迷ったら一旦止まれ
昼めし時、
オレは、こういう場面をよく見る。
「今日はカレーな」誰かがそう言う。
テーブルの全員が、なんとなくうなずく。
だが、そこに一人だけ、
朝から、頭のなかがラーメンでいっぱいだったヤツがいる。
そいつは口を開きかけて、、、やめる。
「まあ、みんながカレーなら、いいか」
そうして、うすい満足のカレーを食べる。
食い終わって、店を出て、しばらく歩いてから、ポツリとこぼす。
「やっぱり、ラーメンにすればよかったな、、、」
お前にも、あるだろ。
こんなもん、単なる笑い話だ。
夜にラーメンを食えば、それで片がつく。
その日の損は、ラーメン一杯分。
所詮は、かわいいもんさ。
だが、やっかいなのは、その損が小さいってことだ。
一杯分の後悔なんざ、次の日には忘れてる。
忘れるから、また同じことをやる。
安いから、気づかないうちに、じわじわと、体にしみついていく。
そう、
オレが気になるのは、そこじゃない。
その「まあ、みんなが」で決めちまう、癖のほうだ。
考えてみろ。
その癖をぶら下げたまま、お前はいつか、大きな場所に立たされる。
家を買う
仕事を変える
独り立ちする
金を動かす
誰かと、一生を約束する
そのどれもが「まあ、みんなが」で流れていったら、どうなる??
ラーメンと違って、夜に食い直しはきかないぜ。
しかも、だ。
大きな決断ほど、まわりは、やたらと威勢よく背中を叩いてくる。
「みんなやってるよ」
「いま動かなきゃ、損だって」
その声にうなずいて決めて、あとで転んでも、、、
まわりの誰ひとり、お前と一緒には、転んでくれない。
損をするのは、いつだって、お前ひとりだ。
世間は、好き勝手に言う。
「行け!」と言うヤツもいる。
「やめとけ!」と言うヤツもいる。
だが、その責任を取るヤツは、一人もいない。
オレも、どっちも言わない。
オレが見てるのは、行くか、やめるか、じゃない。
迷ったときに、一回、足を止められるヤツかどうか、だ。
迷いってのは、たぶん、心のどこかが引っかかってる合図だ。
情報が足りないのか。
なにかが妙にひっかかるのか。
ただ、こわいだけなのか。
理由なんざ、その場でわからなくていい。
ただ、一旦止まって、自分の目で確かめる。
確かめた上で「よし、行く」なら、そのときは迷わず行けばいい。
ここで一つ、お前に聞きたいことがある。
お前は、みんながカレーを頼むから、カレーにするのか??
あの有名人が薦めるから、その財布を開くのか??
流行ってるらしいから、その列にならぶのか??
それとも、お前のなかに、お前だけの「行く」と「やめる」を分ける、ものさしがあるのか??
そのものさしを持ってるヤツは、他人の声に、そう簡単には流されない。
そして、たとえ結果がハズレでも、「自分で決めた」って手ざわりだけは、ちゃんと手元に残る。
ものさしを持たないヤツには、それが残らない。
うまくいっても、なんとなく。
しくじっても、なんとなく。
自分の人生のはずなのに、どうにも、味がしない。
ランチなら、それでいい。
夜に、熱いラーメンをすすればいいだけの話だ。
だが、人生には、食い直せない一杯もある。
だからオレは、迷ったとき、行かないんじゃない。
一回、止まる。
その静かな時間で、自分に1つだけ、聞く。
「それ、本当に、お前が決めたGOか?」
その答えがYESなら、オレは、もう迷わない。
さて、お前のものさしは、どこにある???
オレは、鏡の前で待ってる。
🏰🐾
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