タスク化されてしまう"やりたいこと"を救いたい[2025/11/13]

 敷島テトラさんのVlogが好きです。

 敷島さんはVtuberの方なのですが、よく都内に繰り出してお散歩をされています。それを見るのに最近ハマっている。

 この動画もよかったです。『ティファニーで朝食を』ってツタヤでバイトしてた時めっちゃ読みたかったんだけど借りるの忘れて結局いまだに読んでないわ。

 ところで、この動画を見始めた時に、あれ?と思ったこと。

「私って……【タスクがない】日なくない?」

この動画の冒頭、枕話的に敷島さんがお話をされますが、早起き出来た!と言い。そして、こう言います。「朝から、なんでも出来る」。

 確かに朝って起きるとめちゃくちゃなんでも出来そうな気がするよな〜と思ったのもつかの間、自分の中に生まれた違和感。自分が朝早起きできたら……と想像してみる。そしてこう思う。
「………あ、やらなきゃいけないことがいっぱいある。どれからやろうかな」

 私がバレットジャーナルをつけていることは以前の記事で書いた通り。とはいえ「やりたいな〜できたらいいな〜」のニュアンスでつけていることも書いた通り……が、しかし……

 ……もしかして、私、自分が思うより、
 形骸化した【やりたいこと】に縛られているのでは?!

 多分これを読んだ多くの人は、動画の注目ポイントはそこではないことをツッコミたくなるだろう。が、私もそれは重々承知していて、普通に朝ごはん食べたいな〜とも思っているのだけど、それ以上に気づいてしまったインパクトが強すぎたものだから考えざるを得なかった。

 一応、この記事がこの疑問の答えになると限らないということは断っておく。

一般的に見てみる

 簡単に言うと、例えば「買い物がしたい」とする。あれが欲しいな、これが欲しいな、あれ着てみたいな、とか思う。そこまではよい。さて、買い物をするためにはどうしたらよいか?
 買い物をするためには、お金を稼がなければならない。お金が無いと買い物できない。これは当たり前かもしれない。
 では、買い物に行くために着替えなければならない、はどうか? 顔を洗わなきゃ、メイクをしなきゃ、布団から出なきゃ!とか。
 ほとんどの場合は、これらに「買い物をしたい」欲求が打ち勝てるとき、「買い物をする」が成立する。

 上記は極端な例だが、実際にやりたいことに関する行動を細分化して抽象化してみると「やりたいこと」の下に「やるべきこと」が木の根っこみたいにたくさん生えていることに気づける。これが
みんなが俗にいう「○○をするハードル」というものだろう。

じゃあ、自己分析したらどうか?

 さて、私はどうしてこんなにショックを受けたのだろう。これに関する明確な解消法は無いのだろうが、原因は若干見えてきた。それは「やりたいことが多すぎる」だ。

 例えば1個のことをやりたいと思っているとする。それをやるためには5個のやるべきことがあるとする。このやるべきことに取り掛かっている時、もうひとつのやりたいことが生まれたとしたらどうだろう? 1個のやりたいことを終えるために割く時間は、本来の1/2になる(本当はこんな単純ではないのだけど)。
 それを踏まえて、自分のやりたいことを数えてみる。……正直、計算しただけでドン引きそうである。今数えただけで、ざっと10個を超えてしまった。

 そしてそのタスクがなかなか終わらないでいると、やりたいことは達成されない。それがいつまでも続けば、もちろんモチベーションは低く低くなっていく。でははたして、毎月やりたいことリストに書いているタスクは、本当に今の自分がやりたいことなのだろうか?
 本来なら、そこで「やりたいこと」は霧散するはずだ。でも「既に着手してしまっている」「いつかは出来る」「これができた自分はめちゃくちゃ楽しいはずだ」という制約や考えがあったとしたら? 他の人に影響されてしまっていたとしたら? やったことのないことに夢を見てしまっていたとしたら?

 ああ、なんか各人が「やらないことを決めることが大事」ってなんで熱弁してたのかわかる気がしてきた……。

 書いてみて分かってきた。きっと私は経験がないから、やりたいことが多すぎるのだ。それは楽しいことかもしれない、と言う執着を手放せないでいる。その結果、大量に自分の中にタスクが積まれ続けているのだ。

 自分はマルチタスクが得意ではないことを、自分でも理解している。にもかかわらずこういうことが起きているということは、次々に何かを捨てるか、あるいは終わらせていく必要があるのではないだろうか。
 とはいえ、人の関わるプロジェクトや長期のプロジェクトもあるから、一概に全部辞めることも出来ない。さらに言えば、隙あらばなにかやりたいと思ってしまうものだから、プロジェクトとプロジェクトの合間に差し込むものを常備しておきたくなってしまう。丼物ひとつより、小鉢を沢山食べたい。飽き性だから、常に何かを回して気分転換しないと気が済まないのかもしれない。

形骸化していく「やりたいこと」を減らすには、どうしたらいいか。

 試してみたいことがいくつかできた。
1. まずは、書き出したものに不要なものがないかみてみて、あったら削除してみる。
2. 1回やることをひとつに絞って、それを終わらせてみる。
3. やりたいことを増やすときはもっと慎重になる。本当にやりたいのか? 今できることなのか? 今は無理なら、別のページに書いてみちゃうとかはどうか?
 ただ、長期にわたるものについては、まだどうしたらいいか分からないので、もう少し考える必要がありそうだ。

 やりたいことを増やすのは、私にとってめちゃくちゃ簡単だ。でもやりたいことを達成して、充実感を得るのは私にとってめちゃくちゃ大変だ。
 上の試してみたいこと、書き出してみたらまるで部屋の片付けみたいだ。ものを増やすのは簡単だけど、捨てるのは難しい、という具合だ。心と部屋の相関、結構あると思うなあ。

 ……と、ここまで書いてきて、一息。「でも、なんでもできるようになりたいんだよね………」と悲しい声がもう1人の自分から返ってきた。以前書いた通り、私はこういった矛盾した心を抱えている。まあ、それを踏まえて実験かもしれない。というか、もしかしたらこんな「満足したい」という気持ちが自分をタスクに埋もれさせる要因だったりして。
 まあ、もし上手くいったらここに書くだろうし、上手くいかなくてもここに書くだろうな、と思う。

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