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冷徹メガネと天職探しの旅 第35話 未経験

第35話 未経験
 まだ少し濡れている髪のまま机に座った。机にノートを広げて今感じていることをとにかく書き出していった。未経験の人事転職の体験談は少ない。しかし未経験で人事になる人もいるはずだ。新卒から人事のパターンもあるだろうが、それはあまり聞いたことは無い。多くが他の職種を経験して移動もしくは転職のパターンだろう。もし転職で未経験ならどのような人材が成功するのだろうか?営業で大切なのは自社の商品を知り、相手のニーズと擦り合わせることだ。今回は自分の強みは営業経験だ。
人事職で必要とさせれる能力とは何なんだろうか。僕は携帯で人事の仕事を調べてみた。採用活動は人を集めて、面接で見極めて、入社意向を上げて採用。その後はフォローや教育を行っていく。近年は売り手市場のため内定辞退も多く、意向上げが重要で攻める姿勢が重要となる。僕は携帯で得た情報をノートに書きつける。そして集客、意向上げ、フォローのところに赤ボールペンで大きく丸をつけた。面接などの見極めはやったことがないのでできない。しかし集客に関してはAIのセミナーを開いて見込み客を集めた経験がある。また意向上げに関しては商談時にお客様のニーズをくみ取り販売に繋げる活動をしてきた。これは面接時の意向上げにも直結してくるのでなないだろうか?
僕は3色ボールペンをカチカチと鳴らせた。緑を選択して“従業員フォロー=既存顧客”とノートの端に記載する。フォローも既存のお客様の対応と似ている部分がある。従業員に変わっるだけだ。
違った職種だがやることは似ており説明の仕方では応用が利くと思って貰える。僕はワクワクしながら人事職へ向けての自分を売る方法を考え続けた。

仕事では紹介案件が少しずつ増えていった。最初から意図していたわけではないがお客様に真摯に向き合うことによって社長のネットワークで上手く紹介して貰える流れになった。売り上げは皮肉なことにプログラム最終月で目標を上回ることが出来ていた。嬉しいような、しかしもう辞める事を決めているので空しいような複雑な気持ちだった。
会社の帰りの電車で転職サイトを開く。人事関連の求人は少ないが見つけることができた。採用担当、労務関係など多岐に渡る。それらの求人を見ていてもピンと来るものが無かった。なぜピンと来るものが無いか自分自身で考えてみた。それは人事で働く目標、意味が自分の中でまだ固まっていないからでは無いかとボンヤリと頭に浮かんだ。電車から流れるネオンを見ながらひとり考えていた。
駅から自宅までを歩いている間に急激な空腹を感じてスーパーにより生姜焼き弁当を購入した。袋に入った生姜焼き弁当が横に崩れないように注意しながら歩く。明日は介護関係の企業の面接だ。会社説明会で優しく説明をしてくれた人事担当の顔が思い浮かぶ。今回は営業を募集の面接だから今人事になりたい気持ちが膨らんでる自分には複雑な心境だ。この気持ちを正直に打ち明けるべきか。打ち明けたところで不採用になるだけだからと考えが頭をグルグルと回っていた。自宅に帰ってから生姜焼き弁当を食べたら眠くなってきた。睡魔と闘いながら明日の面接する会社情報を調べて自分自身の履歴書と職務経歴書を確認をした。

スマートウオッチの振動で目が覚める。時計を確認したら7時だった。普通土曜日は9時ぐらいまで寝ているので起きるのが辛かったがどうにかして布団から出て顔を洗った。トーストにバターを塗り寝ぼけた状態で食べる。普段は見ない土曜朝の番組を見ながらスーツに着替えた。天気は快晴だ。スーツを着ていると少し汗ばむかもしれない。時計を見ると8時近くになっていたので急いで家を出た。

電車の中はガラガラだった。以外にもスーツを着ている人も複数名居る。土曜日も出勤は大変だよなと考えながら。自分もスーツを着ていることに気づいた。最終面接前の確認をするために再度携帯を開いて情報を確認した。
大宮駅で降りて15分ぐらいのところに本社は在った。4階建てのビルで築年数は20年程度たっているだろうか。お世辞にもお洒落とは言えないビルだった。受付の電話で2階の総務部に電話をする。1コールで電話が繋がった。電話先の声は会社説明会で会った人事担当者の声だった。

僕は少しほっとして緊張がほぐれた気がした。2階に上がるとこじんまりとした事務所が在った。40名程度の社員が昔ながらの白いデスクに座り仕事をしていた。
「面接で参りました荒田と申します」
受付近くに座っていた40代のメガネをかけた女性に声をかけた。
「少々お待ちください」
少し慌てた口調で急いで席を立ち奥に向かった。奥には会社説明会で会った人事担当が座っていた。どうやらかなり上の役職のようだ。奥に座る人事担当者と目が合い会釈をした。彼は茶色い革のバインダーを片手にこちらへ向かってきた。
「本日はお越しいただきありがとうございます。人事部の御輿と申します。よろしくお願いします」
御輿さんは深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
僕も同じように頭を下げた。
「それではこちらに」
御輿さんはエレベーターの方に向かい自分も後ろからついて行った。
「会社説明会以来ですね」
「そうですね。あの時はありがとうございました」
「覚えて頂いていて嬉しいです。もう二ヶ月ぐらい経ちますかね。この年になると月日が経つのが本当に早くて」
御輿さんは笑いながら言った。エレベーターに乗り4階に向かう。どうやら面接は一人で実施するらしい。他社だと2名パターンが多いので意外だった。4階にも複数の部屋があり、一番奥の部屋へ通された。中は予想よりも広くて通常は会議などで使用される部屋のようだった。壁には企業理念が掲げられている。
「それではこちらにお座りください」
自分が奥の席に座り、御輿さんが目の前の席に座った。不思議と緊張はしていなかった。御輿さんが雰囲気を作ってくれていたからだ。普段の面接とは違いかなりリラックスしていた。しかしあまりリラックスしすぎるのも良くないと思い背筋を再度伸ばし、浅く席に座った。
「それでは面接を始めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
御輿さんが笑顔で言った。


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