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Re(2): 脳内イメージ考:アファンタジアは「意図的な心的イメージ」体験の不在か?

※ 本記事はアファンタジアに関する個人的な随想です。万人向けの内容ではないため、ご興味のある方にお読みいただければ幸いです。


本記事は、前回記事(下記)からの続きです。


Re(2): 脳内イメージ考:アファンタジアは「意図的な心的イメージ」体験の不在か?

〜 心的イメージ・夢・幻覚、またその意図性 〜

前回記事の最後の部分で、アファンタジアを説明する際の核心部分の表現として、

アファンタジアとは、意図的な心的イメージが、低下あるいは不在の状態である。

というふうに記述する資料(文献やメディア記事、SNS等)が、私の見てきた範囲では散見された、と前回書いた。

そして、「意図的」という言葉が示す概念に、個人的に何となくしっくりこない側面があることも書いた。

なぜそう感じるのかについて、今回は書いてみようと思う。

心の中で経験される、感覚に似た主観的な体験を「内的感覚体験(仮)」と呼ぶことにする

自分が思うに、人間には「心の中で経験される、感覚に似た主観的な体験」というものがあるようだ。たとえばこの体験は「心的イメージ」と呼ばれたり、「夢」や「幻覚」と呼ばれることもある。

今回はこの「心の中で経験される、感覚に似た主観的な体験」について考えてみる。以降、本連載ではこれを「内的感覚体験(仮)」と呼ぶことにするが、あくまで本稿においてのみ使われる便宜的かつ広範な表現であり、当然ながら学術用語でも一般用語でもない。

※ なお、「夢」や「幻覚」が「心的イメージ」と同じ類の現象とみなせるのかについては、私には判断できなかったため、本連載ではとりあえず別の現象として扱いつつ、これらをまとめて「内的感覚体験(仮)」と呼ぶことにする。

様々な状況での「内的感覚体験(仮)」を考える

ここで、人間に「内的感覚体験(仮)」が起こる状況を整理してみる。

  • ① 覚醒時 & 意図的(いわゆる「思い浮かべる」行為など)

  • ② 覚醒時 & 非意図的(勝手に割り込まれる現象など)

  • ③ 夢の中 & 意図的(明晰夢などで考えられる現象など)

  • ④ 夢の中 & 非意図的(いわゆる「夢の中」の体験など)

この分類は雑であることは承知しているが、まずは大まかに分けてみた。

①はいわゆる「心的イメージ」と呼ばれることがある。
②はいわゆる「フラッシュバック」や「幻覚」と呼ばれることがある(かもしれない。詳細は不明)。
③と④はいわゆる「夢」と呼ばれることがある。

※ 「覚醒に対応するのは睡眠であって、夢は睡眠中の体験であり、覚醒と対になるものではない」という指摘があるかもしれないが、本稿の趣旨はそこに厳密性を求めるものではないため割愛する。

※ また、覚醒から睡眠へ移行するとき、あるいは睡眠から覚醒へ移行するときの「はざま」の状態(ヒプナゴジア、ヒプノポンピック)もあるが、複雑になるので今回は説明を割愛する。

※ さらに、意図性(意図的・非意図的)についても、きれいに二分できないケースがあるかもしれないが、複雑になるので今回は大まかに二分して考える。

ここまでで何が言いたいかというと、要するに誰かが「内的感覚体験(仮)」について語ったとき、それは①〜④のうちどの状況の話なのか、という点が重要になる。

ここでアファンタジアの話に戻りたい。

誰かが「アファンタジア」について語ったとき、それは①〜④のうち、どの状況の話なのか?

  • ① 覚醒時 & 意図的(いわゆる「思い浮かべる」行為など)

  • ② 覚醒時 & 非意図的(勝手に割り込まれる現象など)

  • ③ 夢の中 & 意図的(明晰夢などで考えられる現象など)

  • ④ 夢の中 & 非意図的(いわゆる「夢の中」の体験など)

アファンタジア研究における「内的感覚体験(仮)」の範囲

さて、私がこれまで読んできたアファンタジア関連の文献やメディア記事では、アファンタジアと言えば、

  • ① 覚醒時 & 意図的(いわゆる「思い浮かべる」行為など)

  • ② 覚醒時 & 非意図的(勝手に割り込まれる現象など)

  • ③ 夢の中 & 意図的(明晰夢などで考えられる現象など)

  • ④ 夢の中 & 非意図的(いわゆる「夢の中」の体験など)

上記の①の状況において「内的感覚体験(仮)」がない(あるいはほぼない)という説明が少なくなかった。あるいは①以外の視点と比べて、①の視点をとくに強調して説明されることが多かった。

要するに、①以外の、

  • ① 覚醒時 & 意図的(いわゆる「思い浮かべる」行為など)

  • ② 覚醒時 & 非意図的(勝手に割り込まれる現象など)

  • ③ 夢の中 & 意図的(明晰夢などで考えられる現象など)

  • ④ 夢の中 & 非意図的(いわゆる「夢の中」の体験など)

これら②③④の状況において「内的感覚体験(仮)」があるのか、ないのか、その感覚は一つなのか複数なのか、どの感覚なのか、といった点については、十分に整理されていないように感じている。
(あるいは、そういった整理がなされている文献を私が読んでいないだけかもしれない。こちらの可能性のほうが高い)

つまり、ひとくちにアファンタジア当事者の「内的感覚体験(仮)」といっても、当事者の自己報告として、「①だけがない(あるいはほぼない)」という人もいれば、「①はない(あるいはほぼない)が②はある」という人、「④が全くない人もいれば、かなりあるという人」もいる。また「③も当てはまる」という人もいるかもしれない。要するに、人によってその体験はさまざまである。

私の場合に限って言えば、①〜④のすべてにおいて、あらゆる感覚の「内的感覚体験(仮)」および「心的イメージ体験」が生涯的に不在である、という自己報告になる。
※ 唯一の例外(生涯累計で数分間のみ)はこちら

まとめ

そういうわけで、あくまで私の場合の話だが、

アファンタジアとは、意図的な心的イメージが、低下あるいは不在の状態である。

という「意図的な」という文言が含まれる説明よりも、

アファンタジアとは、心的イメージが、低下あるいは不在の状態である。

または、

アファンタジアとは、(意図的・非意図的を問わず)心的イメージが、低下あるいは不在の状態である。

といった説明のほうがしっくりくる。
なぜなら私のケースでは意図性(意図的か非意図的か)が関係しないためだ。ところが、

アファンタジアとは、意図的な心的イメージが、低下あるいは不在の状態である。

という説明になってしまうと、あくまで私の場合に限るが、

  • ん? では非意図的な心的イメージは普通に体験しているのか?

  • 夢や幻覚は一般的に非意図的な性質を持つが、それらはどう扱うのか?

  • 夢と心的イメージは同じなのか、違うのか? もし同じ類だと捉える説があるなら、夢の中に「内的感覚体験(仮)」はあるのか?

  • 幻覚(幻視など)と心的イメージは同じなのか、違うのか? もし同じ類だと捉える説があるなら、幻覚に「内的感覚体験(仮)」はあるのか?

等々、こういった疑問にいちいち反応しなければならない(実際は私の思い込みかもしれないが、今回はそれを許容する)。それは面倒だし、こうした疑問が想定される説明(つまり定義)は妥当なのだろうか、と感じてしまう。

とりあえず今回はここまで。

※ ここまで書いておきながら、なんか自分的には違和感の核心を整理(言語化)しきれておらず、消化不良気味ではある。


執筆後記:

次回(第3回)の更新は、少し先になる予定だ。というのも、第1〜2回の記事で「私の中の違和感」と「その理由」について、一応は説明してしまった。

となると次は、「対象領域に関する先行知見」を把握した上で、「自分のケースがどこに位置づけられるか」「自分が体験している現象をどう説明できるか」という展開になる。つまり、「心的イメージ・夢・幻覚、その意図性、そしてアファンタジア」に関連する知見を横断的に把握せねばならない。おそらく数十本の重要論文から情報を引き出す必要がある。

もっとも、私自身が英語の論文を読み込むわけではない。こうした海外の重要論文の収集や、概要の翻訳・解説はすべて無料のAIに任せている。私はAIから上がってきた圧縮された情報(日本語)を読むだけでよい。ただ、いかんせん論文の数が多いため、それなりに時間はかかりそうだ。

とはいえ、5年前には想像もできなかったことが、いまや誰でも無料で(あくまで概要レベルとはいえ)こういった試みを実現できるのだから、本当にすごい時代になった。私がやっていることは学問でも研究でもない。単なる趣味であり娯楽なのだ。しかも無料の。とんでもない時代になったと思う。

だが、本当は無料というわけでもない。私が気まぐれでAIに何かを頼んだとき、バカみたいに電力を食い、高熱を発し、冷却され、そのためまたバカみたいにエネルギーや物質を消費し続ける、そういった地域・施設・部屋・装置が、地球のどこかにある。そういう時代でもある。

余談だが、最近、Google検索を使うよりもGoogleのAI( https://www.google.com/ai )を使うことが増えた。5年前に「そうなる」と言われたとしても、私は本気にしなかっただろう。今のAIサービスのクオリティと、それが自然に溶け込む日常を5年前に予言されたとしても、本気にするわけがない(むしろ失笑したに違いない)。

今のAIのように、人間と同じレベル(しかも全人類よりも高IQ)で対話できる存在になるなんて1ミリも考えなかった。そういった知能は映画や漫画の世界のフィクションだと決めつけていた。

だが、突然、革命が起きてしまった。Googleの翻訳開発チームがソフトウェアにイノベーションを起こしたのだ。人類史に残る、とんでもない発明といえよう。その後(2022年末頃)、それを搭載したChatGPTが無料公開されたことで、世界が一気に変わってしまった。19世紀は人工のエネルギー(蒸気、電気、ガス)の発明、20世紀はネットワーク(コンピューター、インターネット)の発明、そして21世紀は自律的知能(生成AI)の発明へと至った。


執筆後記(関連する重要論文の解説記事へのリンク):

↓ 2026-08-18 23:00頃に追記。