ベトナムのカフェはもう「コーヒーを飲む場所」ではない
カフェに長居するのが、ベトナムの「普通」

ベトナムのカフェに初めて長時間座ったとき、少し驚いた。隣のテーブルの大学生はノートパソコンを広げたまま3時間いる。向かいのカップルは特に急ぐ様子もなく、ただそこにいる。
「飲み終わったら出る」という感覚が、そもそもない。
カフェは飲食の場というより、社交・仕事・勉強・デートの場として使われている。Wi-Fiと電源と居心地のよい空間があれば、それで十分なのだ。この文化が根づいているから、チェーンも個人店も「長く居られる空間」を競うように磨いてきた。
Highlands Coffee、Phúc Long、The Coffee House……都市部の好立地を巡る競争は相当に激しい。角地や主要交差点、モール内の一等地を先に押さえたチェーンが、そのまま「街の顔」になっていく。後発がそこに割り込むのは、正直なかなか難しい。
「飲み物だけ」では差別化できなくなった

ただ、空間だけで戦えた時代も、そろそろ終わりに近づいている。
最近のカフェで目立つのは、フードメニューの充実ぶりだ。サンドイッチ、パン、ケーキ、スイーツ——「コーヒーのついでに」ではなく、フードそのものを目当てに来る客が増えている。
ホーチミン市内のあるカフェに入ったとき、焼きたてのバゲット、クロワッサン、エッグタルトがショーケースにびっしり並んでいた。「カフェでパンを買う」ことへの違和感が、ここでは完全に消えていた。
朝食から午後のティータイム、夜のくつろぎまで——1日のどの時間帯でも来てもらえる場所を目指して、各チェーンはメニューを広げている。
カフェが「飲料の販売拠点」から「食品・スイーツのプラットフォーム」に変わりつつある、というのは大げさではないと思っている。

市場の「裏側」で何が起きているか
そうなると、気になるのは「では、誰がそのパンやスイーツの素材を作っているのか」という話だ。
ホーチミン市内にベーカリー材料の専門店がある。バターケーキミックス、たい焼き用プレミックス、スポンジケーキ粉……用途別に細分化された素材が棚を埋め尽くしていた。小ロットから買えるので、個人カフェや小さなベーカリーでも手が届く。こういう店が成り立っていること自体、裾野の広がりを物語っている。
チェーンが本格化すればするほど、求められる素材の質も上がる。プレミックス、油脂、フィリング、生地改良剤、香料、ナチュラルカラー——「消費者の目には映らないけれど、品質を左右する素材」への要求水準が、静かに、しかし確実に上がってきている。
この領域は、日本企業が一番やりやすい場所だと個人的には思っている。最終製品の棚はすでに大手で埋まっているが、その裏側の素材市場はまだ十分に耕されていない。
素材だけじゃない、設備とパッケージングも
もう一つ、見落とされがちなのが設備と包装の話だ。
ベーカリーやスイーツの需要が増えれば、当然ながらそれをつくる機械も必要になる。ミキサー、オーブン、成形機、急速冷却装置——規模が大きくなるにつれて、「とりあえず動けばいい」では済まなくなってくる。テイクアウトやデリバリーが当たり前になった今、パッケージングの品質も見た目と品質保持の両方で問われる。
食品機械や包装機械で実績のある日本企業にとって、ここは地味だけれど確かな商機だと感じている。
「表舞台」より「裏側」に、本当のチャンスがある
ベトナムの食市場を「成長しているから参入しよう」と考えると、たいてい消費者向けの棚争いに巻き込まれる。そこはすでに相当に混んでいる。
でも、外食チェーンやカフェの近代化を「裏側から支える」領域——原材料、設備、包装——は、まだ十分に開拓されていない。日本企業の技術や品質管理が、一番素直に評価される場所でもある。
表舞台ではなく裏側に目を向けること。それが、ベトナムの食ビジネスで勝負するときの、一つの現実的な答えだと思っている。
本記事は、InfoBankが発行するベトナム食市場レポート(2026年3月)の一部を再構成したものです。筆者:三浦賢弥(株式会社InfoBase 代表取締役)

