駅前のコンビニで働く佐伯は、閉店後のレジ締めが嫌いだった。
売上を合わせる作業そのものではない。
レシートの山を見るのが嫌だった。
誰かが買った弁当。
誰かが買った湿布。
誰かが買ったビール。
一枚一枚に、その日の生活が貼り付いている気がした。
ある雨の夜だった。
レジの横に、一枚のレシートが残っていた。
客の取り忘れだろう。
珍しく長い。
佐伯は捨てようとして手を止めた。
商品名が変だった。
牛乳
食パン
卵
ここまでは普通だ。
その下に、
「仲直り 1点」
と書かれていた。
金額は380円。
佐伯は眉をひそめた。
レジの不具合かと思った。
だが、そんな商品は登録されていない。
翌日も、そのレシートはレジ横にあった。
捨てたはずなのに。
また翌日もあった。
少し折れ目が増えただけで、同じ場所に。
気味が悪くなった佐伯は、休憩室のゴミ箱に捨てた。
翌朝、
レジ横に戻っていた。
「仲直り 1点」
380円。
まるでそこが定位置であるかのように。
その週の日曜。
小さな女の子が来店した。
お菓子を一つだけ持っている。
会計を終えると、女の子はレジ横のレシートを見た。
「あ」
と言った。
「どうしたの?」
「これ、おじいちゃんのだ」
佐伯は思わず聞き返した。
「おじいちゃん?」
「うん」
女の子は平然としていた。
「おじいちゃん、これ買ったんだよ」
「仲直りを?」
「そう」
当然のようにうなずく。
「誰と?」
「おばあちゃん」
佐伯は笑いそうになった。
だが女の子は真面目だった。
「でもね」
彼女は少し考えてから続けた。
「使わなかった」
雨音が店のガラスを叩いていた。
「使わなかった?」
「うん。買ったまま」
「なんで?」
「その前に、おばあちゃんがいなくなっちゃったから」
女の子はそう言った。
まるで昨日の話をするみたいに。
佐伯は何も言えなかった。
女の子はお菓子を抱えて帰っていった。
自動ドアが閉まる。
店内には蛍光灯の音だけが残った。
その夜。
佐伯は閉店後にレシートを見た。
何度も見た文字。
「仲直り 1点」
380円。
ふと裏返してみた。
今まで気づかなかった。
裏に小さな文字があった。
手書きだった。
震えた字で。
『先に謝られると困る』
たったそれだけ。
翌朝。
レシートは消えていた。
どこにもなかった。
ゴミ箱にも。
レジの中にも。
床にも。
それきり一度も現れなかった。
数年後。
佐伯は店長になった。
忙しい日々だった。
ある夕方、レジに並んだ老人が会計のあとで言った。
「レシート、いらないよ」
そう言って立ち去ろうとして、
ふと振り返った。
「でも、もらっとこうかな」
老人はレシートを受け取った。
少し照れくさそうに笑う。
「謝る予定があるんだ」
佐伯もつられて笑った。
老人は出口へ向かった。
自動ドアが開く。
その向こうに、腕を組んだ老婦人が立っていた。
怒っているようにも見えたし、
待っているようにも見えた。
老人は小走りで近づいた。
ポケットからレシートを取り出しながら。
二人は何か話した。
聞こえなかった。
ただ、
老婦人が先に笑ったことだけは見えた。
佐伯はレジの上を見た。
何もない。
もちろんレシートもない。
それなのに、なぜか少しだけ、
売り切れた気がした。
🏰🐾
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