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INFPの失敗パターン|10年間の実体験から分かった構造

10年間で、職業も挑戦も変わり続けました。
そして失敗し続けました。

プログラマ、漫画家志望、映画ブロガー、テレビ業界のスタッフ、YouTuber、フリーランス。

10年間でいろんなことを試しました。

でも振り返ると、失敗の形に法則がありました。

「理想と現実がズレていた」
「評価されなくて燃え尽きた」
「環境を間違えた」
「自分で決められなかった」
「お金が尽きた」

バラバラな失敗に見えていたものが、今は一つの構造として見えます。

当時は「自分には才能がないんだ」「メンタルが弱いんだ」と思っていました。でも才能やメンタルの話ではありませんでした。

INFPの認知構造が影響していました。


なぜ私は10年間、同じ構造で失敗し続けたのか。

私自身の体験を素材にして、INFPがはまりやすい失敗パターンを一つずつ分解します。

「自分も同じだ」と感じる部分があれば、それはあなたの性格の問題ではないかもしれません。


まず、INFPの認知構造を簡単に知ってください

この記事では、INFPの4つの認知機能が繰り返し出てきます。先に簡単に整理しておきます。

Fi(理想を感じる力):「これをやりたい」「これは自分に合っている」という内側の声です。

Ne(アイデアを広げる力):可能性を広げます。「これもいけそう」「あれも面白そう」と発想が拡散します。

Si(過去を参照する力):体験を記憶として蓄積し、無意識に引き出します。失敗体験も鮮明に残ります。

Te(実行する力):現実を整理・検証・実行する力です。INFPはここが極端に弱いです。

この4つが、私の失敗のたびに顔を出していました。


パターン①:理想と現実をズラして就職し、5年間消耗した

本当は漫画を描いたり、ゲームのシナリオを作りたかったです。

でも就職活動のとき、なぜか「プログラムでゲームを作る人になればいい」と自分に言い聞かせて、SES企業にプログラマとして就職しました。
しかも、最終的にはゲーム業界でもない、ただの小規模IT企業に入社します。

たぶん、読んでいる人には、私の思考回路が意味不明に映る気がしています。

SESには「出向」という制度があります。他の企業に派遣されて、そこで働くスタイルです。他社で気を使いながら仕事をして、契約終了になればまた別の会社へ。

5年間、立場の低さと「次の契約はあるのか」という恐怖に消耗し続けました。

この失敗の構造

やりたいことを追いかけた結果ではありませんでした。怖さから逃げ続けた結果が、SES就職でした。

「ゲームのシナリオを書きたい」という気持ちは本物でした。でも、どうやってなるのかが分からない。分からないものは怖い。だから少しずつ、「より確実に見える方向」へ移動し続けました。

シナリオライターのなり方が分からない→ゲームに関わる職業ならいい→ゲーム業界も難しそうなのでプログラマでいい→とにかく就職できるITでいい。

一つひとつの移動は小さいです。でも全部つなぐと、ずっと同じ方向に動いていたことが分かります。不確実性を下げる方向に、一直線に。

Fiがあって、納得しないと動けないはずなのに、本来やりたいとも思っていないITに行くのは、Fiが常に本音に従う機能でもないからです。

Fiは本音をそのまま通すのではなく、自分が納得できるように変えるのです。分かりやすく言うと、本人は「現実を再解釈」したと思っていますが、客観的に見れば「現実を歪めている」ようにしか見えない

Fiは破綻しない範囲で、解釈を再構成します。
しかも解釈は本人の能力や経験や環境に左右され、「恐怖」は本来の本音の定義を現実に合わせて再解釈します。

しかもINFPはTeが弱く現実感覚が弱いので、現実を正しくシミュレーションすることが難しい。
その結果として、現実の一部だけを過剰に重視した選択をすることがあるのだと考えています。本人の中では現実をちゃんと見ているつもりです。ですが人が客観的に状況を見たら、現実を無視して本音ともかけ離れた、とんでもない選択をしていると映るかもしれません。

だから本当は、INFP傾向を持つ人は、勉強や様々な人生体験と失敗経験を就職期の前にSiに刻み込んで、積んでおくと、本来の本音を形に出来ることに繋がるのだと思います。
私は過保護ぎみの家庭に育ち、守られていて人生経験が少なく、失敗経験も乏しく、勉強も中くらいだったことが、この選択に影響してしまいました。

途中で「これは違う」と気づかなかったのは、「SESはゲーム制作と完全に無関係ではない」という意味のつながりが辛うじて残っていたからです。
客観的に見たら明らかに意味の分からない「おかしい選択」ですが、私の中だけでは意味が繋がっている。だから進み続けました。

そして、約5年後、やりたくない環境でひどい経験をSiにため込み、ようやくSiが臨界点を超え、本音が爆発してSESを辞めます。私のSiは十分なデータが揃わないと機能しない性質があります。
ここまでに約5年ものあいだ、本音の再解釈が、現実で本音を実現することに繋がらないという事実に気付くことができませんでした。
約5年の間に蓄積した最悪の記憶が、「もうここにいたくない」という気持ちにようやく変わったのでした。


パターン②:自分の理想を作り上げたが、誰にも届かなかった

SESを辞めた後、漫画を描きました。
ゲームのシナリオ制作と同じくらいやりたかった漫画制作でした。
とにかく物語というものが好きでした。

約6ヶ月かけて1本仕上げて、出版社に持ち込みました。

反応は良くありませんでした。「続ける意味がない」と感じて、止まりました。

映画ブログも運営しました。好きな映画について書き続けましたが、アクセスが全く増えませんでした。燃え尽きて、更新をやめました。

この失敗の構造

会社員時代に本音を無視した反動から、自分の理想を形にしたかった。
ただ、それだけでした。

Fiが強いということは、自分の内側にある理想や価値観を表現したいという欲求が強いということです。漫画も映画ブログも、評価を狙って作ったのではなく、自分が作りたいものを作った。それ自体は本物の動機でした。

でも現実にぶつけたとき、自分の理想は誰にも見られませんでした。

Teが弱いので、「届ける仕組み」という発想が最初からありませんでした。作ることと届けることは別の話なのに、その区別が見えていなかった。Siは「反応がない=この活動に意味がない」という体験として刻み込み、止まるブレーキになりました。

自分の理想を作ることと、それが誰かに届くことは、全く別の設計が必要です。当時の私には、その視点が完全に抜けていました。

パターン③:イメージで環境を選んで、現実に打ちのめされた

今度は「クリエイティブな仕事がしたい」と思って、テレビ業界のアルバイトをしました。

テレビの制作現場ならクリエイティブなはずだ、自分に合うはずだと思っていました。

実態は違いました。パワハラとモラハラが日常にある環境でした。

精神的に耐えられなくなって、辞めました。

この失敗の構造

Neがアイデアを広げて「テレビ=クリエイティブ=自分に合いそう」というイメージで判断しました。

前の「ゲームのシナリオを作りたい」→「ゲームプログラマになろう」→「プログラマになろう」→「ゲーム以外のITに就職しよう」というのも、Neがアイデアと関連情報を広げて、謎の再解釈をした結果でしたが、今回はやりたいことの種をNeで広げた形です。

でもSiに豊富な人生経験も無ければ、Teも弱いので、実際の労働環境、業界の文化、自分が耐えられる条件といった現実の検証ができていませんでした。

Neによる「なんとなく合いそう」という感覚だけで動くと、環境選びでこういうミスが起きます。パターン①と似た構造です。確認すべき現実を確認しないまま、印象と可能性だけで動いた。

パターン④:自分で決めることが、そもそも怖かった

テレビのバイトを辞めるとき、自分で決められませんでした。

親に相談して、親に決めてもらいました

当時は「自分で決められないのか」とモヤモヤしました。

この失敗の構造

結論として、自分で決めることが怖かったです。

過保護ぎみの家庭で育ち、守られて大きくなった。自分で判断して、その結果を自分で引き受けるという経験が、圧倒的に少なかった

Fiは「自分がどうしたいか」を感じる機能です。でも「自分で決めて失敗する」という経験がSiに刻まれていないと、決断そのものへの恐怖感が残ります。だから判断を外部に委ねるしかなくなる。

これはメンタルの弱さではなく、経験の蓄積の問題でした。
パターン①で問題を引き起こした、人生経験の無さが、ここでもまた悪い影響を生みます。

パターン⑤:理想を優先し続けて、お金が尽きた

やりたいことを優先し続けた結果、収入が途切れました。

お金が底をつき、親に借金をしながら生活する時期がありました。

親を泣かせました。今でも、あの頃のことは苦く残っています。

この失敗の構造

Fiが強いと、「やりたいこと」への引力が強くなります。現実の維持コスト、収入の確保という視点はTeが担います。

TeがFiに負け続けると、生活の現実が破綻に向かいます。

理想を持つことは悪くありません。でもTeが全く機能しないと、生存コストすら計算できなくなります。現実のシミュレーションが弱いまま、やりたい方向にだけ動いた。

結局、お金がすぐ必要だったので、経験があり、すぐにでも働けて、ある程度のお金をもらえる場所で働く必要が出てきました。そして、あれだけ嫌いだったSESに戻ることにしました。

唯一うまくいったケース:YouTubeと収益化

30歳を超えた頃、SESで働きながらYouTubeを始めました。
発信内容はゲームのこと。幼いころから好きな分野。
元々ゲームのシナリオを描きたいと思った過去もあるくらいです。

2年間続けて、収益化を達成しました。34歳でフリーランスになりました。

なぜここだけうまくいったのか、今は少し分かります。

この成功の構造

Fiが素直に機能する内容でした。
やりたいことと、発信内容が一致していました。

そして、会社員として収入を確保しながら続けられる環境がありました。生活を守りつつ試行錯誤できる、Teが動ける最低限の条件が揃っていたんです。

失敗のパターンと比べると、「Fiが活きる内容」かつ「Teが回る環境」が揃ったときだけ、前に進めていることが分かります。

まとめ:10年間、私は同じ構造で失敗していました

整理するとこうなります。

  • 怖さから逃げ続けた結果の就職 → Fiが現実を歪めて解釈し、Teの現実検証が追いつかない

  • 自分の理想を作ったが誰にも届かなかった届ける設計という視点がTeになかった

  • イメージで環境を選んだ → Neの印象だけで動き、Teの検証が抜け落ちた

  • 自分で決めることが怖かった経験不足でSiに判断の根拠が育っていなかった

  • 理想を優先し続けてお金が尽きた → Teが機能せず、現実のコストが見えていなかった

どれも「能力がなかった」「メンタルが弱かった」という話ではありません。

INFPの認知構造が影響していただけです。

YouTubeだけうまくいったのも、私が特別頑張ったからではないと思っています。たまたまFiが活きる条件と、Teが回る環境が揃っただけです。

能力の問題ではなく、構造と選択の問題でした。

失敗の構造が見えると、自分を責める時間が減ります。
そしてその分だけ、次の選択に使えるエネルギーが残ります。

もしこのnoteが少しでも皆様のお役に立てるなら光栄です。


この経験をもう少し詳しく解説して、さらに「今どう生きているか」は、次の記事で書いています。
10年かけて試行錯誤した結果、INFPとして現実を生き抜くための設計図が、いま手元にあります。よければご覧ください。

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