小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第11話 Lesson1 興味・関心を知る
第11話 Lesson1 興味・関心を知る
「30万円・・・」
僕は背中を丸くしながら契約書に目を落としていた。30万円は僕の貯金ほぼ全てだ。こんな大金を払うかどうかすぐに決めることはできない。
「天職が見つかり自分の強みが活かせる職につければ30万以上の価値はあります」
天神さんはチラッと時計を見た。長方形のシルバーの時計だ。
「お昼休みは大丈夫ですか」
時計を見るとあと5分で13時だった。周囲のお客さんも帰る準備をしている。
「少し考えさせて頂いてもいいですか」
「いいですよ。しかし他の依頼が入りスケジュールに余裕が無い場合はお断り、もしくは数ヶ月待って頂くことになります」
「わかりました」
天神さんは食器をテーブルの端に寄せてノートを鞄にしまった。無駄がないスマートな行動だった。僕の頭には昔誰かが言った“チャンスの神様は前髪しかない”“決断しないこと。それ自体が決断である”という言葉を思い出していた。
天神さんは立ち上がり頭を軽く下げた。
「それでは」
鞄を持ってレストランから出ていった。僕はいつも決断が出来ない。ダラダラと決断を先延ばしにしてしまう。今の会社も何度か辞めようと思っていた。そのタイミングはあったし、もっと若い時に辞めていたら選択の幅は広く違う人生になっていたかもしれない。結局は行動をせずに不本意な結果になった。もう決断をしないことで後悔したくない。
「ちょっ待ってください」
僕は慌てて席を立ちお会計をしている天神さんに話しかけた。
「今日は私が払っておきます」
「契約を結びます」
僕は急に立ち上がったので息が切れていた。
「30万円ですよ」
天神さんは私の顔を見つめて言った。こんな時だが美しいと感じた。
「30万円払います!」
僕は胸を叩いて笑顔で答えた。天神さんは未だ無表情だ。
「本気で天職を見つける覚悟はありますか」
天神さんの目がメガネの奥でキラリと光った気がした。僕はゴクリとつばを飲み込んだ。
「あります!」
天神さんの目をしっかり見て答えた。天神さんは口角を小さく上げ微笑んだ。今日初めての笑顔だった。可愛すぎて鼓動が早くなるのを感じた。
「まだ時間はありますか?」
「次のアポまでまだ時間があります」
「それでは行きましょう」
天神さんは鞄を持って颯爽と歩いて行った。身長は高くないのに異常に歩くスピードが早い。僕は早足でついて行った。
「天職を探す時に大切なのは自己分析です」
歩きながら喋る天神さんと並走して僕は必死にメモを取った。
「自己分析をすることで強みや性質がわかり適切な職につくことができます」
天神さんは古い喫茶店に入っていった。昭和な雰囲気のするレトロな喫茶店だ。しかしよく見ると掃除がしっかりとされており清涼な空気が流れている。
「いらっしゃいませ」
ダリのような口ひげをしたマスターが丁寧に挨拶をした。天神さんは奥の席に進んで行った。僕たちが席に座るとマスターがやってきてお手拭きをテーブルに置いた。
「いつものください」
「畏まりました」
「荒田さんはどうされますか」
「えっとコーヒーください」
マスターは伝票に注文を書き入れ奥に消えていった。心地良いBGMが流れている。
「さて、続きになります」
僕はノートを取り出しメモを取る準備をした。
「自己分析の一番最初のステップは興味・関心を知ることです」
「なるほど」
「興味・関心を知ることで業界を決めることができます」
「さっきもお伝えしたのですが正直自分が何に興味・関心かあるかわからないです」
僕はうつむいて答えた。マスターがアイスクリームとサクランボが乗ったメロンソーダとコーヒーを運んできた。
「ご注文頂いたメロンソーダとコーヒーでございます」
天神さんはペコッと頭を下げてアイスクリーム部分をすくって食べた。天神さんのキリッとした雰囲気とメロンソーダが何ともアンバランスだった。
「自分の興味・関心がわからないのは普通のことです」
「そうなんですか」
「子どもの時は自由に興味を持つことができますが年齢を重ねると親、学校、社会から求められる要求によりどんどん自分の興味や好きが追いやられます」
僕はうなずきながら天神さんの話を聞いた。
「いつの間にか自分の興味や好きが何かわからなくなります」
天神さんは最後のアイスクリームをすくって丁寧に食べた。
「そしたら僕が自分の好きや興味・関心があることがわからなくても普通のことなんですね」
「異常ですが現代では普通と言えます」
天神さんは口をナフキンで拭いている。
「でもどうすればいいんですか?」
「荒田さんは最近何を買いましたか?」
唐突な質問で僕は少し困惑した。
「買ったものですか?」
「複数教えて下さい」
記憶を振り替えってみる。
「最近買ったのは高機能なボールペン、転職の本とかですかね」
「衣食住以外で頻繁にお金を使っていることは何ですか?衣食住でもこだわりがある買い物があれば教えて下さい」
天神さんはノートブックを取り出してメモを書いている。
「あとはちょっと言いづらいんですが化粧水とか美容にはお金を使っています」
天神さんは表情1つ変えずに話を聞いている。
「化粧水ですか」
「元々肌が弱くてニキビとか出来やすい体質だったので。今は年齢も重ねているのであまりニキビは出ないのですが、食べ過ぎると口もとが荒れます。なので恥ずかしい話ですが美容や化粧品にはお金を使っています」
何だか秘密を暴露するようで少しハズカシイ気持ちになった。
「恥ずかしいことはありません。男性でもケアは重要です」
天神さんはメロンソーダを一口飲んだ。
「お金を使うということはそれに価値を感じているということです」
「価値」
「例えば服にお金を散財する人もいれば食にお金を使う人もいます。それぞれ価値を感じていることに人はお金を払います。そして価値を感じることは興味・関心があるということです」
僕は服に興味が無いのでほとんど服にお金は使わない。ユニクロかguでしか私服は買っていない。服にお金をかける人はやはり服に興味・関心があるのだろう。
「つまりお金をかけることにその人の興味・関心が表れるということですか」
「そのとうりです。荒田さんの場合は文房具や美容が価値を感じるジャンルのようですね」
確かに文房具や美容のお店に行くと時間を忘れてじっくり見てしまう。
「興味・関心を見つける方法はお金の使い方を知る以外にもあります」
天神さんは咳払いをして話を続けた。
