記憶には、賞味期限があるらしい
この先も、その先も、記録に残す理由
初めて、歩けるようになった日を覚えていますか。
初めて、お手紙を書いた日のことを覚えていますか。
20年前の家族旅行。
あの空の色、あの匂い。
今、どこまで鮮明に思い出せるでしょうか。
あの定食屋も、いつか
部活動のオフの日。
仲間と通ったあの定食屋。
入口の引き戸を開けると、
少し油の匂いがして、
薄暗いライトが店内を照らしていた。
派手さはない。
でも、どこか家庭の味を思い出させる
落ち着いた空気が流れていた。
汗だくのまま座敷に座り、
冷たい水を一気に飲み干す。
運ばれてきた唐揚げ定食。
湯気が立ち上る味噌汁。
少し欠けた縁の皿。
「うますぎる」と笑いながら
夢中になって頬張った。
あの味は、一生忘れないと思っていた。
でも、
今、あの唐揚げを正確に説明できるかと聞かれたら、言葉に詰まる。
衣はどれくらいサクサクだったか。
味噌汁の味はどうだったか。
思い出話をしているときに、
「あれ、どうだったっけ」と言う回数が増えていることに気づいた。
きっと、あの時間も
いつか“大昔のこと”になっていく。
その瞬間、理解した。
「記憶には、賞味期限がある。」
15年という時間
ひいおばあちゃんが亡くなってから、15年。
写真を見て、やっと顔を思い出せるくらいに
記憶は薄れてしまった。
声も、背丈も。
もう今となっては、想像でしか補えない。
夏休みに家に遊びに行けば、
必ずキッチンに立っていた姿。
「もうすぐできるよ」
そう言いながら
特製のところてんを用意してくれた。
ひんやりしたガラスの器。
三杯酢の香り。
味は、正直はっきりとは思い出せない。
でも、
僕が美味しそうに食べる顔を見て
嬉しそうに笑ってくれたことだけは、
うっすらと残っている。
それさえも、
いつか曖昧になっていくのだろうか。
そう思うと、胸の奥が少し締めつけられる。
消えていく前に
時間は、音も立てずに
大切なものを削っていく。
悪気もなく。
ただ、静かに。
だからこそ、残す。
文字という形に。
美化される前に
人は出来事を、少しずつ整えていく。
悔しさは成長に。
痛みは思い出に。
それも悪くない。
でも、
あのときの生々しいリアルな感情は
その瞬間にしか存在しない。
震えるほど悔しかった夜。
胸がいっぱいになった日。
そのままの温度で残しておく。
それが、未来の自分への手紙になる。
今日の一行でいい
難しいことはいらない。
寝る前に、今日の一言を書くだけでいい。
「今日は悔しかった」
「今日は笑えた」
「今日はありがとうと言えた」
一行でいい。
その積み重ねが、
未来のあなたを守る。
この先も、その先も
薄暗いあの定食屋も。
ひいおばあちゃんのところてんも。
今この瞬間の感情も。
放っておけば、薄れていく。
でも、文字にすれば生き続ける。
この先も、その先も。
記憶を、記録に変えながら。
すまいる村の皆さんと一緒に。
