「自分を変える」を科学する ──私たちの脳はどこまで変わり、何が変わらないのか?
「自分を変えたい」——。
多くの人が、一度はそう願ったことがあるのではないでしょうか。書店には「一瞬で自分を変える方法」といったタイトルの本が並び、SNSでは劇的な自己変革のストーリーが日々シェアされています。
その一方で、「人はそう簡単には変われない」という現実も、私たちは経験的に知っています。
一体、どちらが本当なのでしょうか。
この記事では、まだ未解明な部分が多い脳科学や神経科学の知見をヒントに、「自分を変える」というテーマについて、一つの思考モデルを提案します。これは、私の経験と直感と知見に基づいたモデルです。
本記事は、筆者が専門家ではなく、あくまでも個人の知見に基づいて考察した仮説を提案するものであることを、あらかじめご了承ください。
見えない「脳」を「身体」にたとえて考えてみる
「自分を変えよう」という話になると、なぜか私たちは脳を「何でもできる魔法の箱」のように捉えがちです。目に見えないからこそ、「意識さえすれば、すべてが思い通りになるはずだ」と。
あるいは、逆に固定的に考えすぎるケースもあります。「生まれ持った性格 / 素質 / 性質は変えられない」「ガチャにはずれた時点で人生おしまいだ」と。
しかし、少し立ち止まって、私たちの「身体」について考えてみましょう。
身体には、努力によって変えられる部分と、そうでない部分が明確に存在します。
変えられるもの:筋肉、肺活量、体脂肪率など。これらは適切なトレーニング(努力)を継続することで、確実に変化させることができます。
変えにくいもの:身長、骨格、顔立ちなど。これらは生まれ持った特性であり、自らの努力だけで変えるのは極めて困難です。
私たちはこの事実を、ごく自然に受け入れています。(20歳を越えてから)身長を頑張って伸ばそうとしたり、筋肉は絶対につけられるわけないと諦めたりすることは、あまりありません。
では、脳(思考や性格)も、実はこの身体の仕組みと似ているのではないでしょうか?
目に見えないだけで、そこには 「変えられる領域」 と 「変えにくい(あるいは、変えられない)領域」 が、グラデーションのように存在しているのではないか。それが、私の基本的なスタンスです。
脳の「変えられる部分」と「変えにくい部分」を科学的に捉えると?
この考えは、単なる直感だけではありません。現在の脳科学が解き明かしつつある事実とも符合します。
【変えられる部分:神経可塑性(しんけいかそせい)】
私たちの思考は、脳内の神経細胞(ニューロン)がシナプスという接続点で繋がり、形成される「神経回路」によって生まれます。重要なのは、この回路が固定されたものではない、ということです。何かを学んだり、繰り返し経験したりすることで、特定の回路の繋がりが強まったり、逆に弱まったりします。つまり、 脳は経験によって物理的に変化する のです。これが、「人は変われる」ことの科学的な根拠と言えるでしょう。
【変えにくい部分:生まれ持った物理的な個性】
一方で、私たちには生まれ持った身体的な個性があります。例えば、神経伝達物質(セロトニンやドーパミンなど)を受け取る受容体の数や感度、あるいは脳の特定部位の大きさなどがありそうです。これらは遺伝的な要因も大きく、思考の「クセ」や「気質」といったものに影響を与えていると想像できます。ある人は不安を感じやすい回路が活発になりやすく、ある人は楽観的な回路が働きやすい。こうした 土台となる物理的な特性 が、「変えにくい部分」の正体なのかもしれません。
つまり、私たちの「自分」とは、変幻自在な粘土のような部分と、変えるのが難しい彫刻の芯のような部分、その両方から成り立っていると言えるのかもしれません。
自分を変化させる「2つのスイッチ」
では、変えられる部分を、どうすれば効率的に変えていくことができるのでしょうか。
脳の回路を変化させるには、大きく分けて2つのパターンがあると考えられます。
1. 継続的な刺激(緩やかな変化)
これは、いわゆる 「習慣の力」 です。毎日少しずつ読書をする、意識してポジティブな言葉を使う、ある考え方を適用するトレーニングを積む。こうした継続的な刺激は、特定の神経回路を繰り返し使うことで、その繋がりを徐々に強化していきます。思考のパターンをじっくりと育てていくアプローチです。
2. 強い刺激(急激な変化)
もう一つは、 「衝撃的な体験」 による変化です。人生観を根底から覆すような出来事、雷に打たれたような大きな気づき(アハ体験)など、瞬間的で非常に強い刺激が脳に加わることで、回路が一気に組み替わるケースです。ネガティブな例ではありますが、想像しやすいのはトラウマやPTSDかもしれません。今まで見えなかった世界が急に開けるような、行動指針がガラッと変わるような、劇的な変化をもたらすことがあります。
多くの人が経験する「変化」は、この2つのパターンのいずれか、あるいは組み合わせによって起こっているのではないでしょうか。
極論から自由になるための「バランス感覚」
ここまで、「自分を変える」というテーマを身体に例えることを入口に、科学的な仮説を交えながら考察してきました。
この分析から得られる最も重要な教訓は、極論に走らず、しなやかな 「バランス感覚」 を持つことが大事であるということです。
「自分はこういう性格だから変われない」と諦める必要はない。私たちの脳には、トレーニングによって変えていける領域が確かに存在します。
一方で、「このダメな部分を全て直さないと」と自分を過度に追い込む必要もない。 それは、あなたの変えがたい大切な個性、あるいは気質なのかもしれません。
しかし、何が変えられて、何が変えられないのか、その境界線は、身体のように明確ではありません。だからこそ、私たちは両方の可能性を視野に入れる必要があるのです。
変えたいことには「もしかしたら、ここは変えられるかもしれない」という希望を持って粘り強く取り組んでみる。
それでもどうしても変えられない部分については、「これも自分の一部だ」と受け入れ、上手く付き合っていく選択肢も持つ。
そしてその一度の選択すら固定する必要はないのです。「やっぱり変えられないかも」と一度受け入れてみたり、「やっぱり変えられるかも」と再度挑戦してみたり。
頭の中は分からないこそ柔軟に。時には都合よく解釈して、自分が生きやすくなるような選択をしていけばよいのです。
P.S.
この考えのベースにあるのは、大学生の頃に学んだ「神経生物学」です。シナプスの長期増強というものを知り、「自分を変える」ことについての解像度が高まったことを覚えています(たまたま学んだ神経生物学がきっかけだなんて、何が自分を形作るかって本当に分からないものですね!)。
解像度が高まると、実現可能性が高まります。この記事が誰かの「自分を変える」ということに対する解像度を高める一助になれば幸いです。
