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冷徹メガネと天職探しの旅 第31話 現実

第31話 現実
メールを開くのボタンを押すのに躊躇をしたが勇気を出してメールを開いた。「この度は弊社選考にご参加頂き誠にありがとうございました。最終面接の結果 今回は荒田様のご希望にはそえない」そこの文章まで読んで僕の頭は真っ白になり、周囲の音が消えた。真っ暗な冷たい部屋に1人取り残された気がした。
その後に浮かんだのは「嘘だッ!」という思いだった。電車を待つ列からズレてもう一度メール文章を確認する。何度文章を確認しても内容は変わらない。信号機の警告音が頭の中かで鳴り響く。それが本当に鳴っているか幻聴なのかわからない。僕は無意識で歯を強く閉じていた。喉から「ちくしょう」という言葉が盛れる。握った手の爪が皮膚に食い込んでいるのがわかる。
衝動的に携帯を投げそうになったが腕を上に上げたところで何とか踏みとどまることができた。その後は体全身の力が抜けて数十分ベンチに座っていた。力の入らない足を持ち上げプラットフォームまで歩く。プラットフォームに柵などは無い。目の前に電車が通過していく。一歩踏み出せばそこには死の世界が待っている。日常と死の境界線はこんなにも簡単に乗り越えてしまえるのだなと足元を見てぼんやり考えていた。
電車がやってくる。スピードは落としているが正面から当たれば死んでしまうスピードだ。浅見さんに振られたこと、藤原マネジャーや佐藤の顔、谷口さんの消え入りそうな声、綺羅びやかな会社のオフィスから見える景色、不採用のメールで頭が溢れる。暗いホームから引き込まれるような感覚。
パァァァァァァッッッッッ!!
耳をつんざくような警告音にハッとして後退りをした。目の前で電車が高速で過ぎていく。僕は踵を返して自販機の付近で立ち尽くした。何人もの人が電車から吐き出されて行くのをただただ眺めていた。

どうやって家に帰ったかは覚えていない。いつもの習慣で気がついたらベッドに横たわり着替えもせず寝ていた。
カーテンの隙間から漏れる光で目が覚めた。時計を見ると10時を超えていた。昨日のことを思い出し、また憂鬱な気持ちになった。起きる気が出ずにボンヤリとしたままベッドで寝そべっていた。嫌な画像が頭に浮かんきそうだったので顔を枕に押し付けジッとした。
そのままベッドに居続けようと思ったが急激な尿意に襲われ渋々トイレに行った。トイレから出て洗面台の鏡を見ると、そこには髭面のさも自分が世界で一番不幸だと思っている男の顔が写っており、少し笑えた。その後に襲ってきたのが空腹感だった。考えてみれば昨日の夜から何も食べていない。冷蔵庫を覗いてみたが空だった。
僕は仕方なく顔を洗い服を着替えた。ネイビーのニューバランスを履いて携帯だけを持ってファミリーマートマートへ向かった。ファミリーマートでプライベートブランドの安いほうじ茶と焼肉弁当を購入した。家に持って帰って食べようと思ったがゴミが出ることが嫌だったのでフードコートで食べた。濃い味の焼肉弁当が胃に流し込まれる。体が欲していた味だった。最後にほうじ茶を飲むとホッと一息つくことができた。外を見てみると曇りがちで太陽の光は見えなかった。
空腹が満たされるとまた同じように不安な気持ちが湧いてくる。その気持ち押し込めるようにお弁当の空をパンパンになっているゴミ箱に突っ込んだ。ポケットに手を突っ込んで歩く。気がついたらいつもの公園に来ていた。ベンチに座り一人時間を過ごす。砂場では子どもたちが遊んでいる。シャベルを取られて大泣きをしている子供がいる。僕も子供みたいに感情を出せたら幾分楽になるのにと思った。もう随分本気で泣いていない。ズボンに入れていた携帯から振動が伝わってきた。谷口さんからの着信だった。
「もしもし」
「荒田さん、今大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
「会社辞める時に挨拶もせずに、すいませんでした」
「いやいや、大変だったみたいですし」
「本当は辞めたくなかったんですけど、小さい部屋で人事と上司に詰められて退職届けにサインをしてしまいました」
「そんなことがあったんですね」
「その時は絶対に辞めたくないと思っていたんですけど、今は体が軽くて症状も消えて気分は良いです。なんであんなに辞めたくなかったのかが今では不思議です」
確かに谷口さんの声は以前より明るくなっていた。
「体調が良くなったのは良かったですね」
「でも無職ですからね。退職金もいつ底をつくかドキドキです」
言葉と裏腹に声には力があった。
「実は私も退職勧奨を受けていたんです」
誰にも言いたくなかったが谷口さんには言える気がした。
「何で荒田さんが!?」
「なので私も転職活動しています」
「荒田さんは売上も悪くないのに、あいつの嫌がらせですね」
谷口さんは自分のことのように興奮した。
「会社の決定なので仕方がないです」
「転職活動はどうですか?」
「恥ずかしい話、第一志望に最終面接で落ちて絶望しています」
「そうなんですね…」
「ごめんなさい、こんな話をして」
「俺と一緒ですね!いや俺なんかまだ活動も始めてないですが!」
谷口さんは笑って言った。
「そうですね、またゼロからのスタート。一緒に頑張りましょう!」
「荒田さん。前職では質問に丁寧に答えてくれたり、色々と助けて頂きありがとうございました。荒田さんが居たから会社を続けられましたし、辞めたくないと思っていました。うちの上司や人事はクソです。荒田さんみたいな人が上司だったり、人事だったらどれほど良かったか」
「そんな風に言って貰えると、嬉しいです」
「また連絡してもいいですか」
「もちろんです」
僕は静かに携帯を切った。空を覆っている雲の隙間から光が差し込んでいた。ゼロからのスタート。僕にはまだゼロにするためにやらなければいけないことがあった。僕はラインを開いて浅見さんにメッセージを送ることにした。浅見さんとのラインは3ヶ月前で止まっている。これからメッセージを送っても既読がつかないことも考えられたが、僕は文字を打ち始めた。できるだけ飾らず、そのままを書くのには言葉を探すのが難しかった。何度も書き直した。謝罪の言葉、今まで話していた転職の知識は天神さんから教えて貰ったこと。新宿で会っていたのはその天神さんであること、第一志望の会社の最終面接に落ちたこと、そして可能ならまた会いたいことを。

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