稲毛事業部 STORY | vol.025| 無限大の可能性
大学入学共通テスト
明けましておめでとうございます。竹鼻です。
新年一発目の投稿ということで、気合を入れてまいります。
(投稿が大幅に遅れてしまい申し訳ありません!)
さて、昨日は大学入学共通テストがあったみたいですね。
私がセンター試験を受けたのは2014年なので12年前(12年前!?)で、
そのセンター試験が共通テストに変わったのが2021年なので、
僕ら世代には耳馴染みのない共通テストも今年で5年目ということですね。
時の流れは早いですね。。
まあそんな30代のおじさんムーブは置いておいて。
受験生のみなさんにとっては一大イベントです。
人生が懸かっているといっても過言ではない。いや過言か。
少なくとも、僕が当事者の時は
「人生懸かっている」「失敗したら人生終わる」と思ってました。
大人は言うわけですよ。
「君たちの目の前には無限大の可能性が広がっている。だから頑張れ」と。
これって頑張っても結果が出なければ可能性がなくなる。
ってことですよね。当時の僕はそう思ってました。
本当にそうなんでしょうか。
大人の僕が考えてみようと思います。
そもそも、無限大の可能性ってなんでしょうか。
問題提起 : 無限大の可能性
「無限大」は、無数の、数えきれないほど大量のって意味ですよね。
「可能性」は少し難しそうです。
言葉そのまま受け取ると、可能性≒確率のことですからy/xで表せるはず。
とすると分母xが無限大にあったら確率は果てしなく小さくなっていくので、違いそう。でも分子yが無限大にあっても分母xを超えた段階で発生確率100%を超えますので、これもなんとなく腑に落ちないです。
これは言葉の通り受け取ってはダメみたいですね。
大人の竹鼻が出した答えは、「可能性=選択肢の数」です。
つまり、何でも為せる、ってことです。
はい。早速2つのツッコミが高校生から飛んできそうです。
1つ目。「先生、頑張っても為せないこともあります。」
2つ目。「先生、何を為せばいいんですか。」
質問1 : 頑張っても為せないこともあります。
僕も人生30年、色々経験してきましたから「やればできる!」なんて
純粋無垢な瞳で高校生に訴えることはできないでしょう。
でも「頑張っても為せないことはある」なんて断言、絶対したくないです。
それは大人のエゴ。自分の人生における妥協を肯定したいだけです。
だって「為せない可能性」100%じゃないですよね。
例えば、野球部でレビュラー争いをしているライバルがいるとします。
自分よりも体格がいいし、センスもいい、成績も到底及ばない。
彼の背中は、かなり大きく見える。
でも、目の前の現実は不可能の証明ではありません。「現在地」の証明です。
勝てないという事実の証明じゃない。「まだ勝てないだけ」という事実が
あるだけです。そうやって背中を追って、追われて、
気づいたら2人して高いところにいる。ライバルってそういうものでしょ?
そして大人竹鼻は言いたい。
たとえ、為せなくともいいんです。勝てなくてもいい。
為したいとおもった熱量が、勝ちたいと思った情熱が生み出す行動量が、
気づかぬうちに君の未来の可能性を広げている。絶対に。
それは、もともと為したい成りたいと願っていた選択肢だけじゃない。
無限大の可能性が広がっていく。
「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」
質問2 : 何を為せばいいんですか。
これも飛んできそうな質問ですね。
竹鼻はこの質問があまり好きではありません。
何を為せばいいのか。まるで人生に正解があるとばかりに、
必死に答えを求める。
正解なんてありません。あえて言うのであれば、
人にとっての正解というのは「生まれて」と「死ぬ」の2つしかない
と思うんです。母から生まれて、いつか息絶えるまでのたった一回の旅。
あなたが旅先でなにをしようが、全部あなたの自由です。
そう、本質的な正解なんてあるわけないんですよ。
にもかかわらず、このご時世、スマホやテレビから流れる情報たちは、
あたかもそれが「本質的」であるかのような顔をしています。
「英語をやれ。」「FIREしろ。」「筋トレしろ。」「婚活しろ。」
どれも選択肢の一つなだけであって、正解ではありません。
都会に住もうが田舎に住もうが、結婚しようがしまいが、
マイホームを買おうが賃貸に住もうが、大きな分岐点に思える選択も、
選択肢なだけで本質的な正解なんてありません。
こういう時代だからこそ、
「何を為せばいいのか」なんて質問が生まれるのでしょうね。
大量の情報に囲まれ、無数の選択肢を得ているにも関わらず、
「本質的な正解」を求めるばかりに、身動きが取れなくなる。
考えるのも辛い。だからなにも考えなくていいショート動画を見てしまう。
でもある時気づくんですよ。
あれ、結局なにも動いてない。
選べ
選んでください。
選択するんです。本質的な正解なんてないことが分かった上で、
あえて選ぶんです。そして行動してください。
視野を広げて、いろんな情報に触れて勉強することは大事なことです。
でも、視野を広げた結果、身動きが取れなくなっては人生がもったいない。
なので、時にはあえて視野を狭めることをおすすめします。
古くは宗教が、現代では推し活が、
この「視野狭窄」の強力さを物語ってます。
視野を狭めて、1つのことに熱狂する。
人生には、これをやる瞬間が絶対必要だと思います。
そして、時々思い出してください。
本質的な正解なんてない。人生はあなただけの自由な旅です。
無限大の可能性を持った高校生たちへ
