冷徹メガネと天職探しの旅 第29話 最終面接
今日は最終面接が2本控えている。第一志望では無いが勢いをつけるために受かっておきたい。本当だったらしっかりと対策をして望むべきだったがTとの出来事があってからどうしてもモチベーションが上がらず準備をすることができなかった。天神さんもアメリカに行き忙しいので相談もしなかった。仕事でもミスが続いた。お客様とのアポイント時間を間違えるなど迷惑をかけてしまった。藤原マネジャーからも激しく叱責された。こんなに浅見さんとの出来事で自分が落ち込むとは思っていなかったので自分の事ながら驚いていた。
「どうした浮かない顔して」
同僚の佐藤が横に座っていた。
「特になんでもないよ」
僕は力なく笑った。
「谷口さんのこと知ってる?」
「谷口さん?」
僕は何のことかわからず戸惑った。
「休職するみたいだな。適応障害らしい」
「適応障害・・・」
「会社に来れなくなったり、体調不良になるらしい。あいつがそんなに繊細には思えないけどな」
佐藤は笑いながら言った。谷口さんと連絡は取っておらず、それほど大変な状況とは知らなかった。精神的に追い込まれていたのだろう。谷口さんのことを思うと胸が痛んだ。
「そうなんだ」
僕はデスクに置いてあるマグカップの蓋を開けてお茶を飲んだ。早くこの職場を抜け出したいと強く思った。午前は過ぎ去り、僕は最終面接に向かう為に鞄に急いで荷物を詰め込んだ。
「一緒に昼飯食いに行くか」
佐藤が背伸びをしながら言った。
「今日は午後休なんだ」
忘れ物がないかデスク周りを見た。
「振休?」
「いや、有給。ちょっと用事があって」
「そうか…」
佐藤はPCに文字を打ち込みながら言った。僕は佐藤のことは気にせず、カバンを持って会社を急いで出た。
その日の最終面接は散々の出来だった。しっかりと準備をしていなかったこともあり2社の情報が混じってしまい、受け答えが上手くできなかった。最終面接独特の雰囲気もあり、笑顔は作ることができず、焦りが混乱を呼び受け答えをチグハグにしていた。午後一から始まった最終面接も2つ終わるころには夜になっており風が冷たく吹いていた。天神さんに今日の散々な出来を伝えようとしたが、僕はラインの文章を途中まで書いて消した。ポケットに携帯と手を突っ込んで歩いていると振動が伝わってきた。携帯を見てみるとwからの発信だった。僕はスワイプして携帯を耳に当てた。
「荒田さん、今大丈夫ですか?」
谷口さんの暗い声が聞こえた。明らかに疲れている。
「大丈夫ですよ」
僕は人の流れから外れて立ち止まった。
「実は今、会社を休んでいます」
「そうなんですね」
谷口さんの声はやはり暗い。
「先週の月曜日に会社へ行こうとしたら動悸が激しくなって冷や汗が出るようになったんです。自分の体では無いような気がして」
谷口さんの震えるような声からは悲壮感が伝わってきた。
「会社に行くのはとても無理だと感じました。その日は体調不良だと思って1日休めばどうにかなるだろうと思っていました。でもその次の日も同じような症状が出てしまって…まさか自分がこんな状態になるとは夢に思っていなかったです」
「今も体調は優れないのですか?」
「会社に行っていないので動悸や体調不良は無いです。なんだか働く気がない人間みたいですね」
谷口さんは自嘲的に笑った。
「病院には行きましたか?」
「適応障害とのことでした」
「適応障害…」
「少しゆっくり休んで今後のことは考えたいと思います」
「そうですね。ゆっくり休んでください。また体調落ちついたら一緒にご飯食べましょう」
「ありがとうございます」
僕は静かに携帯電話を切った。谷口さんのことを思うと心が締付られる思いだった。
谷口さんの“自分がこんな事になるとは思わなかった”という言葉が反芻していた。もし第一志望の最終面接に落ちてしまったら自分はどうなるのだろうか…と恐怖が襲ってきた。自分の頭を振ってその妄想を振り払おうとしたが中々そのイメージが頭から消えることは無かった。
朝カーテンを開けると淀んだ雲が空を覆っていた。今日は第一志望の最終面接日。前回の反省から前日にしっかりと準備をした。準備をしすぎて少し寝不足だ。顔を洗って会社の準備と履歴書原本をカバンに入れる。今日も午後休みを取っている。そろそろ有給も少なくなっている。本当に今回の面接で決めるしかない。僕の心は最終面接のことでいっぱいだった。
午前中の商談を終え直行で帰ろうと思っていたが、どうしても今日提出しなければならない資料があり会社に戻ることにした。会社に戻る電車では最終面接企業の情報を再度整理していた。
会社に到着して、いつもとは違う入口に近いデスクで発送準備を行った。
「今日はここで作業をしているんだ。珍しい」
藤原マネジャーが話かけてきた。
「ここで仕事しているの珍しいな」
「気分転換がしたくて」
僕は曖昧に笑った。
「あとでルームFに来てくれ」
「えっ?ちょっとこの後」
藤原マネジャーは僕が喋り終わる前に自席に戻って行った。時計を見ると13 時。最終面接の時間は15時からなので余裕を見て13時30分には出たい。14時だとギリギリだ。藤原マネジャーの話も1時間はかからないだろう。僕はお客様への資料作りを終わらせてルームFに向かった。ルームFでは藤原マネジャーが座って待っていた。
「遅れてすいません」
無言の藤原マネジャー。僕は急いで席に座った。
「今月の売上目標は?」
「決定が200万、見込みが300万になっています」
「見込みってただの主観で客観的な事実があるの?」
「すいません」
僕は頭を下げた。
「最近行動力も落ちてるよね。今プログラムもやってるのにこのままじゃヤバイよ」
いつものような説教タイムが始まった。時計をバレないように見る。最終面接に遅刻しないためには残り20分程度で出なければいけない。僕は早く終わってほしくていつもより真剣に頷いた。
「ところで最近有給の取得多くない?」
嫌な質問が来た。
「家庭の事情やら色々と重なって」
曖昧に笑って誤魔化す。どこまで気づいているか表情からは読み取れない。
「今日も午後休取ってるよね」
藤原マネジャーの言葉が部屋に反響する。背中に冷たい汗が流れた。
「最近仕事に身が入ってないみたいだし、他の事に気が取られてるのかな?雇用契約をして給与を支払っているのだから、その分は真剣に働いて貰わないとね」
藤原マネジャーは腕組みをして顎を手の上に乗せた。
「時期変更権って知ってるよね」
藤原マネジャーが僕の目をジッと見る。
「有給の時期変更を会社側が提示できるの」
僕は嫌な予感で悪寒がした。
