成熟期に入ると機能開発数は少なくなるのか? ──雑談で気づいた、ライフサイクルの主語問題
こんにちは、株式会社ラクスでプロダクト部の部長をしている稲垣です。
今回は、社内チャットでの何気ない雑談から、思いがけず本質的な問いにたどり着いた話を書きます。テーマは、プロダクトの「成熟期」という言葉についてです。
先に結論を言うと、私は「成熟期」という言葉は、何を主語にしているかが曖昧なまま使われていることが多いと感じています。
プロダクトの話をしているのか。
ドメイン領域・市場の話をしているのか。
それとも、ユーザーの行為の話をしているのか。
この主語がズレたまま「成熟期に入ると機能開発数は少なくなる」と捉えると、実は大きな誤りにつながるかもしれない。そんな話です。
きっかけは、課長との雑談だった
ことの始まりは、プロダクトマネジメント課の課長とのチャット上での雑談でした。
「成熟期に入ったら機能開発数が少なくなる、という考え方はわからなくもない。ただ、ユーザーの課題は本当にすべて解決できているのだろうか」
「成熟期に入ったので機能開発することがなくなりそう」これラクスのPdM採用するときに求職者から初期に実際によく言われることです。
それもあり、こんな問題提起がありました。
プロダクトが成熟期に入ると、機能開発数は少なくなる。プロダクトライフサイクルの考え方では、そう説明されることがあります。
しかし、目の前のユーザーの課題は本当に解決しきれているのでしょうか。
大きく成長したプロダクトであっても、ユーザーや利用シーンが広がれば、新たに解くべき課題は生まれ続けます。
これを受けて、私はこう考えました。
すべての人の、すべての課題を解決できる究極のプロダクトがあるとしたら、それは理想形かもしれません。でも現実のプロダクトでは、それはできません。だからこそ、誰の、どの課題を解くのかを絞り込む。
つまり、機能をつくり続けること自体は、価値提供を広げたり深めたりするうえで自然な営みです。
問題は、新たに開発される機能の数が少なくなっているように見えるとき、それが何を意味しているのかでした。
ちなみにこの問題提起した紀井は以下のnoteを先日上げています。
「ドメイン領域内の機能」か、「ドメイン領域を広げる機能」か
雑談を続けるなかで、議論が一段深くなりました。
同じ「機能開発数が少なくなる」でも、背景には大きく分けて2つの見方があります。
ひとつは、いまのドメイン領域の中で、必要な機能が一定程度そろってきたという見方です。既存のユーザーの課題を解くための主要な機能が整ってくると、新規機能の数は自然と少なく見えるかもしれません。その場合でも、既存機能の改善、使い勝手の向上、例外ケースへの対応、品質向上は引き続き重要です。
もうひとつは、ドメイン領域そのものを広げる機能開発に移るかどうかという見方です。隣の業務、隣の課題へと、プロダクトが解決する範囲を拡張するなら、新たな機能開発の余地はまだあります。
つまり、「成熟期だから機能開発数が少なくなる」という見方は、いまのドメイン領域内での話なのか、それともドメイン領域を広げる余地まで含めた話なのかを分けて考える必要があります。
売る人、サポートする人、つくる人、それぞれのリソースが有限である中で、どこに力を入れるのか。何をつくることで、誰のどんな課題を解決するのか。
ここの解像度が、プロダクト戦略の解像度そのものだと思います。

「行為」には成熟期がない。あるのは消滅かもしれない
そして、この雑談がいちばん面白くなったのはここからです。
「成熟期という言葉は、そもそも何に対して使っているのか」
そう考えたとき、ふと気づいたことがありました。
たとえば、「経費精算」という行為そのものには、成長期も成熟期もないのではないか。経費精算という行為は、ある時代の業務環境の中で生まれ、広がり、定常化していきます。
そして、技術や制度の変化によって、いずれ形を変えたり、消えていったりするかもしれません。つまり、行為のライフサイクルは次のように捉えられます。
生まれる → 広がる → 定常化する → 消滅する
成熟して安定し続けるというより、最終的には別の形に置き換わっていく可能性があります。一方で、『経費精算領域』をドメイン・市場として捉えたときには、成長期や成熟期という言葉が意味を持ちます。
あるいは、ジョブ、つまり「ユーザーが片付けたい用事」のレベルで考えるなら、ライフサイクル論は成立しやすくなります。
整理すると、こうです。

この違いに気づいたとき、自分の中にあった「成熟期という言葉への違和感」が少し整理されました。
混同すると、何を見誤るのか
この「行為」と「ジョブ」の混同は、ただの言葉遊びではありません。意思決定を間違える原因になります。
たとえば、「経費精算という行為」が定常化しているのを見て、次のように判断したとします。
「この領域は成熟期だ。だから新しく開発される機能の数は、今後自然と少なくなっていくだろう」
もちろん、あるドメイン領域の中で主要な課題解決が進めば、新規機能の数は少なく見えることがあります。ただし、その判断の前提として「何が成熟しているのか」を確認する必要があります。
定常化しているのは、あくまで現在の行為かもしれません。
そして、その行為は成熟しているのではなく、消滅へ向かう途中かもしれません。AIや自動化が進めば、「人が領収書を貼って申請する」という行為そのものが変わっていく可能性は十分あります。
ここで大事なのは、行為が消えても、ジョブは消えないということです。
「経費を正しく処理し、統制を効かせたい」というジョブは、行為のかたちが変わっても残り続けます。
人が手で申請する行為が減ったとしても、そのジョブを別のかたちで解決するプロダクトには、むしろ大きなチャンスが巡ってきます。
たとえば、AIが内容を読み取り、自動で分類し、不備を検知し、必要な統制を保ちながら処理を進める。
そうなれば、ユーザーが担っていた「申請する」という行為は小さくなっても、「正しく経費を処理する」というジョブの重要性は変わりません。
AIの活用は、既存業務を効率化するだけでなく、そもそも人がその行為を担う必要があるのかを問い直すきっかけにもなります。
行為の定常化を、単純に「プロダクトが成熟したので、これ以上つくるものが少なくなる」と捉えると、次の機会を見落とすかもしれません。
一方で、行為の変化をジョブの進化と捉えられれば、次の打ち手への投資という判断になる。
同じ現象を見ても、主語の置き方ひとつで、打ち手が変わるのです。
これは、バックオフィスの業務を支えるプロダクト群を開発しているラクスにとって、他人事ではなく、まさに向き合うべき問いです。
私たちが見続けるべきなのは、現在の業務フローそのものだけではありません。その奥にある、お客様が本当に片付けたい課題なのだと思います。
「成熟期」と言いたくなったら、主語を確認する
この雑談から持ち帰った実践的な教訓は、シンプルです。
「成熟期」という言葉を使いたくなったら、その主語が何かを確認する。
たとえば、次のどれについて話しているのかを確認します。
・プロダクトの話をしているのか
・ドメイン領域・市場の話をしているのか
・ジョブの話をしているのか
・ユーザーの行為の話をしているのか
主語がジョブやドメイン領域なら、ライフサイクル論は有効に使えるかもしれません。でも、主語が行為なら、待っているのは成熟ではなく、消滅や置き換えかもしれません。その場合に問うべきなのは、次のことです。
この行為が消えたあと、ジョブをどう解決するのか。
そしてもうひとつ。
「機能開発数が少なくなる」と感じたときは、それが次のどちらによるものなのかを確認する必要があります。
・現在のドメイン領域内で、主要機能がそろってきたからなのか
・ドメイン領域を広げる判断をまだしていないからなのか
リソースは有限です。
だからこそ、いまは領域内を深掘りするのか、隣接領域へ広げるのかを見極めることが、戦略だと思います。
おわりに
今回の気づきは、立派なフレームワークの勉強からではなく、同僚との数分の雑談から生まれました。
「ブログのネタにしないでくださいね」と言われましたが、あまりに良い議論だったので、許可をもらって書かせてもらいました。
こういう、役職や立場に関係なく「それって本当にそうだっけ?」を投げ合える関係性こそが、組織の思考力を上げてくれるのだと改めて感じています。
一人で考えていたら、「成熟期ってなんだろうな」というモヤモヤのまま流れていたはずです。成熟期に入ると、機能開発数は本当に少なくなるのか。
この問いに対する私のいまの答えは、「主語を確かめてから判断しよう」です。
そして、行為の奥にあるジョブを見続けるかぎり、プロダクトに本当の意味での「終わり」は、そう簡単には来ないとも思っています。
ラクスのプロダクト部では、こんな雑談が日常的に飛び交っています。
プロダクトの本質を面白がりながら議論したい方、ぜひ一度お話しできるとうれしいです。
