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きさらぎ山(最終話 違和感の正体と本当の始まり)【山小説】

 山と高原地図と国土地理院の地形図、そのどちらの地図に、前回見た時には間違いなく書かれていなかった『伊佐貫峠』と『きさらぎ山』が記載されていた……。

 どういうことだ?

 その地図上の『伊佐貫峠』と『きさらぎ山』の文字を指で強く擦ってみた。当たり前だけど、それらの文字は消えることはない。

 どういうことだ?

 僕は慌てて、机の上の MacBook を開いた。ブラウザで Google Map のページを表示してさせて『浄発願寺 奥の院』と検索した。画面中央に表示された『浄発願寺 奥の院』から北東に視線を移す。そこには以前は『537』と書かれていた小ピークに『きさらぎ山』と書かれている。そのすぐ東には『伊佐貫峠』の文字もあった。

 念のためにと、国土地理院の地理院地図のページも開いて確認してみた。同じだった。

 どういうことだ?

 何が起こっている。

 僕は「あっ!」と思い出した。そういえば、バタバタしていたせいですっかり忘れていたけど、当日、デジカメで写真を撮っていたことを忘れていた。僕はザックの中に入れっぱなしだったカメラを引っ張り出して、MacBook に接続して、Lightroom を立ち上げ、取り込み操作を行なった。

 取り込みには数分掛かるので、僕は落ち着こうと、冷蔵庫から麦茶を出して、氷をいっぱい入れたグラスに注いだ。それを一気に飲み干し、もう一度、グラスに注いで机に戻った。

 取り込みは終わっていた。あの日は、約300枚も写真を撮っていたようだ。僕はそれを一枚一枚丁寧に時間を掛けて見ていく。

『きさらぎ山』の山頂には、僕が最初に見た通りに山頂標が写っていた。しかし、ここの山頂には『羽柴純恵』とすれ違った後にも再び来ている、そしてその時には山頂標は無くなっていた。しかし、いま見ている写真には『きさらぎ山 537m』と書かれた山頂標が写っていた。確かに2回目にこの山頂に立った時には山頂標は無かった。しっかり確認したので間違いない。記憶違いなんてことは無い……はずだ。

 僕は、釈然としない思いで、他の写真をパラパラと送っていた、その時一枚の写真で手が止まった。その写真にチェックを入れると、30分前に通った時に撮っていた同じアングルの写真にもチェックを入れて、ふたつの写真を並べて比べてみた。

 やっぱり……。

 その写真には、『きさらぎ山』と書かれたピークから少し進んだところの、尾根を離れる分岐が写っていた。結局、ここは何度か往復することになるのだが、最初に通った時に撮った写真と、最後に通った時に撮った写真に明らかな違いがあった。

 僕はこの2枚の写真の同じ所を拡大表示した。

 最初の写真には、その分岐に立てらた道標に『浄発願寺奥の院 0.9km』方面と『日向薬師 1.9km』方面の二分分岐になっているのに対して、最後に通った時の写真には『浄発願寺奥の院 0.9km』は同じだけど、もう一方面は『きさらぎ山 0.3km』と書かれていた。

 これは山中を歩いている時には全く気が付かなかった。しかし、目の前にある写真を見る限り、僕が歩いてきた方向が『日向薬師 1.9km』から『きさらぎ山 0.3km』に変わっている。まさか誰かが、いたずらで書き換えたなんてことはないだろう。

 この30分〜1時間ほどの間に何かが変わっている?

 僕が山の中で会った『羽柴純恵』と倒れていた『羽柴純恵』。山の中の『羽柴純恵』は七年前と変わらない容姿をしていたのに対して、倒れていた『羽柴純恵』は七年の経過を思わせる容姿をしていた。これも何かの意味があるのか?

 僕はどんなに考えても答えなんが出ないような気がして、MacBook を乱暴に閉じた。

 その時、スマホが鳴った。

 画面には「警察 袴田」と表示されている。何だろう? さっき電話を切ってからまだ1時間も経っていないぞ。何か言い忘れたか、それとも聞き忘れたことでもあるのか?

 どうする? 無視するか? でも、僕には警察からの電話を無視する勇気なんか無い。無視して変な疑いを掛けられても嫌だし……。いやいや、そもそも疑われるようなことは何ひとつしてないし……。

 どうする? どうする? 何も悪いことはしていないのに、まるで、犯人が追い詰められて、もう逃げ場がなくなり観念した気分になっている。

 僕は大きく深呼吸して画面を指でなぞってスマホを耳に当てた。

「もしもし……」

「あっ、はい、そうです……」

「はい……はい……はい?」

「えっ? それって一体……」

 完

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