R18【断髪小説】欲望が数値化された世界にて、僕は髪を切る(8)佐伯 未来の断髪
——ザクッ! ——ザクッ! ——ザクッ!
黒く艶やかな、腰まで伸びたロングヘアーを肩のラインでハサミを横に入れている。
何度聞いても、この音を聞くたびに胸が高鳴る。
ハサミを握る手に伝わるこの刺激が、僕を夢中にさせる。
——そう。
今日もまた、スキンシップ休憩と称して断髪を楽しんでいる。
「対人スキンシップ解放令」が発令されてからというもの、欲求不満になることはなくなった。
もちろん、断髪が許される機会なんて滅多にない。
今は稀に訪れる、ご褒美の時間だ。
「......篠宮くん......似合う......かな?」
「とっても似合っているよ。今のミディアムヘアもいいけど、ボブ、ショートも似合うと思うよ」
「そう......かな?
でも、これでも結構短くなったし......」
彼女は短くなった髪の毛を触りながら言った。
「もう少しだけ......もう少しだけでいい。君の髪の毛を切らせてくれないか?」
「......はい。」
ロングヘアの女性をいきなりボブやショートカットにイメチェンさせるのは難しい。
だけれど、一度ミディアムくらいに短くしてしまえば、「少しだけだし」と言って、更なるイメチェンを受け入れてくれる事はよくある。
少しずつ。少しずつだけど確実に短くしていき、ロングヘアー女性のショートカットを拝めたら、最高の喜びが得られる。
そうやって僕らは世間に紛れながら平静を装い生きている。
——チョキッ! ——チョキッ!
ミディアムの長さに、綺麗に真っ直ぐ揃えた後ろ髪を、更に短くカットしていく。
僕らは髪を梳くのが嫌いだ。
出来るだけ同じ長さで均等に揃っていて欲しい。
毛先もハサミを縦にして収まり良くするなんてもってのほかだ。
あくまでもまっすぐ切りたいし、揃った髪を見るとドキドキする。
今まであんなに揺れていた髪が、今はもう最小限にとどまっている。
毛先を下からツンツンさせて遊び、手を大きく広げて頭を撫でる。
この時間に安らぎを感じる。
ずーっと髪を撫でていられるし、そうしたいと思う。
ドアを激しくノックする音が響いた。
さっきまで緩んでいた気持ちが、キュッと引き締まる。
そう、ここは会社の休憩室。
僕は慌てて服を整え、その場を後にした。
「あのー......篠宮さん。私も髪の毛切ってもらいたいです!」
おん?
それをわざわざ言いにスキンシップルームに来たのか?最近どういうわけか、僕のもとに断髪依頼が結構来るようになった。何か噂でも流れたか?
嬉しいことだから、まぁいいけど。
それにしても、佐伯(さえき)さんの三つ編みをほどいた姿を見てみたいと思っていたところだ。
「あぁ。もちろん良いよ」
女性は小さくガッツポーズした。
「あ......ごめんなさい。話はそのことではなくて……今、世間はすごいことになっているみたいなんです。
ゼロのニュース、ご覧になりました?」
「ゼロ?」
「......はい。先日、ゼロと名乗る男が、スキンシップイベントの『ヤリテイ』で50人の女性に対して、無差別で断髪した事件です」
「なんとうらやま——」
僕は咳をして、本音を言いそうになったのを誤魔化した。
「それは残酷だな......」
「そうなんです!許せないですよね!」
恥ずかしそうに下を向きながらボソッと小声で続ける。
「......私は......篠宮さんになら、切られてもいいですけど」
「ん?何ていっ——」
「いえ!なんでもありません!」
メガネをくいっと持ち上げる。
「とにかく、ゼロの事件を受けて、政府から依頼が来ているんです。
えーっとですね......詳しいことは今資料送りましたが......要するに、断髪欲求と被断髪欲求を数値化して欲しいという依頼です」
なるほど。断髪成功確率はもう既に個人的に開発済だから、少し手を加えれば簡単にできそうだな。
「わかった。すぐ取り掛かる」
「お願いします。この件は早急に対応して欲しいとのことですので......」
「うん、大丈夫。そうだなー……。
正確なリリース日は言えないけどー......再来週の定期リリースに間に合うように進めてみるよ。
それに使えそうなライブラリは既に開発済だし、デバイス側も要件を満たしている。
あとはアルゴリズムの部分をAIで開発するだけだから......」
「そう......なんですね。篠宮さんって......」
「え?何?」
「見た目によらず、案外すごい人なんですね」
「そう?別に普通だけど」
***
それから1週間、ほぼ会社に泊まりっきりで開発を進めた。
といっても、この時代の開発なんて、思考読み取りデバイスで思考を読み取り、その内容をAIにかませてプロトタイプを作る。
そしてそのプロトタイプに対して疑似レビュアーAIを巡回させて、次々に届くレビューに対して意思決定をするだけ。
ビッグデータの中から使えそうなデータをクローラーAIが探してきて自動テストしてくれるし。
後は最終的に人間が最低限のチェックをして終わりだ。
これのどこがすごいのだろうか?
僕にはわからないが、佐伯さんはこういうのに疎いのかな?
試作品が出来上がったので、社内で試すこととなった。
という口実が出来たのはすごく嬉しい。
だって、この機能を試すためという名目で女子社員に近づけば、色々踏み込んだ話も出来るし、あわよくば断髪だってできそうじゃないか!
そう思い、僕は社内で試すことにした。
そこで脳裏に佐伯さんの顔が浮かんだ。
そう言えば、切って欲しいって言ってたな?ちょうどいいから数値を見てみよう。
僕は佐伯さんを呼び出し、頼んでみることにした。
「佐伯さん。頼まれていた機能の試作品が出来たので、試させてもらってもいいかな?」
「はい......」
なぜか顔を赤らめている。不思議だ。
僕は脳内で起動時の言葉を唱え、新機能を起動した。
視界の端に、女性の断髪欲求値と被断髪欲求値がホログラムのように浮かぶ。
もちろん僕のみに許された隠し機能である断髪成功確率も。
「どれどれ......」
視界の右端に青白い数値が浮かぶ。
断髪欲求値:8%
被断髪欲求値:82%
断髪成功確率:88%
なるほど。断髪受け入れ態勢って感じか。
数値を見ると一層に胸が高鳴った。
「どうでした?」
「うん。想像どおりって感じだった」
「それって?」
「あー。まー、つまり、切られたいんだなって」
「......はい。あのー、良かったら今から......」
「もちろん!実際に切っているときの数値の動きも見たいし、行こうか!」
僕らはスキンシップルームへと足を運んだ。
***
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