「本当にその夢、後回しでいいのか」3月11日に思うこと
本当にその夢、
後回しでいいのだろうか。
「いつかやろう」
「落ち着いたら挑戦しよう」
そう思いながら、
気づけば時間だけが過ぎていく。
僕もずっとそうだった。
でも3月11日になると、
どうしても思い出すことがある。
あの日、
教室のテレビに映っていた光景だ。
教室のテレビ
突然、先生が騒ぎはじめた。
普段はつけない教室のテレビがついた。
ざわざわしていた教室が、
一瞬で静まり返った。
そこに映し出されたのは、
信じられない光景だった。
波に飲み込まれる街
東北の街に、
大きな波が押し寄せていた。
燃え上がる家。
海の一部になった街。
道だったはずの場所は、
もう道の形をしていなかった。
当時の僕には、
それが今この瞬間に起きている出来事だとは
すぐには理解できなかった。
ただ、
教室の空気だけが重くなっていた。
何度も見てきたはずなのに
当時、僕は小学校3年生。
兵庫県で育った僕は、
低学年のころから毎年、防災学習を受けていた。
阪神淡路大震災の映像。
崩れた建物。
燃え上がる街。
何度も見て、
何度も考えさせられてきた。
それでも、
実際に起きている出来事を見たとき、
その恐ろしさは
初めて胸の奥に落ちてきた。
家に帰ってもテレビはニュースばかり。
ニュース。
CM。
またニュース。
当時の僕には、
正直つまらない時間にも感じていた。
でも今思えば、
あの時間は
多くの人の人生が大きく変わった時間だった。
流されてしまったもの
こうして文字を書いていると、
ふと思うことがある。
あの波に流されたのは
街だけだったのだろうか。
きっとそこには、
数えきれない夢があった。
サッカー選手になりたい。
ケーキ屋さんになりたい。
先生になりたい。
大人にも夢があっただろう。
いつか自分の店を持ちたい。
家族を幸せにしたい。
子どもを大学に行かせたい。
そんな未来が、
あの日突然遠くへ離れてしまった人もいるかもしれない。
環境が一瞬で変わった人もいるだろう。
もしかすると、
「人を助けたい」という夢の
叶え方そのものが変わった人もいるかもしれない。
今日も生きている
3月11日の夜になると、
毎年思うことがある。
今日も生きている。
ありがたいことに、
こうして元気に生きている。
夢を持つことができる。
夢を語ることができる。
そんな環境がある。
でも正直に言うと、
僕はその環境の中で
何年も足踏みしていた。
今の時間は永遠じゃない
この世界は、
次の瞬間に何が起きるかわからない。
それなのに僕たちは、
今の時間がずっと続くような感覚で生きてしまう。
「そのうちやろう」
「もう少ししてから挑戦しよう」
そう思っている間にも、
時間は静かに流れていく。
そして気づかないうちに、
可能性も一緒に流れていく。
3月11日は、
そんな僕たちに問いかけてくる。
本当にその夢、
後回しでいいのか。
一歩は、今踏み出す
挑戦への一歩が重たいとき。
そのときこそ、
もう一度考えたい。
未来は、
いつも用意されているわけじゃない。
だからこそ、
一歩は、今踏み出す。
ときを待っているうちに、
その可能性すら
流れてしまうかもしれないから。
悩めることは幸せ
自分のことだけで悩める日々。
それは
どれだけ幸せなことだろう。
小さなことで悩んで、
落ち込んでいた自分が
少しだけバカらしく思えてきた。
今日も生きている。
夢を語れる。
挑戦できる。
それだけで、
本当はとてもありがたいことなのかもしれない。
今日も生きている。
それは
未来を選ぶ権利が、まだ自分にあるということだ。
さあ、
今日も前へ進もう。
