1981年世界最強タッグ決定リーグ戦決勝。僕が「プロレスという麻薬」にハマった日。
中学1年の頃の自分にとって、プロレスとはチャンネルが合えばなんとなく観る、その程度のコンテンツでした。
それでも、ミル・マスカラスやファンクス兄弟の華やかさ、ブルーザー・ブロディの異様な迫力といった個性的な外国人レスラーたちに少しずつ惹かれ、土曜夕方の「全日本プロレス中継」を観る習慣が自然と身についてきた頃のことです。
伝説の一夜、蔵前国技館
舞台は蔵前国技館。世界最強タッグ決定リーグ戦の決勝戦、ザ・ファンクスVSブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ。
事前情報が一切なかったため、スタン・ハンセンが突如リングサイドに現れた瞬間、思わず画面に釘付けになりました。「ファンクスは大丈夫か?」とハラハラしながら観ていると、案の定の試合介入。ラリアットを喰らったテリーが立ち上がれない姿には、純粋にショックを受けました。
試合はブロディがキングコングニードロップでドリーをピンフォール。大物外国人同士の対決といえば不透明決着が当たり前だっただけに、これにも驚かされました。試合後、食い下がるドリーを3人がかりでボコボコにする光景に、中学生の僕はただ口をあんぐりと開けて画面を見つめていました。
馬場さんが、ハンセンと渡り合った
そこへジャイアント馬場とジャンボ鶴田がファンクスの援護に乱入。最大の衝撃は、馬場さんがハンセンと互角に渡り合い、ついにはハンセンの額から流血が滲んだことでした。
(後年になって、ハンセン本人が自らカットしていたと知るわけですが……。)
その日から何かが変わりました。次週の放送が待ちきれず、TV中継を欠かさず観るようになり、『別冊ゴング』を毎月買い求めるようになり、気づけばプロレスという名の麻薬に完全に染まっていたのです。
45年後も、あの夜は色褪せない
あの試合に絡んだレスラーたちは、ハンセンとドリーを除いて全員が鬼籍に入りました。もう45年も前の出来事なのに、あの夜の興奮は今もありありと蘇ります。
いまでも会場に足を運び続けていますが、あの時に感じた震えるような高揚感は、きっと二度と味わえないでしょうなぁ……。
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