「脳トレ」では説明できない違和感
コオーディネーション(Ko-ordination)の本当の意味
「脳トレーニング」「ブレイントレーニング」という言葉は、一般的には非常に受けが良い表現です。
しかし、私は以前からこの言葉に違和感を抱いています。
(わかり易いように私も使っていますが…)
なぜなら、人間の活動は
脳が指令を出し、身体がそれに従う
という構造では成り立っていないからです。
脳は司令塔ではありません
私たちは無意識のうちに、
脳=上位
身体=下位
という「会社組織のようなモデル」で人間を捉えがちです。
しかし、神経科学の視点から見ると、
脳は身体に命令を出す絶対的な司令塔ではありません。
脳は、
視覚
前庭感覚
皮膚感覚
筋・関節からの感覚
内臓感覚
といった各部位から入力される情報を統合・解釈し、次の予測を更新する器官です。
つまり、脳の役割は「指令」ではなく、解釈にあります。
変化は「脳」からではなく「入力」から起こります
現場で起きる多くの変化は、
脳を直接鍛えた結果
ではなく入力が変わったことによって、脳の解釈が変化した結果
として現れます。
視覚入力が変われば姿勢が変わります。
前庭からの情報が変われば重心制御が変わります。
皮膚や関節からの感覚が変われば、筋出力が変わります。
これらはすべて、
末端から中枢へ向かう変化です。
この点において、「脳トレーニング」という表現は、実態とズレていると言わざるを得ません。
コオーディネーション(Ko-ordination)という言葉の意味
私が「コオーディネーション」という言葉を使うのには理由があります。
この言葉の語源であるドイツ語 Ko-ordination の Ko には、
共に
相互に
並列に
対等に
という意味があります。
つまり、コオーディネーションとは、
どこか一部が支配し、他が従うこと
ではなく
複数の要素が対等な関係の中で秩序を生み出すこと
を指しています。
脳と各部位は対等な関係にあります
ここで最も重要なのは、
脳と身体の各部位は主従関係ではなく、対等な関係にあるという点です。
目が身体を支配するわけではありません
身体が脳を従わせているわけでもありません
脳がすべてを決定しているわけでもありません
それぞれの部位が情報を出し合い、
相互に制約し合いながら、
その瞬間における最適な動きが立ち上がります。
これこそが Ko-ordination の本質です。
「脳トレ」という言葉が生む誤解
「脳トレーニング」という言葉は、
脳が上位にあり
身体がそれに従う
という階層的な構造を前提にしてしまいます。
しかし、人間の神経系はヒエラルキー構造ではなく、
ネットワーク構造として機能しています。
そのため私は、
脳トレーニング
ブレイントレーニング
という表現をわかり易く伝えるために使用しますが、たぶん「うまく伝えられていないな」と感じています。
筋トレ、ランニング、サッカー、野球、テトリスも脳トレといってもいいし…
要はトレーニングの目的、視点の問題です。
私が行っているトレーニングをあえて言葉にするなら
私が行っているのは、
脳を鍛えることではありません
筋肉を鍛えることでもありません
神経系への入力を再設計し、
その結果として脳の解釈が変化する環境をつくることです。
脳は、直接変えようとしなくても、
入力が変われば自然と変化します。
結論
脳は司令塔ではありません。
身体と対等な一要素です。
そして、
対等な関係性の中から秩序が立ち上がること。
それがコオーディネーション(Ko-ordination)です。
