ、ああもう、動きだしちゃう。目薬をして、目薬をしてよ、
